第14話:傲慢なる管理者と、人化せし「仲魔」たち
ブレイブたちとの和解、そして三年の空白を埋めるような喧騒。
王都の夜風は冷たくも心地よく、
適度なアルコールが俺の思考を緩やかに、
そして少しだけ大胆にしていた。
頭の上にはいつも通りの重み(ブルーナ)があり、
隣には静かに蹄鉄の音を響かせるヴェルナがいる。
だが、その平穏は唐突な「悪寒」によって切り裂かれた。
――背筋をなぞる、どろりとした粘着質な気配。
俺は足を止め、無意識に腰の剣の柄に手をかけて振り返った。
背後の路地は、街灯の魔法石も届かない深い闇に包まれている。
深夜の王都、人通りは絶え、静寂だけが支配しているはずの場所だ。
「……おい。そこに誰かいるのか?」
俺の問いかけに、最初は静寂が答えた。
しかし次の瞬間、真っ暗な路地の奥に、
爛々と輝く「目」と、三日月のように吊り上がった「口」だけが、
まるで闇に描かれた落書きのように浮かび上がった。
『こんばんわ。気づいたのかい?』
その声は耳からではなく、
脳髄に直接響くような不快な震動を伴っていた。
男のようでもあり、女のようでもあり、
あるいは無邪気な子供のようにも聞こえる、
性別も年齢も判然としない奇怪な響きだ。
隣でヴェルナが低く唸り声を上げ、前脚で石畳を激しく叩く。
『気持ち悪い視線……ずっと感じていたけれど、本当に不快だわ』
「あたりまえじゃ。これ以上ついてくるようなら、
妾が無理やり引きずり出して食ろうておるところであったわ」
ブルーナが俺の頭の上でバチバチと紫電を散らせる。
どうやら彼女たちは最初から、この異常な気配に気づいていたらしい。
「出てこいよ。コソコソ隠れてストーカーなんて、女にモテないぜ?」
俺が皮肉を混ぜて言うと、どろりと溶け出すように、
その「どす黒い闇」の中から人型の何かが這い出してきた。
しかし、その姿は一定しない。
ブレイブになったかと思えば、俺自身の顔になり、
エリナ、ミナ、リリア、果てはメルキアのビフやエレーナへと、
万華鏡のように、
あるいは悪意あるパロディのように姿を変え続ける。
『気づかなければ少し悪戯をして、あとは放置するつもりだったけど。
この際だ、一言礼を言わせてもらおうかな』
その不定形な存在は、複数の声が重なり合ったような歪な笑い声を上げた。
『つまらない物語をありがとう。
……本当に、つまらなかったよ、アレイン君』
その言葉を聞いた瞬間、酔いが一気に冷めた。
「……お前か。俺をこの世界に転生させたのは」
『そうだよ』
あまりにもあっけなく、その存在は認めた。
「お前は何者なんだ。目的は何だ!」
『僕は全にして一、一にして全なるもの。
管理者、システム……色々あるけれど、
君たち地球人の言葉で言えば「神様」って言えばわかりやすいかな?』
神様。
そのあまりに傲慢な響きに、胃の奥が焼けるような不快感に襲われた。
「なんで……なんでこんなことをした」
『面白いからだよ』
神と名乗るモノは、あざ笑うように、淡々とこの世界の「真実」を語り出した。
この宇宙、銀河を管理する存在が多数いること。
彼らが誰に作られたかは、彼ら自身にもわからないこと。
彼らは知的生命体を生み出し、
その「信仰」を糧にして宇宙のエントロピーを制御し、
活動を円滑に維持しているということ。
『ただ、君たちのいた地球の銀河は特殊でね。
管理者の存在が希薄なんだ。存在を維持するために、
彼らは眠っている状態だと言ってもいい。
君たち人類は「偽りの神」を信仰し、
君たちの銀河は僕たちのような本物を
「八百万の神」や神話の存在へと堕としたんだよ』
そいつは男とも女ともつかぬ姿で嘲笑を深める。
『ラー、ヘリオス、アポロン……
君の国では天照大神のほうが通りがいいかな?
