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第54話:英雄の虚勢と暴君の目覚め

城塞都市ガザから数キロ離れた街道。かつて商隊が平和に行き交ったその道は今、一人の男を「英雄」へと押し上げるための、残酷な劇場へと変貌していた。


「……ふん。ガザの兵も冒険者も、誰一人として出てこないじゃない。腰抜けばかりね」


カトリーヌが不満げに鼻を鳴らす。その傍らには、黄金の甲冑を纏ったバッシュが、絵画のようなポーズで地平線を見据えていた。


「あら、いいじゃない。変な雑魚に邪魔されて、バッシュの手柄を横取りされる心配がないもの。ここは私たちだけの独占舞台よ」


フェリスが扇で口元を隠し、ねっとりとした悦楽の混じった視線をバッシュに送る。そこへ、偵察に出ていたシェリーが軽い足取りで戻ってきた。


「おまたせー! 首尾はバッチリ。例のデカブツ、予定通りこっちに向かってきてるわ。あの鈍足なら、あと三十分ってとこじゃない?」


「なら、避難も完了している頃ね。特等席で見守る民衆の目に、バッシュと私たちの勇姿を刻み込んでもらいましょうか」


女たちが身勝手な理想を語り合う中、バッシュは重厚な盾を握り直し、短く問うた。


「フェリス。化け物は、いつ来る」


「あと三十分ほどですわ、バッシュ様」


「わかった。俺が前線に立つ。お前たちは後ろでフォローしろ」


「わかりましたわ♡ バッシュ様、がんばってくださいませ!」


バッシュは前方の地平線を見据え、内心で強く祈る。


(俺は勝つ。セレスティア様……どうか俺が真の英雄になる姿を見守っていてください)


◇◇◇


同じ頃、ガザの上空。


「……どうやら、皆の避難は終わったようじゃのぉ?」


ブルーナの背中で、アレインは静まり返った街を見下ろしていた。


「アレイン、あっち! 街道の方に人が集まってるよ!」


カイトが指差す先、ガザの城門付近に避難した市民や兵士たちが固まっているのが見えた。


『こっちよ。街は空っぽだから、降りてもバレないわ』


脳内に直接、ヴェルナの念話が響く。


「……どうするの?」


と問うヴェルナに、アレインは即座に答える。


「ロルフ達と合流する」


『ならこっちから行ったほうが早いわ。ついてきて』


ヴェルナに案内され、アレインたちは避難先で待機していた『鉄の絆』と合流した。


「アレイン君! カイト君! よかった、無事だったのね!」


駆け寄ってきたのはエルザだった。

その後ろからガザルとロルフも続く。


「ああ、なんとか五体満足だぜ」


「心配させやがってこの野郎!」


ガザルがカイトの頭をわしゃわしゃとかき回し、ロルフが安堵の息をつく。

その隣では、エルザの胸にブルーナがダイブして再会を喜んでいた。


「……戦うのは、バッシュたちだけか?」


アレインの問いに、ロルフが苦い顔で頷く。


「領主様のお願いでね。市民の安全を優先してくれと頭を下げられては、断れなかったよ」


「お貴族様が平身低頭で頼むんだ、俺たちの出る幕じゃねえってことさ」


ガザルの言葉に、エルザが不安げに街道の先を見つめる。


「バッシュ……大丈夫かしら……」


その時だった。 避難していた市民や兵士たちから、地鳴りのような叫びが上がった。


「――来たぞッ! 来やがった!!」


「でけぇ……あんなの、勝てるのかよ……」


地平線を物理的に塗り替えるような巨大な影。

グランド・レックスが、その圧倒的な質量を伴って姿を現した。


「……市民の避難と財産の運び出しは、完了したのかい?」


喧騒の中、領主バルトロメウスが冷徹な声で部下に問う。


「はっ! 滞りなく完了いたしました!」


「それは重畳。……では、ここでバッシュ君の勝利を祈ろうではないか」


(はぁ、なんとか最低限の準備はできたな……。街を捨てて逃げる準備も、財宝の確保も。最悪な状況には変わりないがな……)


