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第13話:それぞれの居場所、それぞれの明日

「……なあアレイン。もう行き違いだったって分かったんだ。

 オルヴィアに、僕たちのクランに戻ってこないかい?」


ブレイブのその一言に、エリナもミナも、

そしてリリアまでもが固唾を飲んで俺の答えを待った。


かつての俺なら、泣いて喜んで飛びついていただろう。

あるいは、呪われていた頃の俺なら、

毒を吐いて拒絶していただろう。


だが、今の俺の胸に宿ったのは、

ただただ穏やかな感情だった。


俺は頭の上のブルーナを指先で軽く撫で、

窓の外で誇らしげに立っているヴェルナを見つめた。


「……悪い。今は遠慮しておくよ、ブレイブ」


その瞬間、三人の女の子たちの顔が目に見えて落胆に染まった。

ブレイブも寂しげに目を細める。


「もしかして、まだランクを気にしているのかい?

  自信を取り戻したアレインなら、すぐに僕らに追いつけるさ」


「そうですよ、アレイン! 私たちが全力でサポートしますから!」


「クランメンバーにだって、誰にも文句なんて言わせないよ。

 アレインの実力はあたしたちが保証するんだから!」


エリナとミナが必死に食い下がり、

リリアは涙目になって俺を睨んだ。


「……やっぱり、まだ許してくれてないんだ。

 あたしがあんな酷いことを言ったから……」


「いや、そうじゃねえよ。さっきの『お財布への復讐』で、もうお相子だ」


俺はわざとらしく自分の胸を叩き、

カラになったジョッキを置いた。


「ただな、もう俺には居場所が出来ちまったんだよ。

 メルキアで、こいつらと一緒に自分たちの力で生きていくのが、

 案外気に入ってんだ」


脳裏には、自由都市メルキアの騒がしくも温かい風景が浮かぶ。


俺の匂いを嗅ぎつけて寄ってくる獣人のガキども。

ぶっきらぼうだが世話焼きなビフさん。

新スキルの調整に失敗して街をパニックに陥れた時も、

笑って許してくれた懐の深い連中。


あの場所には、呪いから解放された俺が、

誰の「主人公」でもなく、

ただの「アレイン」として自分の足で手に入れた

「本当の日常」があるのだ。


「それにさ、リリアを揶揄うのが楽しくなっちまった。

 ここにいたら、毎日こいつを泣かすことになって寝覚めが悪いしな」


俺の茶化すような言葉に、リリアが


「……ふん! あたしはそんな泣き虫じゃないわよ!!」


と、涙を拭いながら頬を膨らませた。


ブレイブは少しの間俺を見つめていたが、

やがて全てを理解したように口元を綻ばせた。


「……そうか。今の君は、僕が肩を貸さなきゃいけない

 『弱い友人』じゃないんだね。立派な、一人の冒険者だ」


ブレイブは立ち上がり、ジョッキを再び高く掲げた。


「気が変わったらいつでも歓迎するよ。

 でも、今日はとりあえず――再会と、君の新たな門出を祝して。乾杯!」


「ああ、乾杯だ!」


ジョッキが再び激しくぶつかり合う。


だが、女子陣は納得がいかない様子だ。


「ちょっと、男だけで勝手に納得しちゃって……私は認めませんよ!」


「ほんとだよ! 男の子って、どうしてこういう時だけカッコつけるのさ!」


「女の子の気持ちをもっと理解してほしいわよね、全く!

 こっちは真剣に誘ってるのに!」


三人の愚痴を「まあまあ」とブレイブがなだめるが、

彼女たちの勢いは止まらない。


「こうなったらやけ酒よ! 店主、一番強い酒を持ってきて!」


「私も付き合います! 今日はトコトン飲みますからね!」


宴会は「復讐」という名の祝杯へと姿を変え、

夜が更けるまで続いた。さらなる盛り上がりを見せていった。


宴会が終わった帰り道。


夜風にあたりながら、

俺とブレイブは酔い潰れたエリナとミナをそれぞれおんぶして歩いていた。


その後ろを、ブルーナとヴェルナ、

そして杖を突きながらフラフラと歩くリリアが続く。


「悪いね、アレイン。ゲストなのにこんなことまでさせてしまって」


「かまやしねーよ。昔を思い出して、案外悪くない気分だ」


俺が言い返すと、

後ろからリリアの恨みがましい声が飛んできた。


「……あの、私も歩くの辛いんだけど?

