第12話:和解の宴、あるいは財布の終焉
「堅苦しい店は落ち着かないだろ?」
ブレイブのその一言で、一行は王都でも指折りの高級店を素通りし、
下町の喧騒が心地よい大衆酒場へと足を踏み入れた。
立ち込める肉の焼ける匂い、安酒の香り、
そして冒険者たちの粗野な笑い声。
かつてこの街で「自分には居場所がない」
と思い詰めていたアレインにとって、今のこの雑多な空気は、
驚くほど肌に馴染んだ。
ヴェルナは流石にその巨体では店内に入れない。
だが、彼女は不満を漏らすどころか、
開け放たれた大きな窓のすぐ外に陣取り、
優雅な仕草で首を傾げた。
『外から参戦させてもらうわ。私に相応しい特等席じゃない』
一方のブルーナは、当然のようにアレインの頭という揺るぎない
「特等席」にどっしりと座り、周囲を見渡している。
「まずは全員エールでいいよね?」
ブレイブが給仕を呼び、注文をまとめようとしたその時、
アレインが自然に口を挟んだ。
「……待て。エリナ、お前エールは苦手だったろ。
エルフの里の酒に近い、甘口の葡萄酒にしてやれよ。
その方がお前も楽しめるはずだ」
ブレイブは一瞬、ハッとしたように目を見開いた。
「あ……ああ、そうだったね。ごめんエリナ、つい癖で」
「いえ、構いませんよ、ブレイブ。……でも」
エリナは驚いたように瞳を揺らし、
それから花が綻ぶような笑みを浮かべてアレインを見つめた。
「覚えていてくれたんですね、アレイン。嬉しいです」
「そういう細かいところばっかりは気が利くんだよね、アレインは」
ミナがクスクスと笑い、エリナと、
酒が苦手なリリアのために葡萄酒が運ばれてきた。
「「「乾杯!!」」」
ジョッキとグラスがぶつかり、宴の幕が上がる。
リリアが意を決したように、
たっぷり注がれた葡萄酒のグラスを握りしめ、
アレインに向き直った。
「アレイン、今日はお詫びも兼ねてるんだから。
遠慮なんて一切ナシ!
好きなだけ飲んで食べなさいよ」
「……いいんだな? 言ったからには後で泣き言を言うなよ」
アレインはニヤリと、どこか不敵な笑みを浮かべた。
「よし、俺の復讐の始まりだ。
ブルーナ、ヴェルナ! 今日は好きなだけ食っていいぞ。
俺の金じゃないから制限なしだ!」
「なんじゃと! ならば、このメニューの上から下まで全部注文するのじゃ!」
ブルーナが身を乗り出して叫ぶ。
『あら、私も同じにしようかしら?
美しさを保つには相応の栄養が必要だもの』
窓の外からヴェルナの優雅だが食欲に満ちた念話が響く。
リリアの顔が、みるみるうちに青ざめていった。
「……い、いくらなんでも遠慮なさすぎでしょ!
破産させる気!?」
涙目になるリリア。
それを見た瞬間、アレインはスッと表情を消し、
静かにうつむいた。
「……悪い。三年ぶりだったから、
つい調子に乗りすぎたな。迷惑だったか……?」
その言葉に、酒場の熱気が一瞬で凍りついた。
「あ、いや! そういうわけじゃ……!
食べなさいよ、本当に好きなだけ!」
リリアが慌てて身を乗り出して取り繕い、
エリナとミナも心配そうにアレインの顔を覗き込む。
だが、ブレイブだけは見逃さなかった。
俯くアレインの肩が、微かに、しかし激しく震えているのを。
「……君は相変わらず、悪戯と皮肉が好きなようだね」
ブレイブの呆れ声に、アレインは耐えきれず盛大に吹き出した。
「ははは! 冗談だよ。
こんな復讐、リリアにはお似合いだろ?」
軽やかにウインクを飛ばすと、
リリナは顔を真っ赤にしながら、
「……私が悪かったんだから、仕方ないわよ」
と、毒気を抜かれたように笑った。
「いいわ、ブルーナちゃん! 好きなだけ食べなさい!」
「おいリリア、やめとけ。
こいつ本気にさせたら牛一頭ペロリと平らげて、
デザートに馬を食わせろとか言い出すぞ」
「……牛半分で、お願いします!!」
リリアがテーブルに額を擦り付ける勢いで、ブルーナに土下座した。
「しょうがないのぅ。
アレインの友の頼みじゃ。今日は牛半分で許してやろう!」
ブルーナが尊大に胸を張る。
『ふん、私は遠慮するわ。
そこの意地汚いトカゲと一緒になりたくないもの』
いつものように始まる一匹と一頭の小競り合い。
それをアレインが適当に宥め、ブレイブたちが声を上げて笑う。
三年の空白を埋めるには、その賑やかさだけで十分だった。
宴が深まるにつれ、話題はアレインが過ごした三年の月日に及んだ。
自由都市メルキアという、街で冒険者を続けていること。
魔物使い(テイマー)としての能力に目覚め、
ブルーナやヴェルナという「規格外」な仲魔と出会ったこと。
そして、ソロでありながらBランクにまで登り詰めたこと。
「凄いじゃない!
あの頃の自分を『役立たず』なんて言ってたのが嘘みたいだよ」
ミナが手放しで褒め、エリナも深く頷いた。
「ブルーナちゃんたちが、アレインの面倒を見てくれているんですね。
本当にありがとうございます」
「うむ! 妾がいないとこの男はどこで野垂れ死ぬか分からんからのう!」
『まったく、手のかかるマスターで困るわ。
私がいないと何もできないんだから』
「おいおい、俺がお前らの世話をしてるんだろ……」
アレインの反論に、二体揃って、
『そうだったかしら?』
と、すっとぼけて見せる。
その完璧な連携に、一同は再び爆笑に包まれた。
「メルキアか……あそこは来る者拒まずの、いい街だよね。
僕らも何度か依頼で行ったけど、会えなかったな」
「探索魔法にも引っかからなかったわね。
どこに隠れてたのよ?」
リリアが不思議そうに首を傾げる。
(まさか、呪いのせいで女たちに誘惑されるのが嫌で、
ずっと森の中でサバイバル野宿生活してたとは口が裂けても言えねぇ……)
アレインは適当に言葉を濁しながら、エールのジョッキを煽った。
宴会が最高潮に達し、酒場の喧騒さえも心地よくなった頃。
ブレイブが、持っていたジョッキを静かに置き、
真剣な眼差しをアレインに向けた。
「……なあアレイン。
もう、全部行き違いだったって分かったんだ。
……オルヴィアに、僕たちのクランに戻ってこないかい?」
酒場の喧騒が、アレインの耳から一瞬だけ遠ざかった。
かつての俺なら、泣いて喜んで飛びついただろう。
あるいは、呪われていた頃の俺なら、
毒を吐いて拒絶していただろう。
だが、今の俺の胸に宿ったのは、
ただただ穏やかな、そして確固たる「自分」の意志だった。
かつての仲間たちの温かい視線、
そして新たな相棒たちの騒がしい声。
アレインが下す決断は――。




