第62話:祝杯の響きと、招かれざる神託
ガザの街に足を踏み入れた一行を待っていたのは、割れんばかりの歓声と、空を突くような熱狂だった。
「「「ヴェルナス!! ヴェルナス!!」」」
街中の人々が家々から身を乗り出し、あるいは路地を埋め尽くして叫んでいる。
そのあまりの熱量に、アレインは引き攣った笑いを浮かべた。
「おいおい、なんだよこれ……ここはアイドルのコンサート会場かよ」
「ヴェルナス、大人気だね」
隣でクスクスと笑うカイトに対し、エルザが不思議そうに小首を傾げる。
「アイドル……?」
「あー、うるさいわね! 何なのよこの騒ぎ。耳がバカになりそうだわ」
フェリスがうざったそうに耳を塞ぎ、バッシュは大盾を背負い直して、かつて自分が焦がれた「英雄」への呼び声が、今は自分ではなく見知らぬ(中身は知っているが)騎士に向けられている光景を、静かに見つめていた。
バッシュの姿に気づいた冒険者たちが、次々と声をかけてくる。
「おっ、バッシュ! テメー、生きてやがったか! しぶとい野郎だぜ!」
「鉄の絆も銀の翼も、おかえりなさい!」
「ガザの街をあげての祝勝会だ! タダ酒の準備はできてるぞ!」
冒険者たちを労う声はあるものの、街の話題はやはり、あの漆黒の竜騎士「ヴェルナス」一色だった。
「すっかりヴェルナスに主役は持ってかれてしまったな」
カトリーヌが笑みを浮かべる一方で、ガザルは信じられないといった様子で叫んだ。
「俺の、俺様の活躍が全然話題になってねえ!!」
「あれだけ派手に登場して大暴れしたんだもん、しょうがないよね」
カイトの視線がアレインに向く。
「……何見てんだよ。ヴェルナス? 誰だよそれ。俺、そういう中二病っぽい名前の知り合いはいねーぞ」
どこまでも惚け倒すアレインに、フェリスが意地悪な笑みを浮かべた。
「ふーん。なら、あたしがあのヘボ騎士の正体を『拡声魔法』で街中に触れ回ってあげましょうか?」
「面白そう! あたしもやるー!」
シェリーまで悪ノリし始め、アレインは血相を変えた。
「やめろぉぉぉ! 人の黒歴史を吹聴するんじゃねえ!」
その騒ぎから少し離れたところで、ロルフがバッシュに問いかけた。
「……英雄になり損ねたな、バッシュ」
「――ああ。だが、もういいんだ」
バッシュの答えは、驚くほど穏やかだった。
「英雄っていうのは、なろうとしてなるもんじゃない。周りに認められて、初めて英雄になるんだって、今更気づいたよ」
「フッ、随分と高くつく遠回りだったな」
「そうだな。だが、悪くない気分だ。大事な仲間を……友を守り抜くことができたんだからな。」
「ヴェルナスに……いや、アレイン君には感謝しないとな」
「ああ」
そう言ってバッシュが視線を向けた先には、目を疑う光景があった。
「後生だから! 頼むから黙ってて! 明日から歩けなくなる!」
額を地面にこすりつけるアレインと、それを
「頭が高いのよ。人様にお願いするときはどうするのかしら?」
と、嗜虐的な快楽を隠そうともしない顔で、アレインの頭をぐりぐりと踏みつけているフェリスの姿。
「……アレを、英雄と呼んでいいのかな……?」
「……多分、な」
ロルフの困惑に、バッシュは堪えきれず吹き出した。二人は顔を見合わせ、晴れやかな笑い声を上げた。
「二人とも、何やってるの? 早く会場に行きましょう!」
エルザに促され、二人は気を取り直して祝勝会の会場へと向かった。
祝勝会の会場は、領主バトルロメオの挨拶で幕を開けた。
「ガザの冒険者諸君! 英雄ヴェルナスと共に街を守ってくれたことを、領主として心から感謝する! 今日は大いに飲み、大いに食べてほしい! ……乾杯!!」
「「「かんぱーい!!!」」」
ジョッキのぶつかる音が会場を揺らす。
民衆や冒険者たちが狂騒に身を委ねる中、壇上のバトルロメオは、グラスを掲げながらも内心では必死の計算を続けていた。
(飲んで食って、そのまま報酬の話も胃袋の中に流れてくれねえかなぁ。……まあ、ギルドがそんな甘いわけねえか。ヴァルドリアの援軍対応に、街道の復興費用……後始末で過労死しそうだぜ。貴族ってつれーわ、マジで)
名君の仮面の下で吐き出される愚痴。
だが、彼が用意した「タダ飯とタダ酒」は、確かに戦い疲れた者たちの心を癒していた。
盛り上がる宴会を離れ、夜風に当たって酔いを醒ましていたバッシュの元へ、一人の男がふらりとやってきた。
「よぉ」
「……ああ。アレインか」
バッシュは、隣に並んだアレインの横顔を見た。
「バッシュ、これからどうするんだ?」
「『鉄の絆』を、ロルフたちと……一冒険者としてやり直そうと思ってる」
「そうか。もう『英雄』になるってのはいいのか?」
「……もういいんだ。英雄は、なろうと思ってなるもんじゃない。お前を見て、そう感じたんだよ」
「俺はなんもしてねーぞ」
アレインは相変わらず不貞腐れたように言う。バッシュはそんな彼に、いたずらっぽく笑いかけた。
「フッ……そういうことにしておくよ。フェリスに頭を踏まれて喜んでた、情けない英雄様?」
「見てたなら止めろよ! 網膜に焼き付けてんじゃねーよ!」
バッシュはクスクスと笑った。
そこに、アレインが再び、どこか真面目なトーンで問いかける。
「なあ、先輩。……あんた、今楽しいか?」
あの日、英雄になれると妄信していたバッシュに投げかけられた言葉。
バッシュは夜空を見上げ、深く息を吐き出すと、心からの笑顔で答えた。
「ああ、この上もなく楽しいさ。今は、嘘じゃない」
「そうか。俺はあまり楽しくねえけどな」
アレインがふてくされたように首をすくめる様子が可笑しくて、バッシュはまた笑いだした。
二人が声を立てて笑い合っていると、カイトがブルーナとヴェルナを連れてやってきた。
「二人とも、こんなところで何やってるの? エルザさんたちが探してたよ」
仲間たちが再び集い、安らぎの時間が訪れた、その瞬間だった。
全員の耳に――否、その場の空間すべてに、寒気のするような、軽薄でうすら寒い「管理者」の声が直接響き渡った。
『――フフフ。ようやく、役者はそろったね』




