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第40話:第二幕への招待状

ベアトによる魔法講義から一週間。


カイトは師の言いつけを忠実に守り、日常生活のあらゆる場面で「身体強化」を維持し続ける訓練に没頭していた。


かつての「システム」という補助輪を失い、生身の感覚で魔力を肉体に馴染ませる作業は困難を極めた。


訓練を開始した当初は、文字通り触れるものすべてを破壊していた。

ドアノブを握ればひしゃげ、椅子に座れば脚が砕ける。


加減を知らぬ超常の筋力は、制御できなければただの呪いでしかなかった。


「……少しはマシになったんじゃないか」


夕食時、メルキアの食堂『馬のしっぽ亭』。


アレインが、卓を挟んで慎重にスプーンを動かすカイトを見て呟いた。


「黙っててよ……。集中しないと、またスプーンを壊しちゃうんだから」


カイトは返事をするのも惜しむように、木のスプーンでシチューをゆっくり、ゆっくりと口に運んでいる。

カイトはここ数日、この店で食器を壊しまくっていた。


店の親父であるバルドに「坊主、今日からお前は木の食器以外は使用禁止だ!」と雷を落とされてからは、割れやすい陶器製ではなく、木の食器で食事をすることが彼の義務となっていた。


「小僧が壊すたびに弁償代がかかって、妾の食費が減るのじゃ。早く慣れるのじゃぞ、この大食らいめ」


ブルーナが山盛りの肉料理を頬張りながら、恨めしそうに釘を刺す。


窓から顔を出すヴェルナも、プレッシャーを畳み掛けてきた。


『宿屋の女将さんの堪忍袋が切れる前に慣れてほしいわね。これ以上壊したら、追い出されるのは嫌よ』


「わかってるようるさいな……っ!」


思わず反論しようとして手に力がこもりそうになり、カイトは慌てて指先の魔力を抜いた。

シチューの入った木の器がミシリと鳴ったが、辛うじて崩壊は免れる。  


アレインはその様子を見て「まだまだ大変そうだな」と呆れ気味に言ったが、カイトは器を離すと、案外晴れやかな顔で笑った。


「でも、木の食器でよかったかも。陶器の食器より壊れやすいから、力の抜き方のいい練習になるよ」


その前向きな姿勢に、アレインは少しだけ毒気を抜かれた。


「魔法のほうはどうなんだ?」


「複合魔法まではいかないけど、普通の魔法ならなんとか出せるようになったよ。魔力のバランスとイメージがまだまだ甘いって、ベアトさんには毎日怒られるけどね」


カイトは楽しそうに語った。


システムに依存し、ただスキル名を叫ぶだけで発動していた頃とは違う。


自分の内側にある魔力を練り上げ、具体的なイメージを込めて現実に干渉する。

その「手応え」が、今の彼には何よりの喜びだった。


「ベアトさんに教えてもらったんだけど、回復魔法にもいろいろあるんだ。土属性と水属性、この二つを組み合わせた複合魔法にすると、深い傷も治せる。さらに水、土、光を合わせた高等複合魔法なら、瀕死の傷だって治せるんだって。……あとね、聖女みたいな突然変異だと、さらに闇を加えた四属性複合魔法を使えるらしいよ。四属性だよ、四属性! 凄すぎない?」


カイトは完全に魔法の深淵にハマっていた。

その熱量に圧倒されながら、アレインは「苦労してる割には楽しそうだな」と皮肉混じりに返した。


――その時だった。


テーブルに置いていた、管理者から押し付けられたタブレット型の魔道具から、拍子抜けするような着信音が鳴り響いた。


『やあアレイン、ご機嫌いかがかな? 僕が元気かって? 僕はすこぶる元気だよ』


 画面には、人を食ったような軽薄な文章が踊る。アレインの視線が鋭く冷えた。


『君のおかげで、最近飽きてきてた遊びに彩りが加わって、心が躍っているよ。さっそくだけど、二回戦へのご招待だ。次の主人公が現れるのは、ヴァルドリア王国の交易都市ガザさ。一足先に物語ストーリーは始めちゃったけど、メルキアからはそんなに遠くないからいいよね? いつも通り、顔の画像と名前を送っておくよ。君がまた物語をどう面白く破綻させてくれるか、期待しているよ。――by 管理者より愛を込めて(笑)』


