第15話:二人のアレインと、神への「ざまぁ」宣言
奴は薄ら笑いを浮かべ、俺を見下ろしていた。
「……俺を地球に帰し、アレインには、元のアレインに体を返してやってくれ」
俺が突きつけた要求に、管理者は波打つように貌を歪ませた。
『退屈で、君の言葉を借りれば「くそみたいな人生」に逆戻りだよ?
それでもいいのかい?
向こうに戻れば、君はただの冴えない男だ』
「他人の人生を横取りして、着ぐるみを着て生きるよりはマシだ」
『ははは! 傑作だね! じゃあ、もし君が勝って、
僕が意地悪で、君を「植物人間」として戻したとしても
構わないのかい?』
試すような、冷酷な光がその瞳に宿る。
だが、俺の心は微動だにしなかった。
「……植物人間上等だ。お前みたいに、
他人を弄んで喜ぶくそ野郎とは、魂の格が違うんでね」
『上等、とはいいね! 気に入ったよ。いいだろう。
君が勝ったら、事故にあったその日に、
奇跡的に五体満足で助かったということにして戻してあげるよ』
その約束を聞くや否や、人化したブルーナとヴェルナが俺の腕に縋り付いた。
「勝手に決めるなアレイン! お主が行くというなら、
妾たちも地球の人間として転生させろ!」
『そうよ。置いていかれるなんて絶対に認めないわ。
地獄の果てまでついていくと言ったはずよ』
『いいよ。君たちが勝てればね』
管理者は楽しそうに肩を揺らす。
『でもいいのかい? 君たちがいなくなれば、
元のアレインはまた一人ぼっちだよ。
ようやく取り戻した自由も、支えがなければまた絶望に染まるだろうに』
俺は二人の肩を、優しく押し返した。
「そうだ……お前たちは、
あいつ……元のアレインの傍で支えてやってくれ。
あいつには、俺が作った『居場所』が必要なんだ」
「嫌じゃ! 断る!」
『私もよ。私たちが選んだのは、あなたなの』
押し問答が続く中、不意に、どこからともなく低い声が響いた。
「――いらねえよ」
その声は、俺の口から出たようでいて、俺の意志ではなかった。
俺の足元から伸びる影が揺らぎ、もう一つの輪郭が浮かび上がる。
「よぉ、もう一人の俺」
「お前が……アレインか?」
「そうだよ。ずっと夢を見てるような感覚で、
ずっとお前の中にいた。お前が何を感じ、何を成してきたか、全部見てたよ」
元のアレインの意識。
彼は自嘲気味に笑い、ブルーナとヴェルナを一瞥した。
「こいつらがいなくたって、俺は大丈夫だ。
お前と一緒にいた記憶は、俺の心に刻み込まれてる。
安易な復讐にも、くだらねえハーレムにも走らねえよ。
お前が繋いでくれた縁だ。死に物狂いで泥水啜ろうが、
俺の手で守り抜いてやるさ」
「……好き勝手やった俺を、許すのか?」
「いいって言ってんだろ。それに、あいつがやってることに比べたら、
お前のしたことなんて天と地の差だろ。
……お前が俺を救ってくれたんだ。感謝してるぜ」
元のアレインが、管理者を指差して笑う。
俺もまた、心の底から笑みが溢れた。
「そりゃそうだな。……あともう少しだけ、お前の体、借りるぜ」
「ああ、好きに使えよ。もう一人の俺」
二人の魂が、意志が、拳を合わせる。
その瞬間、視界が真っ白な光に包まれた。
俺が地球で生きてきた記憶。
転生してからの苦闘と歓喜。
それが、元のアレインへと流れ込む。
同時に、あいつがこの世界で味わった飢え、
ブレイブへの憧れと劣等感、呪いによって壊れていく心。
それらが俺の血肉となって混ざり合う。
(随分と苦労する人生だったようだな、相棒)
(随分遠いところから来たようだな、もう一人の俺。
……これからは俺も一緒だ)
二つの魂は融合し、一つの巨大な「意志」へと昇華された。
『ほう……珍しいことが起きるね。
今まで何回か地球人の魂を憑依させてきたけど、
二つの魂が完全な融合を果たすなんて初めてだよ』
管理者が興味深げに目を細める。
だが、今の俺に恐れはない。
俺たちの声は重なり合い、やがて太い一筋の声となって響いた。
「「――くそ野郎、よく聞け。俺たちが一緒になれば最強だぜ」」
一歩踏み出し、神を指差す。
「「お前に最高の『ざまぁ』、かましてやんよ!」」
『ハハハ! いいね、最高だ!』
管理者は狂ったように笑い、手を広げた。
『いいだろう。君が勝てば、
君と共に君のペットたちも地球の人間として転生させよう。
僕が勝ったら、君の魂は僕のコレクションになる。それでいいかい?』
「ああ、決まりだ」
『さて、勝負の方法だ。僕だって暇じゃない。
この銀河を管理する仕事もあるし、君にばかり構ってもいられないんだ。
……それにさ、主人公をこの世界に送り込むのには、
それなりにコストがいるんだよ』
管理者は、露骨に財布の中身を気にする小市民のような仕草をした。
『特に地球から魂を呼び寄せるのは結構大変なんだ。
