第6話 「寝ろ、寝るんだ僕……!」
またしても、散々な1日だった。
「裸婦像投影事件」から日が浅いというのに、僕はまたしてもやらかしてしまったのだ。
これで、学院の女子が僕を見る目は、完全に生ゴミを見る目へと変わったことだろう。だが不思議なことに、ここまで来ると、悲しみを通り越して清々しい気分ですらある。
悟りを開いたわけではない。
なぜなら、あの極限状態において、僕の無駄な才能が奇跡的な進化を遂げた喜びの方が、社会的死よりも僅かに上回っているからだ。
深夜、寮の205号室。
僕は机に向かい、指先に神経を集中させていた。
(あの時の感覚……恐怖で指が震えた、あの微細な振動だ)
静止画であるはずの『雷光幻影』が、動画へと変異した瞬間。その再現実験である。
チチチチチッ……。
指先から放つ紫電の明滅間隔を、極限まで短く刻む。
空中に描いたのは、一羽の鳥。
光の粒子で構成されたその鳥は、コマ送りのように翼の位置を変え――そして、ふわりと宙を舞った。
「おおっ……!動いた!」
暗い部屋の中で、光の鳥が生きているかのように羽ばたく。
パラパラ漫画の原理を、魔法による高速描画で再現する。これは魔法史を塗り替える大発見かもしれない。
僕は一人、感動に打ち震えた。
だが、その熱は急速に冷めていく。
「……だから何だと言うのだ」
光の鳥を指で弾いて消す。
こんなのは所詮、大道芸だ。
この学院では、炎破魔法の初歩『火球』を一発撃てる方が、遥かに成績が良いし評価される。
僕がやっていることは、戦場でジャグリングをするようなもの。無駄に器用なだけの余興に過ぎない。
ふと時計を見れば、針は既に深夜十二時を回っていた。
明日は課外授業「史跡見学」だ。朝は早い。
僕はベッドに潜り込み、壁の方へ耳を澄ませた
。
隣室――206号室のヴェナの部屋からは、夕方頃から物音が消えている。
彼女はいつも驚くほど早く寝る。授業中あれだけ寝ておきながら、夜もしっかり寝るのだ。
(……あれだけ寝れば、そりゃあ発育も良くなるわけだ。あの柔らかな曲線も、睡眠の賜物ってことか……)
想像した、その瞬間だった。
ブワッ。
頭上で魔力が勝手に励起する気配。
「っ!?」
いけない。『雷光誤出』だ。
慌てて頭を振ってイメージを散らす。
見てはいけない。絶対に。
たとえそれが、僕の芸術的感性が生み出した至高の映像だとしても。
今ここで見てしまったら最後、興奮して朝まで眠れなくなる。
「寝ろ、寝るんだ僕……!」
僕は掛け布団を頭まで被り、湧き上がるムラムラとした創作意欲を無理やりシャットダウンした。
■ ■ ■
翌日。
「ふぁあ……」
あくびが止まらない。
結局、僕は我慢できなかったのだ。
深夜、禁断の『雷光誤出』にお世話になり、あまつさえ「もっと滑らかに動かしたい」という職人魂に火がついて、『雷光動画』という背徳的……いや、芸術的技術の完成に没頭してしまった。
気づけば窓の外は白んでいた。
(最低だ、僕は。クラスメイトをなんだと思っているんだ……)
寝不足の重たい頭で、石畳の道を歩く。
罪悪感に苛まれながらも、僕は意識を「昨夜の映像」に向けすぎないよう必死だった。
油断すると、また勝手に頭上に投影されてしまうからだ。
何が映るかは、口が裂けても言えない。
本来なら、そんな動画技術を突き詰めている時間があるなら、まともな魔力制御の一つでも覚えるべきだったのに。
やはり、男というのは悲しい生き物だ。本能⋯⋯いや、創作意欲には勝てない。
現在は、課外授業の目的地である「旧市街の遺跡」へと向かう移動中。
前方には、クラスの中心グループが楽しそうに談笑しながら歩いている。
カースト最上位の輝かしい背中たち。
金髪のリーダー格、メイルザー。
縦ロールの派手な女帝、ザークレシア。
栗色髪のチャラ男、ロシュテル。
そして、冷ややかな視線を持つ短髪のルズガーナ。
彼らは道路の幅いっぱいに広がり、我が物顔で歩いている。
僕はその後ろを、一定の距離――「不可視の結界」と呼んでいる心の距離――を保ちながら追従していた。
(メイルザー達よ、頼むからもう少し早く歩いてくれないか)
僕が彼らに近づきたくないあまり歩速を緩めているせいで、僕の後ろを歩く女子生徒たちまで詰まってしまっている。
彼女たちが投影されることを恐れ、「変態(僕)」の視界に入らないよう、必死に顔を背けたりルート調整したりしている気配が背中越しに伝わってきて、針の筵なのだ。
そんな「見えない魔法障壁」を展開しながら歩いていると、やがて視界が開け、ロスミネラの美しい街並みが飛び込んできた。




