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第60話:英雄の背中と、仮面の下の冷や汗

バッシュの『フルカウンター』とブルーナのブレスを纏った『ダーク・ジャベリン』が、グランド・レックスの喉元を食い破り、その巨体内部を蹂躙し尽くし内側から破壊された怪物は、自らを護るはずだった魔力膜の中で逃げ場を失ったエネルギーに飲み込まれ、ドロドロに爆発四散した。


膜の中で荒れ狂った破壊のエネルギーが霧散し、もうもうと立ち込める土煙が晴れた後。

そこにはかつての山のような威容はなく、ただ焼け焦げた巨大な肉塊の残骸が、破壊されたガザの街道に無残に転がっているだけだった。


「や……やったのか……!?」


バッシュが盾を下げ、呆然と呟く。

その隣では、死線を潜り抜けた銀の翼と鉄の絆の面々が、肩で激しく息をしながら、まだ信じられないといった面持ちでその光景を見つめていた。


「再生、復活したりしないでしょうね……」


フェリスが眉をひそめて毒づくと、隣にいたエルザが「フェリスさん、変なこと言わないでよ!」と即座にツッコミを入れた。

カトリーヌもまた、油断なく武器を構えたまま「そうだぞフェリス」と同意する。


そんな慎重な女性陣を余所に、ガザルは、自慢の槍を手に残骸へ歩み寄った。

そして、転がっている肉塊を力任せに槍で突き刺す。

シェリーもまた、ナイフを抜いて後に続いた。


「おい、危ないぞ、むやみに近づくな!」


ロルフの制止の声が響く中、ピクピクと痙攣し、微かに熱を帯びていた肉塊が、最後の一震いを経て、完全に動きを止めた。


「大丈夫だ、復活する様子はねえ」


ガザルの確信に満ちた言葉。

それを聞いたシェリーが「やった、勝ったんだ!」と弾けるような笑顔を見せ、ガザルと勢いよくハイタッチを交わした。


「おっしゃぁぁーー!! 俺たちの勝ちだぁぁぁ!!」


ガザルの野性味溢れる雄叫びが、静まり返った戦場に響き渡った。

その声を聞いて、ようやく全員の顔に、勝利という実感がじわりと広がっていく。


「うるさい!! 大声出すな馬鹿!」


「そうよ、びっくりするじゃない、馬鹿!」


フェリスとエルザ、二人の女性陣から同時に怒鳴りつけられ、ガザルは「お、おう……」と一瞬でシュンと縮こまった。

そのあまりにも情けない様子に、バッシュが堪えきれず吹き出し、それが伝染するように、全員の笑い声が戦場に溢れ出した。


(ああ……いつ以来だろう。こんな風に、心から笑ったのは)


バッシュは穏やかな笑みを浮かべ、仲間の顔を見渡した。

かつての絶望と、自分を縛っていた暗い影。

それらがすべて、今の勝利で報われたような気がした。  

そんな彼の肩に、ロルフがそっと手を置く。


「バッシュ、やったな」


「ああ」


交わす言葉は短いが、そこには以前の鉄の絆の仲間として、村の幼馴染としての友として、そして家族としての、切っても切れない信頼が通っていた。


一方、ガザの避難所——城門前でも、地響きのような歓喜の声が上がっていた。


「やった……! みんなの力でガザを守ったんだ!」


カイトが拳を突き出して叫ぶと、周囲の冒険者たちは互いの健闘を称え合い、市民たちは抱き合って涙を流した。

そこへ、さっさと市民と財産の避難誘導を進めていた領主バルトロメウスが、堂々たる足取りで姿を現した。


「領主として、ガザを守ってくれたことに深く感謝する。この勝利は、竜騎士ヴェルナスと冒険者諸君のものだ!」


高らかに宣言するバルトロメウス。


(街道はめちゃくちゃになったが、街そのものは無事だったんだ。まあ何とかなるな……助かったぜ、本当に……)