君が想定外の抵抗をしたせいで、今月の予算はもうすっからかんなのさ』
(……絶対嘘だ。今月のお小遣いを使いすぎた子供みたいなツラしやがって。
信じられるかよ)
『じゃあ、僕のコストが尽きるまで、
僕が送り込む「ラノベ主人公」たちの物語を破綻させ続けられたら、君の勝ち。
主人公が一人でもハッピーエンドを完結させたら、僕の勝ち。これでどうかな?』
「……かまわねえよ」
『安心したまえ。いきなり王族や最強貴族の主人公なんて出さないよ。
そんなの興醒めもいいところだからね』
「信用できねえな。お前みたいなペテン師は」
『おやおや、そこは信用してもらわないと勝負が始まらないじゃないか』
「――そこに、私が立会人になりましょう」
凛とした、慈愛に満ちた女性の声が響いた。
路地裏に、光輝くシルエットが現れる。
管理者の顔から余裕が消え、露骨に嫌そうな表情になった。
「……面倒なのが来たな」
『ああ、私のかわいい坊や。
私がこの勝負の立会人として、契約を結びましょう』
「何者だ、あんた」
『君の銀河の管理者だよ。
かわいい我が子のために、
居ても立ってもいられなくて目覚めちゃったみたいだね』
管理者の言葉に、俺は半信半疑でそのシルエットを見つめた。
「……本当かよ。俺をこんな目に遭わせた元凶の一味じゃないのか?」
『疑われるなんて悲しいわ……』
シルエットが俺を優しく抱きしめた。
その瞬間、雨上がりのアスファルトの匂い、夕暮れのチャイム、
実家の食卓の風景。
懐かしい地球の記憶が、温かな奔流となって流れ込んできた。
「……分かったよ。認めてやる。あんたが俺の、俺たちの『親』なんだな」
女性は嬉しそうに微笑むと、次に管理者へと鋭い視線を向けた。
その声は、地を這うように低くなる。
『管理者同士の契約は、力の多寡にかかわらず不可逆。
……構わないわね?』
『はいはい、分かってるよ。面倒だなぁ』
【絶対不変の契約】
勝利条件:管理者のコストが尽きるまで、
送り込まれた主人公の物語を破綻させ続ければアレインの勝ち。
一人でも完結すれば管理者の勝ち。
勢力調整:アレイン側の勢力や能力に応じ、送り込める主人公の格も上昇する。
報酬:アレイン勝利時、ブルーナ・ヴェルナと共に記憶を保持したまま
地球へ転生。元のアレインに体を返却。
敗北条件:管理者勝利時、アレインの魂は管理者の所有物となる。
不介入原則:アレインの現在の能力を管理者が弄ることを禁止。
制約①:一度に送り込める主人公は一人のみ。
制約②:主人公に与えた設定(チート能力等)を途中で変更することを禁止。
制約③:破綻した主人公への精神汚染などは即時解除し、物語を放置すること。
ペナルティ:上記制約に違反した場合、即座にアレインの勝利とする。
『随分とこちらが不利じゃないかい?』
管理者が不満げに唇を尖らせる。
『あなたの力を鑑みれば、これでもまだ公平よ』
「……かわいい坊や、こんなことしかできない私を許してね。……愛しているわ』
シルエットは俺の頬を優しく撫でると、儚く光の中に消えていった。
『あーあ。無理して顕現するから、
またしばらく起きられないだろうね。
……じゃあ、今日はお暇させてもらうよ。
明日から、楽しみにしててね』
管理者が闇に溶けるように消え去り、
ようやく王都に本当の静寂が戻った。
「いつでもかかってくるのじゃ! 妾の紫電で消し飛ばしてやる!」
『ふん、あんな不快な存在、私たちが踏み潰してあげるわ』
勇ましく声を上げる二人……
だが、俺はそれどころではなかった。
「……ああ、そうだな。……とりあえず、
元に戻れ。裸は刺激が強すぎる」
そう。
人化したはいいが、服まで具現化する余裕はなかったらしい。
月光に照らされた神秘的な肢体に、
俺の心拍数は戦いとは別の意味で限界を突破していた。
宿に着き、すっかり酔いの冷めた俺は、ベッドの上で頭を抱えていた。
融合した元のアレインの意識が、脳内で冷やかすように笑っている。
(……破綻させるって言ったけど、どうやってやるんだよ。
あいつらチート主人公だろ?)
(……お前に最高のざまぁかましてやんよ、ってなんだよ。
俺のバカ! 恥ずかしすぎる!)
「アレインよ、融合してもあまり変わっておらんように見えるのう。
相変わらず小心者じゃ」
ブルーナが元の小さな姿(竜の形)に戻り、俺の頭の上でくつろぐ。
『……ようは、似た者同士だったってことじゃないかしら?
あの傲慢な神様を黙らせるには、これくらいの勢いが必要よ』
ヴェルナも馬の姿に戻り、窓の外から鼻を鳴らした。
こうして、異世界の命運と、二人のアレインの誇り。
そして最愛の仲魔たちとの地球帰還を賭けた、
前代未聞の「主人公潰し」が幕を開けた。




