第24話:効率の果て、実戦の深淵
翌朝、メルキアの北門に集まった俺たちは、目的の素材『月光草』が自生する「静寂の森」へと向かっていた。
カイトの足取りは相変わらず軽い。
彼は道中、後ろを歩く俺を振り返ることもなく、虚空に浮かぶ「マップ」らしきものを凝視しながら最短距離を突き進んでいく。
「アレインさん、もっとペースを上げてください。このルートなら、あと三十分で最初の索敵ポイントに着くはずですから」
カイトが事務的に言い放つ。
その口調には、年上のAランク冒険者に対する敬意など微塵もなかった。
(おい、もう一人の俺。あいつ、完全に俺たちのことを『便利な護衛NPC』扱いしてやがるな)
(ああ、そうさせておけばいい。今は観察だ。奴に見えている世界と、俺たちが見ている現実のズレがどこにあるのかをな)
脳内の相棒と念話を交わしながら、俺はあえて奴のペースに従い、背後を固めた。
カイトの能力は、確かに「チート」と呼ぶに相応しい凄まじさだった。
道中、茂みから飛び出してきたフォレストウルフの群れに対し、彼は詠唱もなしに極大の火炎魔法を放った。
「《プロミネンス・バースト》!」
轟音と共に、一撃で群れが炭化する。
オーバーキルもいいところだ。
周囲の木々まで焼け焦げる惨状に、カイトは眉一つ動かさない。
「ふん、このレベルの雑魚ならワンパンか。経験値効率は悪いな……」
彼は鼻で笑い、死体の素材を剥ぎ取ることすらなく、再びマップへと目を戻して先を急ぐ。
だが、俺は奴の後ろで密かに、そして迅速に動いていた。
カイトが派手にぶっ放した魔法の光と音は、静かな森の生態系をひどく乱す。
奴が「索敵範囲外」だと思い込んでいる死角から、その音に引き寄せられた「影縫い蛇」が音もなくカイトの足元へ迫っていた。
「ブルーナ、右だ」
「わかっておるわ!」
俺の頭の上から弾丸のように飛び降りたブルーナが、カイトの影に潜もうとした蛇の頭を瞬時に踏み潰す。
カイトは足元で何が起きたかさえ気づいていない。
『アレイン、左後方からも。魔力の残滓に釣られた『狂い鴉』の群れよ』
隣を歩くヴェルナの冷静な報告。
同時に、俺は腰の剣を抜かずに、鞘に込めた魔力を弾いて衝撃波を送る。
――キィィィィィッ!!
カイトの視界の外で、襲い掛かろうとしていた数十羽の怪鳥が、本能的な恐怖に震え上がり、羽を乱しながら一斉に逃げ去っていく。
「……? アレインさん、何かしましたか?」
ふと足を止めたカイトが、怪訝そうに振り返る。
「いや、何でもない。ハエを追い払っただけだ」
「そうですか。ならいいですが……無駄な動きは効率を下げますよ。僕の計算では、もうすぐ中ボスが出るはずなんです」
カイトはそれだけ言うと、また機械的に前を向いた。
(……救えねえな。自分の魔法がどれだけ周囲を惹きつけてるか、考えたこともないのか)
俺はため息をついた。奴の「全能感」は、自分に見えているウィンドウの範囲内だけで完結している。
その外側でどれだけの「現実」が動いているか、想像さえ及んでいないのだ。
異変が起きたのは、静寂の森の最深部、月光草の群生地が見え始めた時だった。
「いたぞ、『エンシェント・トレント』。こいつがレア素材をドロップするイベントボスか」
カイトの瞳が歓喜に揺れる。
そこにいたのは、周囲の木々を圧倒する巨躯を持った、古の森の主だった。
だが、俺の肌を刺す感覚は、もっと不吉でドロリとしたものを捉えていた。
「待て、カイト! あのトレント、様子がおかしい。周囲の魔力を吸い取りすぎて変異して――」
「問題ありません。全属性魔法の僕に死角はない。……《氷結地獄》!」
俺の制止を鼻で笑い、カイトが最強クラスの氷結魔法を放つ。
絶対零度の突風が吹き荒れ、森が凍りつく
――はずだった。
だが、カイトの魔法はトレントに届く直前、不気味な黒い霧に飲み込まれて霧散した。
「な……っ!? 僕の魔法が、かき消された? バグだ、こんなの絶対にバグだ!」
カイトが絶叫する。
彼の瞳には、管理者が与えた「最適解」のウィンドウが赤く点滅し、エラーを吐き出しているのが映っているのだろう。
この森の変異種は、魔法そのものを食らう性質に進化していた。
カイトが魔法を放てば放つほど、敵はエネルギーを吸収して肥大化し、その枝を鋭利な槍へと変えていく。
「カイト、下がれ! 魔法を使うな!」
俺の声は、パニックに陥った奴の耳には届かない。
「うるさい! 僕が、僕が最強なんだ! 全属性魔法・極大放射――」
カイトが自暴自棄に魔力を練り上げようとした、その瞬間だった。
トレントの巨大な枝が、鞭のようにしなり、無防備なカイトの喉元へ殺到した。
「あ――」
カイトの時間が止まる。死の予感に膝が笑い、構築しかけた魔法が霧散する。
その時、奴の視界に飛び込んできたのは、アレインの背中だった。
ズドォォォォン!!
