第16話:再会の終わり、そして「日常」への帰還
神との契約、魂の融合、そして地球への帰還を賭けた絶望的な勝負。
宿に戻った俺は、あまりの事態の大きさに朝方まで悶々と考え続けていた。
……が、隣を見ればブルーナとヴェルナは
「主の悩みなんて付き合ってられんわ」
と言わんばかりに、高いイビキをかいて爆睡している。
(……ああ、もういい。俺一人で抱え込むのはやめた。
後は野となれ山となれ、だろ?)
脳内で、もう一人の俺――相棒の声が重なる。
(全くだ。俺もお前も、元からスマートな生き方なんて似合わねえ。
やってやるさ、もう一人の俺。今は寝ようぜ。
俺たちの体は、もう一つなんだからよ)
奇妙な一致感。俺たちは互いの魂を預け合うようにして、
ようやく泥のような眠りに落ちた。
翌朝。
冒険都市オルヴィアに朝日が昇る。
ここに居座って、ただ管理者の「仕掛け」を待つのは精神衛生上よろしくない。
俺は一旦、馴染みのある自由都市メルキアに戻ることを決めた。
「まだ観光もしておらんのに、もう帰るのか?
色々な食べ物を食べたかったのに……!
王都の菓子屋を制覇する計画が台無しじゃ!」
『そうよ。昨日の今日で、少し慌ただしすぎるんじゃないかしら。
もう少しゆっくりしても罰は当たらないと思うけれど』
朝ごはんの串焼きを頬張りながら不満を漏らすブルーナと、
気怠げに首を振るヴェルナ、俺たちは冒険都市オルヴィアの正門へと向かった。
そこには見覚えのある一団が道を塞ぐように陣取っていた。
「……お前ら、なんでここにいるんだよ」
待っていたのは、ブレイブ、エリナ、ミナ、リリア。そしてブレイブが率いる
クラン『黄金の翼』の精鋭メンバーたちだった。
「君のことだから、何も言わずさっさと帰っちゃうと思ったからさ。
早起きして待ってたのさ」
「アレインは湿っぽいの嫌いだもんねー。
昔から、肝心なところで逃げ足が速いんだから」
ブレイブとミナが、昨日までの重苦しさを吹き飛ばすように屈託なく笑う。
だが、その背後に立つエリナの瞳は、朝日を反射して冷徹な光を放っていた。
「そうです……。またどこかへ隠れてしまう前に、
物理的に逃げられないよう『首輪』をつけておかないといけませんから」
「……エリナ。目が笑ってねえぞ。」
俺が本気で引いていると、リリアが溜息混じりに肩をすくめた。
「エリナは本気よ。あんたの居場所がいつでもわかる追跡魔法をかけろとか、
解除不能な呪印の魔道具を作れとか、朝からうるさかったんだから……。」
「勘弁してくれよ……俺は犬じゃないんだぞ」
するとエリナは、花の咲くような満面の笑みを浮かべ、一歩前へ踏み出した。
「犬は、呼べば飼い主のところに帰ってきます。
今のあなたは、自分から逃げ出すんですから……犬以下ですね」
「信用がなさすぎる……! ひでえ言われようだ……」
俺がうなだれると、ミナが「ニヒヒ」と楽しそうに笑う。
「前科があるからしょうがないねー。三年も失踪してたんだから」
「まあ、首輪はともかくとしてさ。拠点ぐらいは教えてほしいかな。
君がどこに根を下ろしたのか、友人として知っておきたいんだ」
ブレイブに真摯な瞳で見つめられ、
俺は観念してメルキアで泊まっている宿の名前を教えた。
すると、ブレイブが少し不思議そうに、懐かしむような顔で俺を見つめた。
「アレイン、ちょっと変わった? なんだか……懐かしい感じがするよ」
「そうか? いつも通りだろ」
冷や汗が出る。やはり幼馴染の感覚は鋭い。
融合したことで、かつてこの世界で彼と共に過ごした
「元のアレイン」の癖が自然に出ているのかもしれない。
