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第23話:黄金の盾と空虚な全能魔法

カイトが食堂を後にした後、俺は付かず離れずの距離でその背を追った。  


道中、奴の独り言を拾うたびに、俺の中の疑念は確信へと変わっていく。


「……バグだの、イベントだの。この世界の住人が使う言葉じゃねえな」


(しらねえな。バグってのは、あの夏場にうるさい羽虫のことか?)  


脳内の相棒が、あくび混じりで呑気に返す。  


やはり、この世界の共通認識としては存在しない言葉だ。


カイトは間違いなく、俺と同じ、あるいは俺よりずっと「ゲーム感覚」の抜けない転生者だろう。


カイトの足取りは、羽が生えたように軽い。  


まるで透明なガイドラインでも見えているかのように、迷いなく人混みを縫っていく。


おそらく、彼が信じる「ラノベのエピソード」をなぞろうとしているのだ。  


向かった先は、意外にも冒険者ギルドだった。


俺がギルドの重厚な扉を潜ると、そこでは既に一悶着起きていた。

酒場を併設した広いホールに、野次馬たちの怒号と笑い声が渦巻いている。


「よお、久しぶりだな、アレイン」  


声をかけてきたのは、巨漢のベテラン冒険者・ビフだ。


彼に状況を尋ねると、カイトはここ数日、

この街で急速に名を上げている新人なのだという。


「アレインちゃん、あの子すごいのよ。まだ若いのに全属性の魔法を一通り使いこなすんですもの。びっくりしちゃうわぁ、ウフフ」  


妖艶な魔導士、ベアトリスが豊満な胸を揺らしながら混ざってくる。


「あの、あのあの……すごく優しそうなんですけど、いつも人の頭の上を見てて、ちょっと変な人ですぅ……」  


おどおどした様子のミィも加わった。


どうやらカイトは、ギルド中の女冒険者に片っ端から粉をかけているらしい。


(随分とお盛んなガキだな。なあ、アレイン?)  


相棒に揶揄われ、俺は転生初日の自分を思い出して耳が熱くなった。


……いや、俺はあそこまで露骨じゃなかった……はずだ。


(好感度視覚化に全属性魔法、か。まだまだ情報が足りねえな……)  


思考を巡らせていると、受付カウンターの方から鋭い声が響いた。


「ですからカイトさん! あなたのランクでは、まだこのクエストは受けられません!」  


受付嬢のアレーナが、顔を真っ赤にして叫んでいた。  


カイトはランク以上の高難易度依頼を強引に受注しようとしているようだ。


それを取り囲む野次馬の冒険者たちは、酒の勢いもあって無責任な囃し立てる。


「やらせてやれよ、アレーナちゃん!」


「そうだそうだ、若いうちの無鉄砲はいいもんだぜ!」


だが、カイトはその擁護に感謝するどころか、味方をしている男たちに「低能なモブが」と言いたげな侮蔑の視線を向けていた。


「皆さん! 無責任なことを言わないでください! 彼は死にに行こうとしてるんですよ!」  


本気でカイトの身を案じ、机を叩いて怒るアレーナ。


その気迫に場が静まり返る。


ビフが横から依頼書を覗き込み、苦虫を噛み潰したような顔をした。


「……カイト。これは俺も行けとは言えん。諦めろ」  


依頼内容は『エリクサー(万能薬)』の精製素材集め。


場所は危険な魔物の巣窟だ。


依頼主は孤児院。


報酬はなけなしの貯金なのだろう、相場を大きく下回る格安の依頼だった。  


他の冒険者たちも、内容を見るなり顔を顰めて

「地道に行け」とカイトを諭し始めた。


だが、俺は確信した。これはチャンスだ。  


カイトがエリクサーを渡そうとしている相手――その「攻略対象」を見定めれば、彼がどの物語の主人公を気取っているのかが判明する。


「アレーナ、その依頼、俺がカイトと一緒に受けてやるよ」  


俺の声に、ギルド中が驚きに包まれた。


「俺がいれば、ランク制限は関係ないだろ?」


「アレインさん……。確かに、あなたはAランクですけど、カイトさんの命を保証できるんですか?」


公爵家との関わりや、地道な依頼達成を積み重ねてきた俺は、いつの間にかこの街でも数少ないAランクの地位にまで登り詰めていた。。


「おっ、ツンデレヒーローのお出ましだな!」  


ビフが茶化すように叫ぶ。


「野郎ども、Aランクのアレインが一緒なら文句ねえだろ!」


「アレインちゃんがお守りしてくれるなら安心ねぇ、ウフフ」


「ですです! アレインさんなら大丈夫です!」


ベアトリスやミィ、そして荒くれ者たちの全幅の信頼を背に、アレーナは大きなため息をつき、俺をじっと見据えた。


「アレインさんだから、特別ですよ。……絶対に、二人とも無事で帰ってきてください。約束ですよ」


「わかってる、わかってるよ」  


俺は軽く手を振って応えると、不服そうな顔をしているカイトに向き直った。


「受注できたぞ、カイト。しばらくよろしくな」  


カイトは「余計なことをしてくれた」という顔を一瞬見せたが、すぐに「イベント進行のために利用してやる」という計算高い笑みに張り替えた。


「……ありがとう、アレインさん。君がいてくれて助かるよ」


(……絶対、一ミリも感謝してねえな、こいつ)  


俺は心の中で毒づいた。  

カイト、お前の目には「エリクサー生成」というイベントフラグしか見えていないんだろうが……。

ギルドの奴らはお前の命を、名前も知らぬ新人の一人として、本気で心配しているんだぜ。


管理者がかけた「主人公」という名の呪いのフィルターのせいで、周囲の温度さえ感じ取れない彼を、俺は少しだけ哀れに思った。


俺は明日の準備のため、ギルドを後にした。


「アレイン! もっとわらわのために肉を買うのじゃ!脂の乗った極上のやつをな!」 


懐から顔を出したブルーナが我儘を言う。


「生肉なんか道中で腐るだろ。乾物で勘弁してくれ」


『まったく、意地汚いトカゲね……少しは私の優雅さを見習ったらどう?』  


厩舎から合流したヴェルナが鼻を鳴らす。


「なんじゃとぉ! お主だってブラッシングの時はだらしない顔をしておるではないか!」


「わかった!! わかったから静かにしろ!」  


俺は二人(二匹?)をなだめるように声を上げた。


「クエストが終わったら、たらふく肉を食わせてやる。ブラッシングも念入りにやってやる。だから今は大人しくしてくれ」  


俺の仲魔たちは、どの冒険者よりも自由で、そして騒がしい。  

だが、この騒がしさが、今の俺にはたまらなく心地よかった。


管理者の人形として、数字とフラグに踊らされるカイト。  

そして、勝手気ままに生きる俺の相棒たち。  

あいつの曇った眼に、明日のクエストで何を見せてやれるだろうか。


叩き潰すのは容易い。だが、もし可能なら――。  俺は、あの空っぽな全能感の檻から、あいつを引きずり出してやりたいと考えていた。

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