鈍い、肉が潰れる音が森に響く。
「がはっ……!!」
アレインの口から鮮血が飛び散り、カイトの頬を熱く濡らした。
アレインは剣を盾代わりにして奴の前に割り込み、トレントの猛撃をその身で直接受け止めたのだ。
「ア、アレイン……さん……?」
カイトが呆然と呟く。
俺の脇腹はトレントの鋭い棘に深く貫かれ、そこからドクドクと赤い命が溢れ出していた。
装備していた並の鎧は紙屑のように引き裂かれ、地面には見る間に真っ赤な溜まりができていく。
「な、何してるんですか。 なんで、僕みたいな奴のために……っ」
「……いいから、走れ……ッ!!」
俺はこみ上げる血を無理やり飲み下し、震える足で地面を踏みしめた。
「ヴェルナ! こいつを乗せて……森の外まで走れ! 全速力だ!」
『はあ。私は都合のいい配達役ではないのだけれど?』
ヴェルナがわざとらしく、いつものように呑気な念話を送ってくる。
だが、俺は折れかけた剣を地面に叩きつけて一喝した。
「行けと言ってるんだ!! こいつを死なせるな!!」
ヴェルナは、俺の覚悟を読み取ったのか、僅かに目を細めてから震えるカイトの襟首を咥え、その背に放り投げた。
カイトは、俺の背中越しに流れる「本物の血」の温かさと、むせ返るような鉄の臭いを浴びて、ガチガチと歯を鳴らしていた。
「なんで……なんで助けるんだよ! 僕は君をただのモブだと思ってたんだぞ! 使い捨ての駒だと思って……!」
「……勘違いするな。俺は、ギルドの奴らと約束したんだ……『二人で無事に帰る』ってな。それが冒険者だ」
俺は苦笑し、隣に並ぶ小さな相棒に声をかけた。
「ブルーナ、残ってくれるか」
「……当たり前じゃ! 今日は妾が主役じゃからな。お主は黙って妾の背中を見ておれ」
ブルーナは不敵に笑い、その小さな体に膨大な熱量を溜め込んでいく。
「行け、ヴェルナ!!」
『トカゲに主役を譲るのは癪だけど、仕方ないわね……。アレイン、死んだら承知しないわよ』
漆黒の馬が地を蹴った。
カイトは泣きじゃくりながら、血まみれになって敵の群れに一人立ち向かう俺の後ろ姿を、いつまでも振り返っていた。
(……さて、相棒。Aランクの維持も楽じゃねえな)
(ああ。だが、あのガキの目は少しだけ変わったぜ。絶望ってやつを飲み込んでな)
(切り札出して、死んだなんて奴にに笑われちゃ世話ねえからな。)
(誰が死ぬかよ。絶対生き残って、あの管理者にザマァしてやるんだろ?)
一人残った俺は、激痛に歪む顔を無理やり引き締めた。
確かに、カイトにこんな恥ずかしい変身ポーズを見られなくてよかったぜ……。
「……悪いな、カイト。ここからは、俺とブルーナの『物語』だ」
俺はシステムコマンドを叩き込むように、脳内でその技を選択した。