もし彼らが力を失っていなければ、
地球もこの世界のように、剣や魔法、
物理法則を無視したデタラメがまかり通る星になっていてもおかしくなかった。
……まあ、管理者が不在のまま、
科学の力だけで宇宙に飛び出したのを見たときは驚いたけどね』
そいつは楽しそうに肩を揺らした。
『そういうわけで、管理者が力を揮えないから守る存在もいない。
君の銀河の魂は、僕らにとっては「取り放題、遊び放題」の資源なのさ。
特に地球は面白い。
君の世界に多数存在する「ラノベ」という空想。
それを再現して遊んでいるんだよ。
星一つくらいなら、
僕がおもちゃにしても宇宙全体の支障にはならないからね』
「……遊び、だと?」
怒りが、熱い塊となって喉元までせり上がる。
俺の絶望も、三年間の苦しみも、
理不尽なスキルによる疎外感も。
すべてはコイツの「暇つぶしの読書」を再現するための
設定に過ぎなかったというのか。
呼応するように、周囲の空気が激しく震え始めた。
運河の川面が波打ち、突風が路地を吹き抜け、
俺の周囲には稲妻と火柱がほとばしる。
『おやおや』
「……アレイン、精霊どもも怒っておるようじゃのう」
「……契約は破棄したはずだろ。なんでいるんだ」
俺が力を抑えようと毒づくと、ヴェルナが冷たく笑った。
『精霊は一度気に入ったものには理屈なんて関係ないわ。しつこいのよ』
「左様、隠れてアレインにくっついておるのじゃ。執着心が強いからのぉ」
そいつは、その超常現象を眺めて愉しげに目を細めた。
『僕のあげた「能力」を、案外うまく使えているじゃないか』
その笑顔に、俺の理性の糸がぷつりと切れた。
酔っているせいか、それともこの三年の重みのせいか。
俺は気づけば、この「神」と名乗る化け物に向かって叫んでいた。
「……なら、俺と勝負しろ。このくそ野郎」
そいつは一瞬、虚を突かれたように目を見開き、
やがて獲物を見つけた猛獣のような目で目を細めた。
『つまらない展開だと思ったけど……
面白いことを言うじゃないか。
普通、僕のような存在が直接姿を現したら、
跪いて「神の降臨だ」「女神の慈悲だ」と泣いて崇めるものなんだけどね。
やはり地球産の魂は一味違うようだ』
そいつは、空中に腰掛けるような仕草で不敵に笑う。
『いいよ。その勝負、受けようじゃないか。
僕に喧嘩を売ったその傲岸不遜な態度に敬意を表して……
君が勝ったら、何でも一つ、願いを叶えてあげよう。
だが――』
そいつの顔から「人の真似事」の温かみが消え、純粋な悪意が露出した。
『もし君が負けたら、
君の魂は僕の物語の「破壊者」として働いてもらおうかな。
物語が完結した後、平和ボケして調子に乗っている主人公の前に現れ、
すべてを蹂躙し、絶望に突き落とす「最強の敵」。
それが君の次の役目だ。
……考えるだけで、ゾクゾクするだろう?』
「反吐が出るぜ。どこまでも嫌らしい趣味だ」
「なんと邪悪で醜悪な存在じゃ。神を名乗るのもおこがましい」
『その嫌らしい目を今すぐ閉じてくれるかしら? 悍ましいわ』
三者三様の罵倒を浴びせると、男は愉快そうに、
そして蔑むように肩をすくめた。
『ハハハ!
まったく、人化すらできない
「家畜」どもが随分と言うじゃないか。
家畜は家畜らしく、四つん這いで鳴いていればいいんだよ』
そいつがブルーナとヴェルナを冷酷な瞳で睨みつけた、その時だった。
「「ふふふ……」」
二人の仲魔が、同時に嘲笑を漏らした。
「ブルーナ……? ヴェルナ……?」
ブルーナの全身から、これまでにない規模の激しい紫電が迸る。
彼女の体が眩い光に包まれ、急速に形を変えていく。
光が晴れた後に立っていたのは、
輝く青緑色の長い髪、透き通るような白い肌、
そして爬虫類のような縦長の瞳孔を持つ金色の瞳。
頭部には誇らしげな二本の角が生えた、神秘的な美少女だった。
同時に、ヴェルナが深い闇に包まれる。
闇が霧散すると、そこには艶やかな黒髪をなびかせ、
滑らかな灰色の肌、
そして漆黒を思わせる深い闇を宿した瞳を持つ美女が佇んでいた。
その額には、特徴的な一本の角が毅然と生えている。
「これでよいかの?」
『……満足かしら?』
管理者が「へえ……人化できたんだね」
と少しだけ驚きを滲ませる中、
俺は腰が抜けるほどの衝撃を受けていた。
「……お前ら、人化できたのか!?
なんで……なんで今まで黙ってたんだよ!」
俺の絶叫に、美少女姿のブルーナがくすくすと笑いながら、
俺の袖を引いた。
「アレインが、人の女子を嫌っておるようじゃったからな。
妾がこの姿になれば、また主を怯えさせると思うたのじゃ」
『……私も同じよ。
馬の姿のままのほうが、あなたの素の笑顔が見られたし、
気兼ねなく撫でてもらえるもの。それに――』
ヴェルナは美女の姿でどこか気怠げに首を振った。
『人化は疲れるのよ。維持するだけで肩が凝るわ』
どうやら、俺の呪いによって培われてしまった
女への忌避感というトラウマは、
彼女たちに余計な気遣いをさせていたらしい。
管理者は、男とも女とも子供ともつかぬ複数の声を重ねて笑った。
『いいだろう。
全能なる僕に喧嘩を売った、愚かで愛おしい人間よ。
……じゃあ、聞こうか。
もし君が勝った場合、何を報酬として望む?』
俺は、人化した二人の隣で、震える手で剣を握り直した。
「俺が望むのは……」
続く