だが、その内心は相変わらず真っ黒だった。


「さあ、英雄の出迎えは盛大にしなければいけない。ガザ市民の諸君も、協力してくれるかい?」


「もちろんだ領主様!」 「領主様、素敵――!」


黄色い声援に、バルトロメウスは優雅に微笑んで応える。


(ふん……街道の復興整備にどれだけ金がかかると思ってやがる。お前らで精々、英雄様たちを歓待してやってくれ。俺への請求を忘れさせるくらいにな)


彼は兵を呼び出すと、自らのポケットマネーから少なくない額の金貨が入った袋を無造作に手渡した。


「閣下、自らよろしいのですか?」


「英雄の出迎えだからね。これくらいは出すさ」


(これ以上はびた一文払わねえけどな? これで名君扱いされるなら、安いもんだぜ)


計算高い領主の裏側など露知らず、避難民たちは歓喜に沸きながら、我が家へと戻り始めた。


その喧騒を遠くに聞きながら、アレインは一人、視界の隅で明滅するカウントダウンの止まった数字を見て安堵の吐息を漏らしていた。


【残り 01:28】


「あっぶねえ……」


制限時間の十分を超えれば、一分延長するごとに一〇〇ccの血が強制的に抜かれる。

その理不尽な代償を思い出し、アレインは背筋が凍る思いだった。


「危なく、ミイラにされなくてよかったぜ……」


心底ホッとしたアレインの耳に、脳内からヴェルナの声が冷たく響く。


『あまりゆっくりしてる暇はないと思うのだけれど? 正体がバレたら、血を抜かれるより面倒なことになるわよ』


「そうだな。……ずらかるぞ、ブルーナ」


アレインがブルーナの背に飛び乗ると、彼女は力強く離陸の態勢に入った。


「ちょっと待ちなさいよ!」


「おい、もう行っちまうのかよ!」


鉄の絆と銀の翼の面々が、慌てて声を上げる。

アレインは「竜騎士ヴェルナス」として、毅然とした態度を崩さずに言い放った。


「我の仕事は終わった。ここに用はないのでな」


「ありがとう!」


真っ先に走ってきたのはバッシュだった。

それに続くように、次々と感謝の声が飛ぶ。


「ヴェルナスさん、ありがとう!」


「ありがとう、助かったよ」


「ありがとね! ちょっと格好いいから、惚れちゃったかも!」


シェリーの茶目っ気たっぷりの言葉に、カトリーヌが「おいシェリー、場を弁えろ」と嗜める。

フェリスだけは相変わらず、フンと鼻を鳴らした。


「ふん、まあ助かったわ。次はもっと早く来なさい」


「おい、あんた素直に感謝しろよ……。いや、あんた、本当に感謝してるぜ!」


ガザルの叫びを聞きながら、アレインは仮面の下で口角を上げた。


「うむ!! ではさらばだ!」


アレインが命じると、ブルーナは空を震わせるような雄叫びを上げ、力強く翼を広げた。


「おい、見ろ! 竜騎士ヴェルナスだ!」


「ヴェルナス様――! お嫁さんにして――!」


「英雄、ヴェルナス!!」


「ヴェルナス様――、ありがと――!!」


家路を急いでいた民衆たちが足を止め、空を見上げて熱狂的なコールを送り始める。

アレインはその大歓声を受け止め、堂々とした動作で頷いてみせた。

そして、巨大槍『ヴェルナス・ランサー』を誇らしげに、天高く掲げる。


夕闇が迫るガザの空に、漆黒の騎士と碧の竜が消えていく。

そのあまりの格好良さに心打たれた民衆たちは、彼らの姿が見えなくなった後も、その名を叫び続けた。


「「「ヴェルナス!! ヴェルナス!!」」」


街中に響き渡るそのコールを聞きながら、アレインは(早く帰ってこの格好脱ぎてえ……)と、一人冷や汗を拭うのだった。

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