画面に表示されたのは、無骨な盾を背負った、どこか陰のある青年「バッシュ」の肖像画だった。


アレインの手の中で、魔道具の縁がミシミシと悲鳴を上げる。

へし折りたい、叩き壊したいという衝動が全身を駆け巡る。


(……もう一人の俺、落ち着け。それを壊しちまったら、奴の思うツボだぞ)


(わかってるさ、相棒。ムカつくが……ここで道具を壊して情報を断たれたら、それこそあいつの娯楽の一部になっちまう)


アレインは深呼吸をして、沸き立つ殺意を強引に鎮めた。


「あの下衆ガミめ……」


「どうしたの?」


カイトがタブレットを覗き込む。


そこに記された内容を見て


「もう次の物語が始まっているだとさ 交易都市ガザか。乗り合い馬車を使っても一週間はかかるぞ・・・」


アレインがどうしたものかと考えているとブルーナが翼を広げる仕草をしながら言った。


「妾がアレインを乗せて飛べば一っ飛びじゃ。一晩もあれば着けるぞ」


「おいおい、ドラゴンが昼間から空を飛んでみろよ。大騒ぎだろ……。静寂の森での古龍襲来事件も沈静化し始めたばかりだから無理だ」


アレインは即座に却下した。

ヴェルナが提案を重ねる。


『アレイン一人なら、私が眠らずに走り続ければ二日もあれば着けるわよ。』


「…………」


アレインが選択を迫られ、険しい表情で黙り込んだその時。


「アレイン慌てない慌てない」


カイトが、シチューを綺麗に完食した木のスプーンを置いて言った。


「なんでだよ」


「だって考えてみなよ。下衆ガミもこの勝負を楽しんでるんだから、そう簡単に終わらせるはずがないよ。……それにさ、ラノベや物語って、いくら短編でも一週間程度で結末まで終わっちゃう話なんて、そうそうないだろ?」


カイトのそのメタ的な、確信を突いた言葉に、アレインは一瞬虚を突かれた。

確かに、ラノベでそんな短い話は見たことがない。


「あいつの思惑通りに一人で突っ込むより、ちゃんと準備して、みんなで行ったほうがいいよ。焦って行って足元を掬われるほうが、あいつを喜ばせることになるよ」


「……ラノベ、か。そうだな、焦ってもしょうがねえし、ゆっくり行くか?」


アレインが毒気を抜かれたように言うと、カイトは「そのほうがいいよ。逆にゆっくり行って焦らせてやろうよ」と笑った。


アレインの問いに、全員が賛成する。するとブルーナが首を傾げた。


「先ほどから二人が言っておる『下衆ガミ』とはなんじゃ?」


「管理者って上位者みたいで腹立つだろ? だから下衆ガミって呼んでるんだ」


カイトの答えに、ヴェルナがクスクスと笑い声を添える。


『あら、ぴったりなあだ名ね。下衆ガミ、気に入ったわ』


「妾も気に入ったのじゃ!」


移動手段の相談が再開された。

乗合馬車で行くかという話になると、ヴェルナが不敵に鼻を鳴らした。


『あたしが走ったほうが早いわ。馬車だけ借りなさいな』


「ヴェルナだけで重くない?」というカイトの問いを、彼女は一蹴した。


『誰に言ってるのかしら? ただの馬と一緒にしないでもらえる?』


「さすが漆黒の女王様。頼んだぜ」  


アレインが不敵に笑うと、ヴェルナは自信満々に『まかせなさい』と応じた。


翌朝、早朝のメルキア。


「……よし、出発だ」  


アレインの合図と共に、ヴェルナが地を蹴る。


一行はヴァルドリア王国へと走り出した。

管理者が仕掛けた次なる茶番を、完膚なきまでに叩き潰すために。

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