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第43話:歪められた追放劇

冒険者ギルドの重厚な扉を抜け、外に出ると。  

そこには夕闇に溶け込むような漆黒の毛並みを持つ魔獣――ヴェルナが、退屈そうに前足で石畳を鳴らして待っていた。


『やっと終わったのね。騒がしい連中を眺めるのは飽き飽きしていたところよ』  念話と共に鼻を鳴らすヴェルナを見て、アレインの後ろをついてきたロルフたちは一様に息を呑んだ。


「で……でけえ。なんだこの馬……」  


槍使いのガザルが圧倒されたように声を漏らす。

ブルーナを抱き上げていたエルザも、その神秘的な姿に目を輝かせた。


「綺麗な馬ね……。額に角が生えてるから、馬って言うのは失礼かな? でも、本当に見とれちゃう」


ロルフは、ヴェルナとアレインの間に流れる「信頼」の空気を感じ取ったのか、緊張した面持ちでアレインを見た。


「凄い魔物だ。ただの魔獣とは思えない。……アレイン君、君はかなりの手練れの冒険者なんじゃないか?」


「まあ、そうでもねえさ」  


アレインは適当にいなすが、ロルフは納得いかない様子で尋ねる。


「俺たちの『鉄のアイアン・ボンド』は、B級とC級の混合パーティなんだが……失礼だが、君たちのランクは?」


「俺は一応A級で、カイトはC級だ」


「A級……!?」  

ロルフとエルザが同時に声を上げた。

ガザルも目を見開いている。

ガザのような地方都市で、現役のA級冒険者を見かけることは稀だ。


「A級とC級……随分と凸凹なコンビなんだな」


「カイトはまだ駆け出しなんだ。だが才能はピカイチだぜ。ランクなんか関係ねえさ」  


アレインはそう言ってヴェルナの首筋を優しく撫でた。


「こいつらのおかげでA級になれただけで、俺自身は大した奴じゃねえよ。……さあ、湿っぽい話は飯を食いながらにしようぜ」


――ガザの裏通りにある、薄暗いが味のある酒場。  


一行は隅のテーブルを囲んでいた。運ばれてきたエールと肉料理を前にしても、ロルフたちは箸が進まない。

ロルフはジョッキを握りしめ、絞り出すように語り始めた。


「……あいつ、バッシュとはただの仲間じゃない。村の幼馴染なんだ」


彼らは幼い頃から、共に剣を振り、共に夢を語り合った親友だった。  

バッシュは昔から、道端に咲く花を踏むことすらためらうような、虫も殺せない心優しい男だったという。


だからこそ、彼がどれだけレベルを上げても「攻撃力」が一向に上がらず、守備にしか振れない異質なステータスだと判明した時も、仲間たちは笑わなかった。


「俺たちは誇らしかったんだ。神様が、優しいバッシュに『みんなを守るための力』を特別に与えてくれたんだってな」  


ガザルが苦いエールを煽り、言葉を継ぐ。


「俺たちが攻撃して、バッシュが守る。それが当たり前だった。気に病む必要なんてない、お前がいなきゃ俺たちは戦えないんだって、何度も励ましたさ。実際、あいつの防御がなきゃ死んでた場面は数えきれねえ」


エルザが潤んだ瞳を伏せる。

彼女の膝の上では、ブルーナがエルザから貰った木の実をご機嫌に頬張っていた。


「バッシュも、最初は笑ってくれていたわ。でも……一ヶ月前、あの女たちのパーティ『白銀の翼』を窮地から救ったあの日から、すべてがおかしくなったの」


その一件の際、バッシュは「女神セレスティアの声を聞いた」と言い出したのだという。  

その結果、彼のスキルに待望の『攻撃能力(反射による反撃)』が備わった。ロルフたちはバッシュの長年の悩みが解決したことを自分のことのように喜び、その夜は盛大な祝杯を挙げた。


