第41話:盾の国と、歪な軍師
メルキアを出発して五日目。
本来なら一週間以上かかるはずの道のりを、ヴェルナの規格外の脚力によって踏破した一行は、ヴァルドリア王国の国境へと辿りついていた。
「……思ったより早く着いたな」
アレインが馬車を降り、伸びをしながら呟く。
すると、馬車と繋がれたまま優雅に佇む漆黒の魔獣が、誇らしげに鼻を鳴らした。
『当たり前じゃない。私が走っているのよ? 感謝してほしいわね』
ヴェルナの念話に応じる声は、しかし馬車の中から絶望に満ちた呻きとなって返ってきた。
「早かったけど……ゆ、ゆ、揺れが凄くて……ウップ……」
這い出すように降りてきたカイトは、顔を真っ青にして地面に突っ伏していた。完全に馬車酔いだ。
「カカッ! 小僧、まだまだじゃな」
アレインの頭の上でブルーナが翼を羽ばたかせ、愉快そうに笑う。
『失礼ね、これでも最小限の揺れにしてあげたのだけど?』
ヴェルナが心外そうに耳を伏せるが、アレインはけろりとした顔でカイトを覗き込んだ。
「そんなにきつかったか? 身体強化を維持してれば楽だっただろ」
「みんなが……魔力も感覚も……鈍感すぎるんだよぉ……」
魔力を肉体に馴染ませる訓練中のカイトにとって、超高速走行する馬車の微細な振動は、全身の神経を逆なでする拷問に等しかったらしい。
『はぁ、貧弱なカイトのために、ここからはもっとゆっくり歩いてあげるわよ』
「……ぜひ、お願いします……」
かつてのラノベの元主人公が、魔獣に深々と頭を下げる。
その情けない姿にアレインは苦笑しながら、「まあ、国境まで来たしここからは揺れともおさらばだ」とカイトを励ました。
入国審査の列に並ぶ。
そこではいつも通りのやり取りが繰り返された。
ヴェルナの艶やかな毛並みを褒め称える兵士たちの称賛と、その額にある「角」を見た瞬間の驚愕。
「おい、この馬……角があるぞ! 魔獣じゃないか!?」
「いえ、使い魔です。特別な許可証はここに」
アレインが慣れた手つきで書類を出し、内心で「はぁ、毎度ながら入国審査は心臓に悪いぜ」と毒づく。
『私の美しさを皆が称えているじゃない。何を恐れることがあるのかしら?』
いつものように自信たっぷりなヴェルナに対し、ブルーナが対抗心を燃やす。
「妾も元の姿に戻れば、絶対に負けないのじゃ!」
「頼むからそれだけはやめてくれ……」
自由奔放な二体の仲魔に頭の上がらないアレインの姿を見て、ようやく顔色の戻ったカイトがクスクスと笑った。
――ヴァルドリア王国。
数百年前の戦乱時代、大陸全土に牙を剥いたザイン帝国の侵略から、辛うじて独立を勝ち取った三王国の一つ。
峻険な山脈に囲まれたこの国は、豊富な鉄鉱石と魔石を産出する鉱山国家である。精強な重装歩兵軍団と、世界屈指の鍛冶技術を誇るその国風は、入国した直後から肌で感じられた。
街を行き交う人々は一様に体格が良く、質実剛健な空気が漂っている。
目的地の交易都市ガザへ向かう馬車の中。
アレインは、管理者から預かったタブレット型の魔道具を眺めていた。
「名前はバッシュ。……見たところ、俺と同じくらいか? 盾を背負ってるが、傭兵か、それとも冒険者か」
「どっちだろうね。その魔道具、肝心なことは何にも出ないし」
カイトの言葉に、アレインは舌打ちした。ステータスはおろか、現在地すらぼかされている。
「それはそれで謎解きみたいで面白いよ。最悪、アレインの『鑑定』を使えばいいんだし」
好き勝手言うカイトに対し、アレインは「勝負の勝敗にペナルティがないからって呑気なもんだぜ」と心中でこぼすが、すぐに内なる相棒から嗜められた。
(カイトも俺たちのために協力しようと毎日頑張ってるんだ。考えるだけ野暮だぜ、もう一人の俺)
(……わーってるよ。ただ楽しそうでいいなって思っただけだ。カイトが頑張ってるのは俺も知ってる)
アレインは思考を切り替え、画面の男を見つめる。
「こいつ、何のラノベの主人公なんだ? 盾使いか……」
「盾使いなんて、今時のラノベじゃありふれたジャンルだよね」
アレインの記憶を探っても、「盾」がテーマの作品はあまりに多すぎて、どれが元ネタか判別がつかない。
思案の末、アレインが渋い顔をしていると、カイトが意外な提案を口にした。
「ねぇ、あんまり一つの『ラノベ』に固執しなくていいんじゃない?」
「……どういう意味だ?」
「僕が下衆ガミ……じゃなかった、女神セレスティアの姿をしたあいつに転生させられる時、こう言われたんだ。 『あなたが転生する世界は【好感度が見える世界で全属性魔法チート覚醒! 美少女ハーレム無双始めました】に似た世界ですが、微妙に世界も国も違うのです』ってね」
カイトは真剣な表情で続けた。
「きっと、アレインが主人公を降りたせいで、世界の書き換えが完璧にできないんだ。だから元ネタのラノベにも歪みが発生してる。……それに、あの意地悪な下衆ガミのことだ。元ネタを何個も重ねて、マッシュアップしてるかもしれないよ?」
「あのクソ野郎ならやりそうな嫌がらせだな。……つまり、柔軟に考えろってことか」
「そう。元ネタはあくまで元ネタ。参考程度にしておこうよ」
「確かに一理あるな。意外と頭脳派だな、カイト」
「アレインたちが脳筋すぎるだけでしょ……。」
その洞察に、ヴェルナとブルーナが驚きの声を上げた。
『カイトが頼りに見えるなんて……』
「小僧……お主、あなどれんな……」
「僕は褒められてるのかな? 馬鹿にされてるのかな?」
微妙な顔をするカイトに、アレインは笑って肩を叩いた。
「褒めてるに決まってんだろ。お前だけが頼りだ。頼んだぞ、うちの軍師殿」
「……今の、誤魔化してるよね!? アレイン!」
そんな騒がしいやり取りをしながら、馬車は交易都市ガザの巨大な門へと近づいていく。
盾を背負った男バッシュ。彼を待ち受ける運命を、アレインたちはまだ知る由もなかった。




