第4話 「……出来ればベーコン入りで」
僕、アストン・カッシアンの学院生活は、順調に「底辺」を這いずり回っていた。
「変態芸術家」という不名誉極まりない二つ名。
それは、僕が廊下を歩くだけで、女子生徒が背を向け、目を逸らし、道を開けるという、まるで最強の防御魔法を常に張っているかのような効果を発揮していた。
逆に男子生徒からは「次は誰を脱がすんだ?」と卑俗な期待を寄せられている。
全然嬉しくない。
ただ、一つだけ、成長と言えるものがあるとすれば⋯⋯。
それは「雷マッサージ」だ。
攻撃魔法としては、落第寸前の僕の雷駆魔法だが、なぜか生体電流への干渉だけは異常に上手かった。
指先から微弱な電流を流し、凝り固まった筋肉をほぐす。画家の筆遣いで培った繊細さが、こんなところで役に立つとは。
お陰で僕は、メイルザー達の専属按摩師として、パシリの地位を確立していた。
これも当然、全然嬉しくない。
「アストン、腰だ。昨日の部活で張っててな」
「はひ、ただいま」
僕は昼休み、教室の片隅でメイルザーの腰を揉んでいた。
情けない。実に情けないが、カースト最上位のメイルザーから、目をつけられないというポジションはめちゃくちゃ美味しいし、何なら、他のクラスの者からは、僕までカースト上位と誤認させる効果すらある(ない)。
そんな、ポジションに無駄な居心地の良さを感じながら、僕は愛想笑いしながら電気を流す。
その一方で⋯⋯。
(はぁ、全く……筋肉だけは無駄につきやがって。脳みそまで筋肉で出来てるんじゃないか?ホント猿だなぁ。いや、猿のほうが賢いまである)
脳内でめちゃくちゃに蔑んでいた。
僕はやっぱり、彼等のことが苦手なのだ。
そもそも、陽キャ的生態が受け付けられない。
鬱憤を晴らすように、頭の中で毒づきながら施術をしていた、その時だった。
「ぷっ……あはははは!」
「おい見ろよあれ!」
周囲の生徒たちが、僕たちを見て爆笑し始めた。
メイルザーが怪訝な顔で首を巡らす。
「あ?何笑ってんだお前ら」
「いや、メイルザー、お前の上が……」
「上?」
メイルザーが見上げた先。僕の頭上、正確には僕の頭から漏れ出た紫電の粒子が集まり、空中に一つの「絵」を描き出していた。
それは、デフォルメされた大猿が、涎を垂らしながらイケメン(僕)にマッサージされている風刺画だった。
しかも、大猿の顔はメイルザーに瓜二つだ。
「……おい、変態」
メイルザーのこめかみに青筋が浮かぶ。
「ひいっ!?ち、違います!これは僕の意思じゃなくて!」
僕は慌てて、ダダ漏れしていた魔力を切ろうとするが、焦れば焦るほど魔力は暴走し、イケメンの僕を見た、大猿が「ウホッ、イイオトコ」と吹き出しで喋り始めた。
「てめぇ……舐めてんのかぁぁ!!」
「ぎゃあああ!!これはウソなにょ゙」
ドゴッ!
メイルザーの硬い拳が、僕の顔面に食い込み、視界がぶっ飛んだ。
最近僕を悩ませている病。名付けて『雷光誤出』だ。
あの「裸婦像投影事件」で、何故か僕の芸術の才能が、これまで入学して始めて魔法を学び、いきなり落第生とまで呼ばれた、どうしょうもない魔法のセンスと結びついてしまい、油断するとつい妄想が勝手に「雷光幻影」され、漏れ出てしまうのだった。
担任のヴァーノン先生曰く、「お前の雷魔法は、無駄にイメージの再現性が高く、無意識の思考まで勝手に具現化してしまう」らしい。
魔力制御が未熟なため、感情が高ぶると、脳内の映像がひび割れた水瓶から水が漏れるように垂れ流されてしまう。
なんて迷惑な機能だ。画家にとって、頭の中は誰にも見せられない聖域なのに!
「興味深い」
床に這いつくばる僕を見下ろす影があった。
淡い紫髪の天才、キノル。
彼女は分厚い本を片手に、僕の頭上に浮かぶ「泣きっ面の僕」の幻影をじっと観察している。
彼女は、何故かあの事件以来、僕を観察対象として、こうして稀に話しかけてくるようになった。僕と口を聞いてくれる、数少ない女子の一人だ。
「通常、幻影魔法は複雑な術式構築が必要なのに、アストンは無詠唱かつ思考と同時に出力している」
彼女は、独り言のようにつぶやいた。
「分析してないで助けてください」
「助けない。貴重な実験体だから」
キノルは無表情のまま、懐から羊皮紙のメモ帳を取り出し、羽根ペンでサラサラと何かを書き留め始めた。
「怒りの感情で赤色の輝きが増加。恐怖で青色が混じる。……アストン、今、とびきり恥ずかしいこと考えてみて」
「嫌ですよ!なんで自爆しなきゃいけないんですか!」
「実験のため。サンドイッチ奢るから」
「……出来ればベーコン入りで」
全く、天才少女は何を考えているか分からない。
そして、机に突っ伏していたもう一人の天才少女が、この騒ぎを受けてむくりと起き上がった。
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