第27話:凱旋、そして繋がれた絆
心地よい、一定のリズムを刻む揺れの中で、俺の意識はゆっくりと覚醒していった。
まぶたの裏に、柔らかな朝の光が透けて見える。
ひどかった倦怠感は、数時間の深い眠りである程度和らいでいた。
目を開けると、視界に映ったのは漆黒の毛並み。
俺はヴェルナの背に横たえられ、揺られていた。
その上空では、手のひらサイズのちびドラゴンに戻ったブルーナが、鼻歌混じりにパタパタと飛んでいる。
そしてヴェルナの横を、一歩ずつ踏みしめるように歩いている少年の姿があった。
「……アレインさん、おはよう。目が覚めた?」
カイトがこちらを向いて、少し照れくさそうに笑った。
「ああ……。……これ、お前の外套か?」
俺の体には、カイトがいつも羽織っていた高級そうな魔導士の外套が掛けられていた。
「そうだよ。あんたの装備、トレントの枝でボロボロだったし、体温が下がって冷えるだろ?」
「悪いな。……効率悪いこと、させちまったな」
俺が少し意地悪そうに口角を上げると、カイトは露骨に顔をしかめた。
「もう、それはいいって言ってるだろ! せっかく人が心配してやってるのに」
そのやり取りを見て、上空のブルーナがケラケラと笑う。
「さすがにブルーナの背に乗ったままメルキアに帰らなかったんだな」
俺がそう言うと、ブルーナは得意げに胸を張った。
「当たり前じゃ。妾が元の姿で凱旋したら、あまりの美しさに街中の人間がひれ伏してしまうじゃろ」
『逃げ出すか、討伐隊を組まれるかの間違いじゃないかしら?』 。
ヴェルナが冷ややかに突っ込みを入れ、いつもの騒がしい空気が戻ってくる。
「……喋るドラゴンに、毒舌の魔獣、アレインさん、あんた本当に、ただのAランク冒険者じゃないだろ」
カイトが改めて問いかけてくる。
その瞳には、かつての「データ」を見るような蔑みではなく、純粋な好奇心と尊敬が混じっていた。
「さあな? 男は少しぐらい秘密があった方がモテるんだぜ?」
「……はいはい。もう大人しく寝てろよ」
カイトは呆れたように前を向いた。
(よぉ、もう一人の俺。カイトのやつ、やっとお前の目をまっすぐ見て話すようになったな)
(ああ、相棒。いい傾向だ。……ようやく、俺も『人間』扱いされたってわけだな)
やがて、街道の先になじみ深いメルキアの街門が見えてきた。
「メルキアが見えてきたよ!」
カイトの声に、俺たちは「おう」と短く返し、数日ぶりの拠点へと足を踏み入れた。
◇
門をくぐるなり、俺のボロボロな姿を見た街の住人や、馴染みの冒険者たちが血相を変えて集まってきた。
「おい、アレイン! その傷はどうした!?」
野次馬に囲まれ、カイトは身を縮めた。
彼は、自分がアレインを危険に晒したことを責められると覚悟したのだろう。
「……ごめんなさい。僕が、僕がわがままを言って足を引っ張ったせいで、アレインさんが……」
カイトが消え入りそうな声で謝罪の言葉を口にする。
だが、周囲の反応は彼の予想とは真逆だった。
「何言ってんだよ坊主! 無事でよかったじゃねえか!」
「アレインは先輩としてお前を守り抜いたんだろ? 二人とも生きて帰ってきた、それが一番の功績だぜ!」
ギルドの荒くれ者たちが、カイトの肩を叩いて笑う。
「……いや、カイトがいなきゃ俺も危なかったぜ。こいつ、俺が倒れた後に必死で治癒魔法をかけ続けてくれたんだ。おかげで命拾いした」
俺がそう付け加えると、ギルドの連中は
「やるじゃねえか!」
「見直したぜ、魔導士坊主!」と、口々にカイトを褒めちぎった。
そんな中、受付のアレーナが駆け寄ってきた。