  誰かさんの悪口のせいで疲労困憊なのよ」


「悪いが定員オーバーだ。クランハウスまであと少したから頑張れ」


「冷たい! ブレイブ、あんたからも何か言ってよ!」


「ごめんね、リリア……。

 流石に二人おんぶするのは僕でも厳しいかな」


リリアは通りを悠然と歩くヴェルナを見上げ、


「あんた馬なんだから乗せなさいよ」


と頼み込んだが、ヴェルナは鼻で笑った。


『私の背中はアレイン専用なの。諦めてくれるかしら?』


「つれないのう! ならば妾が元の姿に戻って乗せてやってもよいぞ?」


ブルーナの提案に、俺は慌ててそれを制した。


「やめろ! 伝説の碧竜が街中に突然現れたら大混乱になるだろ!」


「……ただのドラゴンじゃないと思ってたけど、やっぱりね」


ブレイブが苦笑いし、

リリアは

「ブルーナちゃんなんて失礼な呼び方してたけど、

 食べられないわよね?」


と震え上がった。


「妾がアレインの友を食べるわけなかろう。

 それに『ブルーナちゃん』というのも、

 親しみがこもっていて悪くないのじゃ」


その言葉に、リリアはようやく安堵の息を漏らした。


しばらく無言で歩いていたブレイブが、

ふと声を落として聞いた。


「……アレイン。もし、エリナたちが君の方に行きたいって言ったら、

 その時は受け入れてくれるかい?」


「おいおい。S級冒険者様を俺みたいなBランクが受け入れるなんて、

 格が違いすぎるだろ」


俺は鼻で笑ったが、ブレイブは笑わなかった。


「……知ってるだろう? この国での彼女たちの立ち位置を。

 特にエルフのエリナにとって、この国は少し……住みにくい場所だ」


その言葉に、俺の脳裏には古い記憶が蘇った。

ブレイブと一緒にいた孤児院。

「神は信じなくてもいい。だが知識は役に立つ」と宣う、

とても教会の神父とは思えない破戒僧のような爺から習った、

この国の忌まわしい歴史だ。


数百年前、大陸が戦火に包まれていた時代。

セント・ガルド王国は、獣人とエルフの国と「不可侵条約」を結んだ。


友好の証として、国内に広大な自治区を与え、

交流を進めるはずだった。

だが、待っていたのは悲劇だった。


自治区の一部が武装蜂起し、王国からの離脱を画策したのだ。

背後には間違いなく自国の影があったが、

蜂起が失敗するや否や、彼らの本国は「知らぬ存ぜぬ」を貫き、

同胞を見捨てた。


争いを嫌う当時の王は、首謀者たちのみを処刑にし、

他の獣人とエルフは唆されただけで罪はないと

強引に恩赦を与えて事を治めた。


以後は獣人やエルフだけの村などは禁止され、

セント・ガルドの市民権を与え国民たちと生きるようにと制限した。


鎮圧のために死傷者を出した貴族や兵士たちの恨みは、

数代経った今も消えていない。


セント・ガルドでは表立っての亜人への差別はないが、

中には借金奴隷に堕とす嫌がらせをする貴族もいるという。

返済さえすれば解放されるとはいえ、その執念は凄まじい。


ブレイブのクランが大きくなればなるほど、

政治や貴族との関わりは避けられない。

その中で、エルフであるエリナがどれほどの視線に晒されてきたか、

想像に難くない。


ブレイブは苦しげに言葉を繋いだ。


「彼女も、エリナも、表には出さないけど限界が近いだろう。

 君という心の支えがいれば少しは違うだろうけど……

 今の僕では、彼女の『盾』にはなれても、

 『居場所』までは作ってあげられないんだ」


「買いかぶりすぎだろ、ブレイブ」


やがて、一行はクランハウスに到着した。


門を叩き、出てきた女性メンバーたちにエリナたちを預ける。

別れの時が来た。


俺は背を向けて歩き出し、ふと足を止めて、

肩越しにブレイブを振り返った。


「ブレイブ。……もし、あいつらが本当にメルキアに来たいって言うなら、

 預かってやるよ。

 厄介者がいまさら一人や二人増えようが、

 今の俺にはどうってことねえからな。

 俺の仲魔たちは、貴族よりよっぽど質が悪いしな」


ブレイブは、一瞬呆気にとられたように目を見開き、

それから今日一番の、迷いのない穏やかな笑顔を見せた。


「……ありがとう。本当に、助かるよ。迷惑をかけるね」


別れ際、ブレイブは力強い声で俺の背中に向かって叫んだ。


「アレイン! もし僕の力が必要な時は、いつでも言ってくれ!

 どんな依頼だって蹴って、一秒で駆けつけるからさ!」


「おいおい、勇者様がそんな身勝手なこと言っちゃダメだろ……」


俺は苦笑しながら、一度も振り返ることなく、

片手をひらひらと振った。

「行くぞ、ブルーナ、ヴェルナ」

「うむ!」

『ええ、帰りましょう。』


「絶対だよ! 約束だぞ、アレイン!」


夜の王都に、親友の叫びが響き渡る。

俺はそれを心地よく背中で聞きながら、

宿へと続く夜道を踏みしめて歩き出した。

その足取りは、以前よりもずっと軽かった。

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