そんな狸の算段を余所に、カイトが震える声で呟いた。


「バッシュ……本当に大丈夫かな?」


「さあな。……俺の鑑定が間違ってることを祈ろうぜ」


「えっ、S級鑑定スキルなんでしょ? 間違えることなんてあるの?」


アレインは鼻で笑った。


「ああ。しょうもない余計なこと書かせたら世界一のS級かもな」


その瞬間、アレインの意思を無視して視界にウィンドウが強制展開された。


【緊急通知】 心外です。私は正確・素晴らしい・最高の三拍子揃った、唯一無二の最強S級鑑定スキルです。ユーザーの「Bランク程度の思考能力」で私を評価しないでいただけますか?(笑)


「ああ、そうだな。主張の強さだけなら、間違いなく最強のS級だなぁ? 残念ながら俺はA級なんだよ、ポンコツスキルさんよぉ!」


皮肉を返すと、今度はアレインの視界を埋め尽くさんばかりに、罵詈雑言の弾幕が乱舞した。


『脳筋』 『素人童貞』 『A級(笑)』


「おおい! 前が見えねえだろうが!」


アレインが目の前の空気を振り払うような動作をする。


「どうしたんだ、アレイン?」


ロルフたちに変な目で見られ、アレインは慌てて咳払いをして誤魔化した。


「……それより、始まるぞ」


(……なぁ、絶対お前、中に誰かいるだろ。おい)


【鑑定スキル】 いいえ。中に誰もいませんよ?(満面の笑みの絵文字)


(……危ないネタ持ってくんじゃねーよ!)


◇◇◇


街道に轟音が響き渡る。 グランド・レックスの巨体が、バッシュたちの目前まで迫っていた。

だが、その巨獣はバッシュたちを認識すらしていないのか、羽虫を無視するように歩を進める。


「……チッ、舐められたものだ」


バッシュが舌打ちをする。


「俺がヘイトスキルを使う! フェリスたちも攻撃してこちらに注意を向けさせろ!」


「わかりましたわ!」


挑発に反応したのか、グランド・レックスが煩わしそうに巨大な棘付きの尾を振り下ろす。『グランド・ハンマー』が空気を引き裂いた。


「バッシュ様、来たわ!」


「任せろ……! フルカウンター!!」


衝撃波が爆発し、跳ね返された力によって、あの巨体がわずかに後退する。

だが、レックスは何事もなかったかのように、再びその重厚な一歩を踏み出した。


「なっ……!?」


「一発で決着がつかないなんて……そんなの、初めてじゃない?」


動揺するカトリーヌに、フェリスが余裕の笑みを向ける。


「いい演出じゃない? バッシュ様、もっと派手にやっつけちゃってくださいな!」


「……わかっている! 奴にさらに強力な攻撃をさせる。それを返して、一気に決着だ!」


魔法、矢、斬撃。 『白銀の翼』による一斉攻撃が降り注ぐが、そのすべてがレックスの魔力膜へと吸い込まれていく。


そして――チャージが完了した。


グランド・レックスの口内に、どす黒いマグマのような熱量が集束する。


「来るわ! ブレス攻撃よ!」


「下がっていろ! これでおしまいだッ!!」


放たれたのは、地表を蒸発させる超高温のレーザー。

バッシュは全霊を込めて盾を突き出した。


「食らええええ!! 『フルカウンター』――ッ!!」


跳ね返ったエネルギーは、十倍の威力。 空間が歪み、大気が悲鳴を上げる。

かつてない規模の閃光がグランド・レックスを直撃し、視界のすべてが白く染まった。


猛烈な爆風が土煙を巻き上げ、地割れが数キロ先まで伝わっていく。


「……は、はは。やった……やったか!?」


避難民の中から、歓喜に近い声が漏れる。


「さすがバッシュ様! あの巨体を跡形もなく吹き飛ばしたんですわ!」


バッシュもまた、荒い息をつきながら、立ち込める煙の先を睨みつけた。


「……俺の、勝ちだ」


だが。


風が吹き抜け、土煙が晴れたその場所。 そこには――。


傷一つ、汚れ一つないオリハルコンの甲殻を輝かせ、泰然と立ち尽くす「暴君」の姿があった。

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