第32話:偽りの女神と、不屈の弟分
「おっと。待った」
どこからともなく響いた、軽薄で、それでいて全てを支配するような声。
街道の真ん中に、いつの間にか一人の何者かが立っていた。
「積もる話もあるだろうけど。そこから先は、僕から話そうじゃないか」
そこに立っていたのは、相変わらず顔は百面相のように絶えず変わり続け、声は男にも女にも子供にも聞こえる不気味な「管理者」だった。
「久しぶりじゃねえか、くそ野郎」
アレインが吐き捨てるように言うと、管理者は肩をすくめておどけて見せた。
「ははは、久しぶりアレイン。元気にしてたかい?」
「相変わらず気色悪い気配をしとるのぉ、お主は」
アレインの頭の上でブルーナが牙を剥き、ヴェルナも冷ややかな念話を飛ばす。
『ええ、吐き気がするわ』
「相変わらず君のペットたちは口が悪いなぁ」
管理者がクスクスと笑う中、隣にいたカイトが、まるで雷に打たれたような衝撃を受けた顔で叫んだ。
「セ、セレスティア様……!? なんでここに!?」
その言葉に、アレインは耳を疑った。
「はぁ!? おい、カイト……こいつが、女神に見えるってのか?」
アレインが指をさして問い詰めると、カイトは混乱した様子で詰め寄る。
「そうだよ! セレスティア様だよ!僕をこの世界に転生させてくれた、女神様だよ。……なんで、なんでアレインがセレスティア様を知ってるの!?」
混乱するカイトと、顔をしかめるアレイン。
アレインは管理者を睨みつけ、低く問いかけた。
「今度はどういうペテンなんだよ」
「前にも言っただろう? 僕らは信仰を糧に活動しているんだ。ラー、ヘリオス、アポロン……あるいはアマテラス。信仰する人によって、僕の容貌も性別も変わる。だからカイト君には、僕が女神セレスティアに見える。それだけのことさ」
「……お前はどこのニャル様だよ」
アレインが呆れて呟くと、管理者は「ハハハ!」と手を叩いた。
「千の顕現を持つナイアルラトホテップか! いいねその例え。僕にぴったりじゃないか」
「ねぇ、アレイン! 教えてよ、なんでセレスティア様を知ってるのか!」
食い下がるカイトに対し、管理者が遮るように口を開く。
「カイト君、焦らない焦らない。それを今から僕が話しに来たんだからね」
管理者はスッとカイトの隣に移動し、耳元で囁くように言った。
「カイト君。僕はね、アレインと『勝負』をしてるのさ。僕が送り込む『主人公』が物語を完結させるか、あるいはアレインがそれを破綻させるか……という勝負をね」
「主人公……?」
「そうだよ。カイト君、君のことだよ」
管理者は、実におかしそうに笑った。
アレインは「やられた」という顔で苦々しく吐き捨て、ブルーナとヴェルナも嫌悪感を露わにする。
「アレインは君に兄貴面して近づいて、裏では君が歩むべき栄光のロードを叩き潰す画策をしていたのさ。君の物語を、壊すためにね」
「…………」
カイトは俯き、肩を小刻みに震わせている。
「ショックだろう? よかったら、僕が新しいチートをあげようか。君が主人公に返り咲くためだ。僕がいくらでも力を貸そう」
管理者が優しくカイトの肩を抱こうと、手を伸ばしたその時。
「……いらない」
カイトが、その手を強く振り払った。
「おやおや、どうしたんだい?」
「アレインが、僕を叩き潰そうとなんてしてるわけないだろ!」
カイトはゆっくりと顔を上げた。
その瞳には強い意志の光が宿っていた。
「調子に乗って、道を踏み外そうとしていた僕を、真っ直ぐに立たせてくれたのはアレインだ。ドブさらいだって、マラソンだって……全部、今の僕には必要だったんだ!」
その言葉に、アレインの内なる声が響く。
(もう一人の俺、カイトのやつ言うようになったじゃねえか)
(ああ、あいつはもう曲がらねえな)
