鏡よ鏡と言わせないで
白雪姫の王妃が間違いを起こしてしまう前日にあったかもしれないお話です。グリム童話の初版は実母だったとお見かけしたのですが、今回は第二番以降の義母という設定を使わせていただきました。
私の朝は、なんでも答えてくれる不思議な鏡への問いかけから始まる。
「鏡よ鏡世界で一番美しいのは誰かしら」
「それはもちろんあなた様です。」
毎日同じ問いを投げかけ、同じ答えを聞き、召使いに身支度を手伝わせる。
「おはようございます陛下。朝早くに貴方様のご尊顔を拝見でき、とても目覚めの良い朝になりました。」
「よかったな。悪いが話なら後にしてくれ、朝食の後に大臣と今後のことについて話し合わなくてはならないんだ。」
「そうですか……。お勤めご苦労様です。陛下にとって良い一日なることを心から願っております。」
「それでは、また後でな。」
陛下と最後に二人の時間を過ごせたのはいつだっただろう……戦争が終わり、戦後処理でバタバタしてからというもの陛下とはマトモに話せてはいない。
「王妃様。お茶会の用意が整いました。」
召使いにお茶会の準備をさせた部屋へ向かい、親しい貴族夫人の到着を待つ。
「ご招待頂きありがとうございます王妃様!本日のドレスも大変お似合いで美しくて見惚れてしまいそうです!」
「そう、そう言ってもらえて嬉しいわ。」
お茶会に来た貴族夫人たちはいつも私のことを美しいと褒めてくれる。それが本心からなのか上辺だけなのか分からないが、美しいと褒められることで少し安心ができる。
「聞いてくださります。主人が私に――」
貴族夫人とのお茶会では決まって主人の話があがる。殿下と同じ時間を過ごせていない私は、聞き手に周りいつもその場を乗りきっていた。
「王妃様は殿下と普段、どのような会話をなさるのですか?あまりお聞きする機会がなかったのでお二人のお話、お聞かせいただきたいです!」
「……ごめなさい。戦後の処理が忙しいみたいで、殿下とはあまりお話できていないの。」
「申し訳ありません!王妃様のお気持ちも知らずに軽率な質問を……」
「いいのです。それより、貴方たちのお話をもっと聞かせてちょうだい。皆さんのお話が聞きたくてお茶会を開いているのですから、皆さんの幸せを私に分けて頂けると嬉しいです。」
「――!!では、私のとっておきのお話を!――」
貴族夫人とのお茶会は数時間続き、彼女たちの口から出る、旦那や子供の自慢話や惚気話を嫌という程聞かされた。彼女たちの話を聞いていると女の幸せというものを考えさせられた。
その日の夜は屋敷で夜会が開かれ、大勢の貴族が集められていた。
「王妃様は今日も美しい。」
夜会に訪れた貴族は口を揃えていつもの言葉を投げかけてくれる。だが、この日の夜会はそんないつもの夜会とは違う点が一つだけあった。
「お母様、ごきげんよう。本日のお召し物も大変お母様にお似合いです。」
最近になって殿下が私たちの子供に迎え入れた白雪だ。白雪の肌は雪のように白く、唇は血液のように綺麗な赤色、白い肌を引き立たせる黒い髪、彼女はまだ十四だというのに、可愛らしさよりも美しさが勝っており、先程まで私に向けられていた視線や賞賛の声は白雪へと向けられた。
「ごきげんよう白雪、この屋敷での生活には慣れてくれたかしら。」
「お気遣いいただきありがとうございます。お父様にお母様、それに屋敷の方々が良くしてくれるおかげで、大変幸せな毎日を過ごせています。」
「それは何よりだわ。」
「白雪!ここにいたのか、今日は貴族たちに自慢の娘を紹介するために夜会を開いたんだ。顔合わせが終わるまでは私に付き合ってもらうぞ。」
私と白雪が何気ない会話をしていると、殿下が現れ私には目も向けず白雪の手を引きどこかへと行ってしまった。
そんな、いつもと少し違う日常が終わり。結局殿下は今日も私のことを一度も褒めてはくれなかった。
「鏡よ鏡世界で一番美しいのは誰かしら?」
「それは――」
だから今日も私は鏡に向かい問いかける。
鏡に向かい自問自答しているうちにおかしくなってしまった王妃様。白雪姫のドレス姿は王妃様が心のどこかで自分より美しいと思うほど綺麗だったのでしょう。最後に鏡が答えた相手は……
百人に褒められるよりも、たった1人大事な人に褒めてもらいたかった、そんな女性をお話にしました。
この話も最初は長編の予定でしたが短編として執筆させていただきました。