「そうかな? でも、昨日よりずっといい顔になってる。吹っ切れたみたいだね」
「まーた男の子だけで通じ合ってるー! ずるいなー」
「また私たちだけ仲間外れですか? 仲間なんだから混ぜてくださいよ。」
ミナとエリナが野次を飛ばし、リリアが悪戯っぽくニヤついた。
「何? あんたたち、もしかしてそういう関係なわけ?」
「んなわけねえだろ! 妄想が飛躍しすぎだ!」
「そうだよ。一緒の孤児院で育ったから、友人より仲が深いだけさ」
ブレイブが爽やかに笑って、俺の肩をぐいと引き寄せた。
その瞬間、後ろに控えていた『黄金の翼』の女性メンバーたちから
「キャーッ!」という悲鳴に近い歓声が上がる。
「怪しいわね……あの距離感、ただの幼馴染じゃないわ」
「おいやめろ! 俺はこいつと違ってノーマルだ! 離せブレイブ!」
俺が全力で引き剥がそうとすると、
あいつはニヤリと確信犯的な笑みを浮かべ、さらに悪乗りを加速させた。
「おやおや冷たいね。僕は悲しいよ、弟よ。
あんなに仲良くパンを分け合った仲じゃないか」
「キャーーッ!!」 一段と大きな歓声。俺は青筋を立てて叫んだ。
「そもそもお前とは同い年だろ! なんでお前が兄貴なんだよ!」
「弟のように可愛く思ってることさ」
「悪乗りもいい加減にしろ!」
バシッ、と俺がブレイブの頭を叩くと、彼は「痛いじゃないか」
と言いながらも、心底楽しそうに笑っていた。
「ブレイブって意外にノリが良かったのね。クソ真面目な堅物だと思ってたわ」
意外そうなリリアに、ミナが懐かしそうに目を細める。
「昔は、二人はいつもこんな感じだったよ」
「そうですね。アレインとふざけるのは、彼の恒例行事でした」
ひとしきり笑った後、ブレイブが真剣な顔で俺に問いかけた。
「……本当にもう行くのかい?」
「ああ。ちょっと、野暮用を思い出したしな」
昨夜の神との契約については誤魔化した。
俺はブレイブのクランメンバーたちにも向き合い、
「わざわざメンバーでもない俺のために、
朝早くから見送りに来てくれてありがとうな」と頭を下げた。
「そんなことないです! アレインさんはブレイブ団長の大切な親友ですから!」
「またいつでも遊びに来てください! 歓迎しますよ!」
温かい見送りの声が響く。
だがその時、エリナの手元で怪しい魔力光が明滅した。
「……やはり、アレインの足首に不可視の鎖を……」
「エリナ、それは本気で犯罪だから止めなさいって!」
「そうよ、メルキアまで会いに行けばいい話でしょ!」
ミナとリリアが必死にエリナの両腕を掴んで宥めている。
その一瞬の隙を突き、俺はヴェルナに飛び乗った。
「ああ、ちょっと! 」
「待ちなさいよアレイン!」
「逃げた! また逃げたよあいつ!」
三者三様の怒声と笑い声を背に、
俺は一度だけ力強く振り返り、大きく手を振った。
「ブレイブ、エリナ、ミナ、リリア! じゃあな、また会おうぜ!
メルキアにも遊びに来いよー! 待ってるからな!」
「きっと会いに行くよ! 元気でね、アレイーン!」
ブレイブが大きく手を振る。
「絶対行くからね! また一緒に冒険しよ!」
「あたしも一回ぐらいパーティー組みなさいよー!」
「次は逃しませんから、覚悟していてくださいねー!」
エリナの叫びだけが妙に背筋を凍らせたが、
俺は笑いながら「おう!」と腕を上げた。
街の門が遠ざかり、街道の景色が流れ始める。
俺は前を見据え、隣を走る青緑の光と、足元の黒い疾風に声をかけた。
「帰るぞ、ブルーナ、ヴェルナ」
「うむ!」
『ええ、帰りましょう。私たちの居場所へ』
三人と、一人の相棒。
俺たちは、自分たちの「日常」を守るための戦いへと、力強く走り出した。




