少しだけ戻れる時間
コウジは、自販機で缶コーヒーを買った。
110円の缶に、千円札を入れる。
缶がガコンと落ち、
釣り銭が落ちてくる。
「……10円足りない?」
ほんの些細なことだ。
—
だが、コンビニでお金が足りずに
新商品のパンが買えず、
微妙にイラついたまま帰宅したコウジは、
同棲中の彼女に対して、つい冷たくあたってしまった。
その翌朝、彼女は荷物をまとめて出ていった。
—
さらに、気持ちが乱れたまま出社した彼は、
上司の一言にブチ切れて、退職届を叩きつけた。
—
「……もしかして、全部あの10円から始まった?」
バカバカしいと思いながらも、
コウジの頭からは、釣り銭の足りない事が離れなかった。
—
数日後、街角で小さな貼り紙を見つけた。
【タイムマシン屋】
1日=1000円/1週間まで対応可
※釣り銭不可
—
「……いや、まさか。こんなの……」
気づけば店の扉を開けていた。
中にはしょぼくれたジジイが1人。
「釣り銭、足りなかったんだろ?」
「えっ……なんで」
「ここに来るやつ、だいたい同じ目してる」
—
コウジは所持金4,000円を差し出した。
「4日前に戻してください。
釣り銭を“ちゃんともらう”ところからやり直したい」
—
ジジイは小さなタイムマシンのスイッチを入れた。
「覚えとけ。変えられるのは“行動”だけだ。
気持ちが変わらなきゃ、釣り銭だけ変えても意味はないぞ」
—
そしてコウジは、4日前の自販機の前に立っていた。
—
同じように千円札を入れた。
今回は、10円玉がちゃんと落ちてきた。
「よし……これで、あのズレは起きない」
—
その夜、彼は帰宅し、
いつもよりゆっくりと彼女にコーヒーを淹れた。
「これ、買ってきたパン。今日限定らしい」
「えっ、珍しいじゃん。どうしたの?」
「なんとなく……“今日は”そうしたくて」
—
翌日。会社で上司に嫌味を言われたときも、
彼は軽く笑って受け流した。
「まぁまぁ、俺も疲れてるんでね」
—
退職届は、出さなかった。
—
4日後。
未来は、静かに修正されていた。
—
彼女はまだ隣にいた。
職場も続けていた。
でも、コウジは少しだけ不安になっていた。
「本当に、これでよかったんだろうか?」
「俺は、釣り銭のせいにしてただけなんじゃ……」
—
その夜、自販機でまた缶コーヒーを買った。
今度も釣り銭はちゃんと出た。
でも、彼は財布からわざと10円を1枚取り出し、
自販機の返却口に戻した。
—
「全部が釣り合わなくても、たまにはそれでいいのかもな」
—
コウジは缶を持って、帰り道を歩いた。
誰も知らない小さな違いが、
これからの未来を少しだけ温めてくれるかもしれない。