「よく言った! それでこそ妾の第一の下僕じゃ。もっと言ってやるがよい!」
ブルーナが喝采を送り、ヴェルナも薄く微笑む。
『そうね。足が震えてなければもっといいのだけれど……あの子にしては及第点かしら』
全員が、心の底からカイトの成長を喜んだ。
管理者はつまらなそうに眉を寄せ、溜息をつく。
「やれやれ。すっかりアレインに毒されちゃったかな」
「自分で決めたことだ!」
カイトの叫びに、アレインは堪えきれず笑みを浮かべ、カイトの肩をがっしりと抱いた。
「どうだ、くそ野郎。俺の弟分は、お前が作ったどっかのチート主人公より、数百倍かっこいいだろ?」
「やめろよ気持ち悪いな……!」
カイトは照れ隠しに嫌がる素振りを見せるが、その顔はどこか嬉しそうだった。
管理者はやれやれと首を振り、
「どうやら今回の勝負は、君の勝ちのようだね」と認めた。
「あたりめえだ。まずは1ざまぁだな」
アレインが笑うと、管理者はニヤリと不気味に笑い返した。
「なら。主人公を降りたカイト君には……『ペナルティ』だ」
パチン、と管理者が指を鳴らした瞬間。
「うわっ……!?」
カイトの体に衝撃が走り、彼はその場に倒れ込んだ。
「おい、カイト! 大丈夫か!?」
アレインたちが駆け寄り、カイトが顔を上げると――彼は虚空を見つめ、狼狽えていた。
「見えない……見えないんだ……」
「おい、視力を奪ったのか!?」
アレインが管理者を睨みつけるが、カイトは首を振った。
「違うんだ。視力はある……でも、今まで見えてた『システム関連』のウィンドウやログが、全部消えてるんだ……!」
「もう君は主人公じゃないからね。いらないだろう?」
管理者は事も無げに言い放つ。
「この野郎……!」
「ああ、でもサービスで全属性魔法は残してあげるよ。分不相応な能力で、ぜひ足掻いてくれたまえ」
管理者は嘲笑を浮かべる。
カイトは何とか立ち上がると、アレインを振り返った。
「……アレイン。君は、どんな勝負をしてるの?」
管理者が代わりに、喋り出す。
「アレインは元主人公なのさ。自ら物語を降りて逃走し、あげく僕に無謀な勝負を挑んだ。勝てば地球への帰還。負ければ魂は僕の所有物になる……というね」
衝撃の事実にカイトが息を呑む。
「報酬は何でも一つだけ、願いを叶えてあげるってやつさ。……どうだいカイト君、君も報酬のために勝負に参加するかい?」
誘いに対し、カイトは恐怖に身を震わせた。
それでも、アレインの隣でしっかりと地面を踏みしめる。
「……僕は、そんな大きな勝負に参加する勇気はないよ。でも……アレインが戦うなら、僕は全力で彼に協力する!」
「ハハハ、素晴らしい友情じゃないか。僕は熱血少年漫画的ノリも嫌いじゃないよ」
管理者の姿が、陽炎のように揺らぎ始める。
「じゃあ、次の物語でまた会おう。」
「いつでも来いよ。全部ぶっ潰してやんよ」
「ハハハ、また面白い展開を期待しているよ。アディオス!」
管理者は不敵な笑みを残し、陽炎のように消え去った。
静寂が戻った街道で、アレインはカイトの頭をぐしゃぐしゃと撫でる。
「……システムが見えなくなって、怖くねえか?」
「正直……めちゃくちゃ怖いよ。でも、なんだかスッキリした」
カイトは消えてしまったウィンドウがあった場所を見つめ、小さく笑った。
「その意気だカイト」
「妾はビシビシ鍛えてやるのじゃ」
『私は横から口出ししてあげるわね』
「……そこは『私も鍛えてあげるわ』じゃないの?」
カイトがヴェルナの口調を真似して茶化すと、ヴェルナは素っ気なく返した。
『いやよ……めんどうだもの』
その一言に呆れるカイトと、爆笑するアレインとブルーナ。
「アレイン、僕も手伝うからね」
「お前がいれば百人力だぜ」
二人の本当の冒険は、ここから始まるのだ。




