第3話:鑑定(ギフト)、あるいは呪い
冒険都市オルヴィアを後にしてから、一週間が経った。
俺は隣国の辺境にある小さな開拓村へと辿り着き、名前を「アレク」と変えた。
かつての仲間も、自分を追放したギルドも、
そして、あのおぞましい「輪廻」の予感も。
すべてを遠い過去へと追いやりたかった。
この一週間、俺はひたすら地味に、ひたすら目立たず、
ただの木こりや荷運びの手伝いをして、日銭を稼いだ。
「よし……これなら大丈夫だ」
村の小さな宿。
硬いベッドの上で、俺はようやく一息つく。
ここでは、誰も俺を「アレイン」とは呼ばない。
俺の「覚醒」を期待する読者もいない。
だが、ずっと避けてきたことが一つだけあった。
それは、自分に備わった「能力」の確認だ。
原作のアニメで、あれほど物議を醸した能力。
画面を暗転させ、視聴者に「18禁でやれ」と言わせた、
あの忌まわしき依存の力。
俺は意を決し、今まで一度も使ったことがなかった言葉を口にする。
「ステータスオープン」
ボゥ、と。
空中に半透明のウィンドウが浮かび上がる。
……本当に出た。
ある意味感動したが、この世界でこんな芸当をやっている奴は誰一人いない。
通常、冒険者はギルド登録時の水晶で、レベルやスキルを把握する程度なのだ。
(俺はゲームキャラかよ……)
半ば呆れながら、俺は自分の表向きの力――
いや、物語における「設定」を鑑定した。
名前:アレク(アレイン)
職業:S級鑑定士(偽)/真の支配者(真)
覚醒スキル:
『淫王の雫』
→ 自身の体液(汗、唾液等)を摂取した異性を、絶対的な恍惚状態に陥れ、眷属化する。
『共鳴強化』
→ 眷属となった異性の強さに応じて、自身の基礎能力が底上げされる。
【警告】
『真の支配者』の資格を持つ者は、その体質から常に
**『魅惑の芳香』**を発散します。
※現在は初期段階のため、周囲の女性は「なんとなく離れがたい」と感じる程度です。
※レベルアップには、常に『魅惑の芳香』を発散し続けるのが重要です。
「……っ!」
胃の底から、せり上がってくるものがあった。
文字で見ると、そのおぞましさがより鮮明になる。
アニメ版では、主人公の体液を飲まされた美少女たちが、
理性を溶かして縋り付いてくるシーンが何度も描かれていた。
俺はそれを「ご褒美」だと思っていた。
だが、今の俺にはわかる。
これは「最強」への道なんかじゃない。
相手の心を破壊し、自分もまた欲望の連鎖に縛られるだけの、
出口のない泥沼だ。
「嘘だろ……。
匂いだけで、もう始まってるのか?」
逃げたつもりだった。
ただのモブとして、静かに枯れていく道を選んだつもりだった。
なのに、この世界は、
俺を無理やり「あの道」へ引き戻そうとしている。
――トントン。
不意に、部屋の扉がノックされた。
「アレクさん。
村長から、明日のお仕事の件で言伝を預かってきました」
声の主は、宿屋の娘だった。
まだ十五歳くらいの、素朴で真面目な少女。
扉を開けると、彼女は少しだけ顔を赤らめ、俺をじっと見つめてきた。
「あの……アレクさん。
なんだか、お部屋……すごく良い匂いがしますね」
彼女の瞳が、わずかに潤んでいく。
俺の心臓が、跳ね上がった。
(やめろ。
来るな。
俺に近づくな……!)
俺は恐怖した。
彼女が――
あるいは、この村の女性たちが。
俺の知らないうちに、俺の「眷属」へと変えられていく未来に。
俺が最強の帝国を築き、歴史に名を刻むとき。
その足元には、理性を失った女たちの屍が積み上がっている。
そして、その物語が完結したとき――
俺もまた、記憶を消されて次の「踏み台」へ……。
「……アレクさん?」
一歩、彼女が踏み出してくる。
俺は半狂乱でステータス画面を操作し、
表示されていた『魅惑の芳香』の文字を、叩くようにタップした。
文字が、ふっと暗くなる。
(……OFF機能があるのか!?)
少女を見ると、正気に戻ったようだった。
頬はまだ赤いものの、不思議そうに首を傾げている。
助かった……のか?
よし。大丈夫だ。
この呪われた力も、OFFにできるなら、まだなんとかなる。
「え、ええと。
仕事の話だったな。立ち話もなんだし、外で聞こうか」
俺は誤魔化すように仕事の内容を聞きながら、
彼女を急かして一緒に部屋を出た。
俺の戦いは、帝国を築くことじゃない。
「物語の完結」を回避し、
俺の「貞操」と「人間性」を守り抜くことだ。
だが――。
村長の依頼のせいで、
結局この忌まわしい能力に頼ることになるとは。
この時の俺は、まだ気づいていなかった。