「無事とは言い難いですが……生きて帰ってきてくれてよかったです」
彼女は俺のボロボロの姿を見て、嬉しいのか、それとも怒っているのか、複雑な顔をしていた。
「……約束は守ったぜ、アレーナ」
俺が余裕そうな笑顔を作って言うと、アレーナはこめかみに青筋を浮かべて俺を睨んだ。
「意地を張るのはやめてください! 約束を守るなら、元気な姿で戻ってきてくださいね」
「……わかったわかった、以後気をつける」
俺は野郎どもに囲まれて固まっているカイトを促した。
「……おい、いつまで照れてんだ。早く素材、届けてやれよ」
俺が促すと、カイトは首を振った。
「……嫌だ。ほとんどアレインさんにおんぶにだっこで手に入れた素材だ。……一人で届けるのはなんか違う気がする。あんたが回復してから、一緒に行きたい」
その頑固な物言いに俺が困っていると、背後から妖艶な笑い声が響いた。
「ウフフ、どちらにしてもエリクサーを生成するには時間がかかるわ。すぐには無理だから、アレインちゃんが休んでからでもいいんじゃないかしら?」
現れたのは、ギルド付きの魔導士、ベアトリスさんだった。。
「ベアトリスさん、生成って……あなたがやるのか?」
「ええ、私がアレインちゃんのために、安ーくやってあげるわよ。特別サービスね」
「あんた、魔法以外にもそんなことできるのか?」
俺が驚くと、彼女は長い髪をかき上げた。
「こう見えても私、グレイ回廊の魔法学校を首席で出てるのよ。エリクサーの精製くらい余裕よ」
横にいたビフやアレーナが
「ええっ!?」
「魔法学校の首席って、超エリートじゃないですか!」と騒ぎ出す。
「なぜ、そんな人が宮廷魔導士にもならずに、冒険者なんて……」
カイトの純粋な疑問に、ベアトリスさんはウインクをして見せた。
「窮屈な肩書より、冒険者と一緒にいる方が自由で楽しいんですもの。ね、アレインちゃん?」
俺とカイトはベアトリスさんに深く礼を言い、その日は解散することになった。
俺は泥のように眠るため、宿屋のベッドへと直行した。
◇
数日後。
傷も癒え、飯を三食完食して万全の状態に戻った俺が宿を出ると、
朝から宿の前で落ち着きなく立っているカイトがいた。
「おお、カイト。お出迎えご苦労さん」
「……あ、アレインさん。おはよう。もう、体は大丈夫なんだよね?」
「ああ。万全だ。傷も完全に塞がったし血も戻った、今ならトレントを素手で引き抜けそうだぜ」
俺が笑うと、カイトは心底安心したように、柔らかな笑顔を見せた。
「そっか……よかった」
彼は懐から、一本の小瓶を取り出した。
中には、月の光を閉じ込めたような、神聖な輝きを放つ液体が入っている。
「ほら。ベアトリスさんからエリクサー、受け取っておいたから。いつでも行けるよ」
「準備がいいな。自分で取りに行ったのか?」
「これぐらいの雑用、やるさ。……クエストでは、僕は何もできなかったんだし」
少し落ち込むカイトの背中を、俺はガシッと力任せに叩いた。
「何言ってんだ。あの時戻ってきた勇気がなけりゃ、俺は今頃土の下だ。胸張れ、カイト」
「……っ。……うん!」
俺の頭の上でブルーナが
「では行くのじゃ! 妾のキュートな姿で子供たちをメロメロにしてやるのじゃ」
と息巻く。
『朝から騒がしいわね、あんたたちは』
宿の影からヴェルナが欠伸をしながら出てくる。
俺とカイト。
そして頭の上に乗ったちびドラゴンと、横を歩く漆黒の馬。
二人の人間と二匹のパーティは、一人の少女を救うために、朝日の中を孤児院へと向かって歩き出した。




