第44話:英雄の残影と女神の囁き
交易都市ガザ、最高級宿舎の一室。
『白銀の翼』が貸し切りにしているその部屋で、バッシュは一人、夜の静寂の中にいた。
つい先ほどまで繰り広げられていたハーレムメンバーたちとの狂宴の余韻が、肌にべったりと張り付いている。
「俺は……ようやく力を手に入れたんだ」
バッシュはシーツを強く握りしめた。
彼らには夢があった。ロルフ、ガザル、エルザ。村の小さな広場で、木の棒を振り回しながら「いつか俺たち四人で、歴史に残るS級冒険者になって、伝説の英雄譚を作ろう」と誓い合ったあの日。
その夢に亀裂が入ったのは、冒険者登録の日のステータス確認だった。
水晶に触れたロルフたちは、それぞれ剣、槍、弓、魔法といった華やかな攻撃スキルを発現させ、希望に満ちた声を上げた。
だが、最後にバッシュが触れた水晶に浮かび上がったのは、**【絶対防御】【金剛の守護】**といった、攻撃性を一切持たない防御スキルばかりだった。
絶望に突き落とされたバッシュだったが、仲間たちは自分のことのように喜んだ。
「バッシュは昔から優しい奴だったからな。きっと神様が、みんなを守るための力をくれたんだよ」
ロルフはそう言い、ガザルも「気にすんな、攻撃スキルがなくても剣は振れる。せっかく授かったレアスキルだ、伸ばさないのはもったいないぜ」と背中を叩いた。
「バッシュが守ってくれるなら安心ね。いじめっ子からいつも守ってくれたのは、あなただもの」
エルザの屈託のない笑顔。バッシュもそれに合わせて笑顔を作ったが、心の中はどす黒い感情に支配されていた。
(俺は……守りたくて剣を持ったんじゃない。英雄になりたかったんだ)
それからの日々は、地味で過酷なものだった。
いくらトレーニングしても攻撃力は伸びず、戦場では仲間を守りながら槍でチクチクと敵を突くだけ。
「バッシュ、今日も助かったぜ! お前がいるから俺たちは思いっきり戦える」
「バッシュの背中を見てると、勇気が湧いてくるのよ」
仲間たちが向けてくれる称賛は、いつしかバッシュの耳には「お前は一生俺たちの踏み台だ」という蔑みに変換されるようになっていた。
ギルドの面々に相談しても、返ってくるのは同じ答えだった。
「何を言ってるんだ、いいチームじゃないか。皆バッシュに感謝してるぜ」
「タンクってのは地味だが、代わりがいない大事な役だ」
「うちにもバッシュみたいなタンク専門スキル持ちが欲しいくらいだわ」
周囲の評価が高まれば高まるほど、理想の英雄像から遠ざかる自分に、バッシュは狂おしいほどの焦りを感じていた。
そんなある日、転機が訪れた。
辺境の森で、見たこともない強力な魔物に襲われている女性冒険者パーティ――『白銀の翼』に出くわしたのだ。
反射的に助けに入ったバッシュだったが、魔物の圧倒的な一撃に吹き飛ばされ、深い傷を負う。
弱肉強食の摂理。魔物は倒れたバッシュを無視し、怯えるフェリスたちの方へと歩を進める。
(なぜだ……。なぜ俺には、あいつを屠る力が、攻撃スキルがないんだ……!)
無力さに涙し、神を呪ったその時。
「力が欲しいですか?」
凛とした女性の声が聞こえた。
驚いて顔を上げると、周囲の時間は止まったかのように静止し、魔物の牙も、舞い散る木の葉も空中で止まっていた。
「……誰だ」
「私は女神セレスティアです。心優しいあなたに、防御スキルだけを与えたのは間違いだったようですね。……どうですか? 力が、欲しいですか?」
目の前に現れたのは、大陸全土で信仰される慈愛の女神。バッシュに迷いはなかった。
「欲しい。……敵を、すべてを薙ぎ払う力が欲しい!」
「では、授けましょう。あなたのすべての盾に、牙を与えます」
授けられたのは、四つのカウンタースキル。
特に**【フルカウンター】**は「受けたあらゆる干渉を十倍の威力で反射する」という究極の力だった。
「ただし多用は禁物です。それは仲間を守りたいという強い意志と、己の魔力に依存します。……あなたの英雄譚はここから始まるのです。私はいつも、あなたを見守っていますよ」
女神の言葉にバッシュは感涙し、平伏した。
「ありがとうございます……ありがとうございます、セレスティア様!」
その時、バッシュの耳には届いていなかった。
光り輝く女神の背後で、管理者が漏らした邪悪な本音が。
(――ふふ。君がどう美しく堕ちていくか、楽しみにしているよ)
その後、目覚めたバッシュは一人で魔物を殲滅した。
ロルフたちはその奇跡のような変化を我が事のように喜び、祝杯を挙げた。
だが、ロルフたちは慎重だった。
「無理をして体を壊したら大変だ」
「このスキルはまだ検証が必要だ」
と、バッシュの身を案じて高難易度クエストを避けたのだ。
それがバッシュには我慢ならなかった。
一方で、『白銀の翼』の女たちはバッシュを無条件に肯定した。
「バッシュ様ならどんな魔物だって倒せますわ! むしろあのロルフという男たちが、バッシュ様の才能を恐れて縛り付けているのではなくて?」
「そうね。危険な仕事を押し付けるくせに、いざ手に入れた力を使わせないなんて、嫉妬に決まっているわ」
いつしかバッシュにとって、彼女たちこそが自分を理解してくれる「真の仲間」になっていた。
自分を過小評価し、英雄への道を邪魔する「鉄の絆」はもういらない。
「俺はまだまだ高みに登れる。あいつらと違って、彼女たちは俺を本当の英雄にしてくれるんだ」
バッシュは暗闇の中で、不気味な光を宿した瞳で拳を握りしめた。
彼が向かっているのが英雄の道ではなく、女神という名の怪物が用意した「絶望への滑り台」であることに、まだ気づかぬまま。




