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第34話:盲点と、名プロデューサー(候補)

朝の鍛錬を終え、アレインたちはメルキアの街へと帰還した。  


人化を解いたブルーナは、使い慣れた「ちびドラゴン」の姿に戻り、定位置であるアレインの頭上で大きくあくびをした。


「ふぁ……お腹がすいたのじゃ。小僧の魔法があまりに情けないので、見ておるだけで腹が減ったわ」


「そうね。カイトがあまりにしつこく質問攻めにするから、私も疲れたわ」    


黒馬の姿に戻ったヴェルナが、優雅に蹄を鳴らしながら念話を飛ばす。  


その横で、カイトはフラフラになりながらも必死に言い返した。


「だって、早く慣れなきゃ何もできないじゃないか。システムがないと、火球一つ出すのも命がけなんだよ……」


「極大魔法をぶっ放して自爆するか、不発に終わるかの二択じゃ、実戦じゃ使い物にならねえからな」


アレインの容赦ないツッコミに、カイトはぐうの音も出ない。


「うん……それに、慣れない魔力操作で頭も体も空っぽだよ。お腹ペコペコだ……」


一行は空腹を満たすため、いつもの溜まり場である食堂『馬のしっぽ亭』へと向かった。    


店に入るなり、看板娘の少女・リノが弾けるような笑顔で駆け寄ってきた。


「いらっしゃい! アレインさんにカイト君、今日はずいぶん遅かったじゃない!」


「おう、坊主ども。腹減らしてんだろう? 特等席は空けてあるぜ」  


厨房から顔を出した店主のバルドが、野太い声で笑う。


一行は、ヴェルナのために特設された大きな窓際の席へと案内された。  


この店において、漆黒の毛並みと鋭い一本角を持つヴェルナは、もはや「看板娘」ならぬ「看板馬」だ。


彼女を一目見ようと、時には遠方の貴族までが足を運ぶこともある。


「ああ、ヴェルナ……今日もなんて高貴で美しいんだ」  


入り口近くにいた常連の男がうっとりと吐息を漏らす。  


ヴェルナは「フンッ」と鼻を鳴らし、(当たり前でしょ?)と言わんばかりの冷ややかな視線を一瞥だけ投げ、完全に無視した。


「あああ! あの冷たい蔑みの視線、最高……!」


「ちょっとあんた、キモいんだけど。パーティー組むの嫌になってきたわ……」  


隣の女性冒険者がドン引きしているが、彼女もまた次の瞬間には満面の笑みでアレインの頭上へ手を伸ばした。


「あ、ブルーナちゃんも来てる! 今日も可愛いわねー、これ食べなさい?」    


ブルーナは、ここぞとばかりに「キュイッ?」と可愛らしい鳴き声を上げ、女性客から差し出された極上の干し肉をパクリと平らげる。


「お前、さっきまでカイトをボロクソに言ってた威厳はどうしたんだよ……」  


アレインの呆れ顔を余所に、ブルーナは世渡り上手なマスコットとして存分に腹を満たしていた。


「リノちゃん、なんだか最近この店、さらに人が増えてないか?」  


アレインが尋ねると、リノは困ったように、でも嬉しそうに笑った。


「そうなんですよ! ヴェルナちゃんのおかげで、最近お貴族様たちの間では、うちのこと『黒角亭こっかくてい』なんて呼んでるらしいですよ。上品なお店じゃないのにねぇ」


「ガハハ! お前らが来てから、繁盛してた店がさらに大繁盛だ。感謝してるぜ!」


バルドがサービスだと言って、大盛りのシチューと焼きたてのパンをテーブルに並べた。  


本来なら真っ先に食らいつくはずのカイトだったが、なぜか今日に限っては箸ならぬスプーンが止まり、上の空で何かを考え込んでいた。


「小僧、どうした。食が進んでおらんではないか。……ほれ、食べぬなら妾がいただいてやろう」  


ブルーナがカイトの皿に魔の手を伸ばす。


「待って、食べるよ! ……ただ、ちょっと考えてたんだ」


カイトは真剣な表情でアレインに向き直った。


「鑑定スキルの運用について考えてたんだけどさ……アレイン、君はあいつと『勝負』をしてるんだよね?」


「ああ、それがどうした」


「……僕を送り込まれた時、その鑑定スキルを使わなかったの?」


アレインは、口に運ぼうとしていたパンを止めた。


「……は?」


「だからさ。鑑定すれば、名前とかステータスとか、その人の素性が全部出るんでしょ? だったら、怪しい奴を見つけたら片っ端から鑑定すれば、そいつが何の物語の主人公なのか、設定から何から逆算して推理しやすいじゃないか」


――その瞬間、テーブルを衝撃が駆け抜けた。


アレインは石化したように固まり、


ブルーナは口に含んだ干し肉を落とし、ヴェルナは窓から突き出していた首を引っ込めた。


「そ……そんな……そんな、うまい使い方があったなんて……」


(……おい。もう一人の俺、カイトのやつ、とんでもない天才じゃないか?)


(……かもな。今まで力技で何とかしてきた俺たちには、末恐ろしい発想だぜ……) 


アレインの震える声に、ブルーナも戦慄したような顔をする。


「小僧……お主、恐ろしい使い方を思いつくのう。まさに悪魔の発想じゃ」


『……目から鱗だわ。カイト、あなたやるじゃない』


カイトは、あまりの反応の大きさに逆に呆れ果てた。


「いや、普通、鑑定スキル持ってたら真っ先に思いつくことだと思うんだけど……」


「……ぐっ」  


アレインは痛いところを突かれたように顔を背ける。


「じゃあ、今までどうやって僕のこと調べてたの? まさか、地道に後をつけたりしてたわけ?」


「……してました」


「真面目に推理しておったアレインがバカみたいではないか」


『ふふっ。変なところで不器用なのよね、アレインは。可愛いわ』


「……笑うな。まさかあんな面倒な機能に、そんな実用的な使い道があるなんて思わねえだろ……」  


耳まで赤くして言い訳するアレイン。


カイトは「はぁ……」と深い溜息をついた。


「アレインは普段、大人ぶってて強いくせに、変なところが抜けてるんだなぁ」  


そう言って、カイトはやっと安心したようにシチューを口に運んだ。


「決めたよ。アレインの鑑定スキル、宝の持ち腐れにさせないように僕が全部管理してあげる。アレインが抜けてる分、僕が頭を使わないとね」


「……好きにしろよ」    


アレインは照れ隠しにカイトの頭を乱暴に撫で回した。  


最強の武力と「鑑定」という攻略本を持ちながら、それを全く生かせていなかったアレイン。  


システムの補助を失いながらも、知恵を絞り始めたカイト。


凸凹な二人の歯車が、ようやく噛み合い始めた。  


管理者が仕組んだ「物語」という檻をぶち壊すための、本当の戦い方が。


「あ! ブルーナ、僕のパン食べたな!?」


「カカッ! 隙を見せるほうが悪いのじゃ!」


賑やかな食堂の喧騒の中、アレインは確信していた。  


カイトと二人なら、あのふざけた野郎に、特大の「ざまぁ」をお見舞いできる日が来ることを。

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