表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

25/69

第24話:効率の果て、実戦の深淵

翌朝、メルキアの北門に集まった俺たちは、目的の素材『月光草』が自生する「静寂の森」へと向かっていた。


カイトの足取りは相変わらず軽い。  

彼は道中、後ろを歩く俺を振り返ることもなく、虚空に浮かぶ「マップ」らしきものを凝視しながら最短距離を突き進んでいく。


「アレインさん、もっとペースを上げてください。このルートなら、あと三十分で最初の索敵ポイントに着くはずですから」  


カイトが事務的に言い放つ。

その口調には、年上のAランク冒険者に対する敬意など微塵もなかった。


(おい、もう一人の俺。あいつ、完全に俺たちのことを『便利な護衛NPC』扱いしてやがるな)


(ああ、そうさせておけばいい。今は観察だ。奴に見えている世界と、俺たちが見ている現実のズレがどこにあるのかをな)  


脳内の相棒と念話を交わしながら、俺はあえて奴のペースに従い、背後を固めた。


カイトの能力は、確かに「チート」と呼ぶに相応しい凄まじさだった。  


道中、茂みから飛び出してきたフォレストウルフの群れに対し、彼は詠唱もなしに極大の火炎魔法を放った。


「《プロミネンス・バースト》!」  


轟音と共に、一撃で群れが炭化する。

オーバーキルもいいところだ。


周囲の木々まで焼け焦げる惨状に、カイトは眉一つ動かさない。


「ふん、このレベルの雑魚ならワンパンか。経験値効率は悪いな……」  


彼は鼻で笑い、死体の素材を剥ぎ取ることすらなく、再びマップへと目を戻して先を急ぐ。


だが、俺は奴の後ろで密かに、そして迅速に動いていた。  

カイトが派手にぶっ放した魔法の光と音は、静かな森の生態系をひどく乱す。


奴が「索敵範囲外」だと思い込んでいる死角から、その音に引き寄せられた「影縫い蛇」が音もなくカイトの足元へ迫っていた。


「ブルーナ、右だ」


「わかっておるわ!」  


俺の頭の上から弾丸のように飛び降りたブルーナが、カイトの影に潜もうとした蛇の頭を瞬時に踏み潰す。


カイトは足元で何が起きたかさえ気づいていない。


『アレイン、左後方からも。魔力の残滓に釣られた『狂い鴉』の群れよ』  


隣を歩くヴェルナの冷静な報告。


同時に、俺は腰の剣を抜かずに、鞘に込めた魔力を弾いて衝撃波を送る。


――キィィィィィッ!!


カイトの視界の外で、襲い掛かろうとしていた数十羽の怪鳥が、本能的な恐怖に震え上がり、羽を乱しながら一斉に逃げ去っていく。


「……? アレインさん、何かしましたか?」  


ふと足を止めたカイトが、怪訝そうに振り返る。


「いや、何でもない。ハエを追い払っただけだ」


「そうですか。ならいいですが……無駄な動きは効率を下げますよ。僕の計算では、もうすぐ中ボスが出るはずなんです」  


カイトはそれだけ言うと、また機械的に前を向いた。


(……救えねえな。自分の魔法がどれだけ周囲を惹きつけてるか、考えたこともないのか)  