「……だけど、それが最後だった。次の日から、バッシュは『白銀の翼』のフェリスたち女の元へ通い詰め、俺たちの言葉を聞かなくなった。ついには『お前らといると俺の成長が止まる。もう攻撃できない俺じゃないんだ』と言い捨てて、パーティを抜けていったんだ」


それからのバッシュは、反射スキルで格上の魔物を次々と葬り、瞬く間に英雄扱いとなった。だがその名声の裏で、「無能なバッシュを道具のように使い潰し、攻撃できないことを理由に追放した非道なパーティ」という歪んだ噂が広まり、彼らは街を歩くことすら困難になったという。


「俺がいけないんだ。あいつが攻撃できないことを本当はどれだけ悩んでいたか、真剣に聞いてやらなかったから……」


「俺たちも悪い。危険なタンクを押し付けちまって、バッシュも本当は怖かったかもしれねえのによ……」  


自分を責めるロルフとガザル。エルザも力なく呟く。


「私たちが気づかないうちに、彼を傷つけていたのかもね……」


(……間違いない。これは下衆ガミの仕業だぜ)  


アレインが確信を抱いていると、隣のカイトが小声で提案してきた。


「ねぇアレイン……しばらく、このパーティに参加しようよ」


「ああ? あれか。よくある『無能追放パーティが自滅していく』っていう、下衆ガミ好みのテンプレをぶち壊すのか?」


「そうだよ。それが追放ものの『お約束』だからね。カタルシスが起きなければ、物語は停滞する。進まなければ完結もしないってわけ」  


カイトが不敵なドヤ顔を見せる。すると、アレインの内の相棒も同意した。


(どちらにしても、あの『フルカウンター』があるんじゃ、肉体言語に頼るわけにもいかねえしな。俺も賛成だぜ)


(今回は気長に『牛歩戦術』で行くか、相棒)


(ああ、下衆ガミをじらせてやろうぜ、もう一人の俺)


アレインは口の端を吊り上げると、ロルフに向き直った。


「よお、ロルフ。一つ提案だ。俺たちをあんたらのパーティに入れてくれねえか?」


エルザが驚いて顔を上げた。


「本気なの……? 私たち『鉄の絆』は、今じゃ街中の針の筵よ。一緒にいればあんたたちの名声まで泥をかぶるわ」


「お前はA級だろ? こんな場末のパーティに参加していいのか?」  


ガザルの問いに、アレインはカイトの肩を抱いて笑った。


「かまわねえよ。そんなのは後でいくらでもひっくり返せる。最悪、ここが居づらくなったら俺の根城があるメルキアに来ちまえ。あそこは来るもの拒まずのいい場所だ。……それに、こいつの修行にもなるしな。まだ基本以外の依頼はこなしてないんだわ」


カイトも肩をすくめておどけて見せる。


「アレインは僕をあまり危険なクエストに連れて行ってくれないんだ。過保護な兄貴分で困っちゃうよね?」  


その軽妙なやり取りに、張り詰めていたロルフたちの表情がようやく和らぎ、小さな笑いが漏れた。


「アレイン君って、見た目と違って面倒見が良いのね」  


エルザが微笑み、ガザルも「メルキアか。冒険者の聖地だな。悪くねえ」と鼻を鳴らした。

ロルフも、力強く頷いて顔を上げた。


「……そうだな。ここで腐ってるより、新しい風を入れて一からやり直すのも悪くない。アレイン君、カイト君、よろしく頼む」


「ああ。楽しくやろうぜ? 地獄の底から這い上がって、あのハーレム女どもの鼻を明かしてやろうぜ」  


アレインとロルフの厚い掌が、力強く握り合わされた。


「ついでに、あの下衆ガミにもね」  


カイトがクスリと笑いながら囁くと、アレインは最高の笑顔で返した。


「ああ、そうだな」


管理者が仕組んだ「悲劇の追放劇」は、アレインたちの介入によって、予測不能な「停滞と反撃の物語」へと書き換えられようとしていた。

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