俺はため息をついた。奴の「全能感」は、自分に見えているウィンドウの範囲内だけで完結している。


その外側でどれだけの「現実」が動いているか、想像さえ及んでいないのだ。


異変が起きたのは、静寂の森の最深部、月光草の群生地が見え始めた時だった。


「いたぞ、『エンシェント・トレント』。こいつがレア素材をドロップするイベントボスか」  


カイトの瞳が歓喜に揺れる。


そこにいたのは、周囲の木々を圧倒する巨躯を持った、古の森の主だった。  


だが、俺の肌を刺す感覚は、もっと不吉でドロリとしたものを捉えていた。


「待て、カイト! あのトレント、様子がおかしい。周囲の魔力を吸い取りすぎて変異して――」


「問題ありません。全属性魔法の僕に死角はない。……《氷結地獄コキュートス》!」  


俺の制止を鼻で笑い、カイトが最強クラスの氷結魔法を放つ。

絶対零度の突風が吹き荒れ、森が凍りつく


――はずだった。


だが、カイトの魔法はトレントに届く直前、不気味な黒い霧に飲み込まれて霧散した。


「な……っ!? 僕の魔法が、かき消された? バグだ、こんなの絶対にバグだ!」  


カイトが絶叫する。

彼の瞳には、管理者が与えた「最適解」のウィンドウが赤く点滅し、エラーを吐き出しているのが映っているのだろう。  


この森の変異種は、魔法そのものを食らう性質に進化していた。


カイトが魔法を放てば放つほど、敵はエネルギーを吸収して肥大化し、その枝を鋭利な槍へと変えていく。


「カイト、下がれ! 魔法を使うな!」  


俺の声は、パニックに陥った奴の耳には届かない。


「うるさい! 僕が、僕が最強なんだ! 全属性魔法・極大放射――」


カイトが自暴自棄に魔力を練り上げようとした、その瞬間だった。  


トレントの巨大な枝が、鞭のようにしなり、無防備なカイトの喉元へ殺到した。


「あ――」  


カイトの時間が止まる。死の予感に膝が笑い、構築しかけた魔法が霧散する。  


その時、奴の視界に飛び込んできたのは、アレインの背中だった。


ズドォォォォン!!


鈍い、肉が潰れる音が森に響く。


「がはっ……!!」  


アレインの口から鮮血が飛び散り、カイトの頬を熱く濡らした。  


アレインは剣を盾代わりにして奴の前に割り込み、トレントの猛撃をその身で直接受け止めたのだ。


「ア、アレイン……さん……?」  


カイトが呆然と呟く。  


俺の脇腹はトレントの鋭い棘に深く貫かれ、そこからドクドクと赤い命が溢れ出していた。


装備していた並の鎧は紙屑のように引き裂かれ、地面には見る間に真っ赤な溜まりができていく。


「な、何してるんですか。 なんで、僕みたいな奴のために……っ」


「……いいから、走れ……ッ!!」  


俺はこみ上げる血を無理やり飲み下し、震える足で地面を踏みしめた。


「ヴェルナ! こいつを乗せて……森の外まで走れ! 全速力だ!」


『はあ。私は都合のいい配達役ではないのだけれど?』  


ヴェルナがわざとらしく、いつものように呑気な念話を送ってくる。


だが、俺は折れかけた剣を地面に叩きつけて一喝した。


「行けと言ってるんだ!! こいつを死なせるな!!」


ヴェルナは、俺の覚悟を読み取ったのか、僅かに目を細めてから震えるカイトの襟首を咥え、その背に放り投げた。  


カイトは、俺の背中越しに流れる「本物の血」の温かさと、むせ返るような鉄の臭いを浴びて、ガチガチと歯を鳴らしていた。


「なんで……なんで助けるんだよ! 僕は君をただのモブだと思ってたんだぞ! 使い捨ての駒だと思って……!」


「……勘違いするな。俺は、ギルドの奴らと約束したんだ……『二人で無事に帰る』ってな。それが冒険者だ」  


俺は苦笑し、隣に並ぶ小さな相棒に声をかけた。


「ブルーナ、残ってくれるか」


「……当たり前じゃ! 今日は妾が主役じゃからな。お主は黙って妾の背中を見ておれ」  


ブルーナは不敵に笑い、その小さな体に膨大な熱量を溜め込んでいく。


「行け、ヴェルナ!!」


『トカゲに主役を譲るのは癪だけど、仕方ないわね……。アレイン、死んだら承知しないわよ』  


漆黒の馬が地を蹴った。  


カイトは泣きじゃくりながら、血まみれになって敵の群れに一人立ち向かう俺の後ろ姿を、いつまでも振り返っていた。


(……さて、相棒。Aランクの維持も楽じゃねえな)


(ああ。だが、あのガキの目は少しだけ変わったぜ。絶望ってやつを飲み込んでな)


(切り札出して、死んだなんて奴にに笑われちゃ世話ねえからな。)


(誰が死ぬかよ。絶対生き残って、あの管理者にザマァしてやるんだろ?)


一人残った俺は、激痛に歪む顔を無理やり引き締めた。  


確かに、カイトにこんな恥ずかしい変身ポーズを見られなくてよかったぜ……。


「……悪いな、カイト。ここからは、俺とブルーナの『物語』だ」


俺はシステムコマンドを叩き込むように、脳内でその技を選択した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