パジャマの神託
とある町の駅前に、ある日奇妙な自動販売機が設置された。
見た目はごく普通。だが、売っているのは「パジャマ」だけ。
子供用から老人用までサイズも豊富
素材は高品質
しかも、なんと全品100円
しかも、パジャマを買うと、こんな音声が流れる。
「今日のあなたは、青い夢を見るでしょう。
恐れず眠ってください。神はあなたと共にあります」
「なんだこれ、宗教か?」
最初はSNSでネタ扱いされ、ちょっとしたブームになった。
だが、ある日から、街の様子が変わり始めた。
みんな、そのパジャマで生活しはじめた。
出勤も買い物も、みんなパジャマ姿。
スーツの人が少数派になっていく。
「おい、なにその格好?」
「え? 君まだ“目覚めて”ないの?」
—
そのうち、町内に「パジャマ教」という団体が発足した。
教義はシンプル。
「夜にパジャマを着るのは、神との通信準備である」
「昼にパジャマを着るのは、神の御心を体現する行為である」
なんだそれ、と思いつつも、
どこか安心する教えだった。
—
ミナミという男は、その中で最後までパジャマを着なかった一人だった。
「いや、俺はスウェット派なんだよ。肌触りが違うし」
しかし、彼はある朝、職場で異様な空気を感じた。
全員、無言でパジャマ姿。
机の上に、手書きの紙が一枚。
「この社では、すべての社員がパジャマ教に加入しました。
未加入者は“ノンパジャ”として別室へ」
—
ミナミは部屋の隅で、パジャマ教のパンフレットを渡された。
信仰心チェック表
神託に従う瞑想法
推奨される洗濯頻度
「……なにこれ。狂ってるって」
—
ついに彼は町を出る決心をした。
だが、駅へ向かう途中、
また例の自販機が目に入った。
今日は、「赤と金の縦縞パジャマ」が入荷されていた。
派手すぎるだろ、と思ってよく見ると——
【残り:1着】
ミナミは…なぜか、財布を開いていた。
その夜。
ミナミは、初めてパジャマを着て眠った。
すると、夢を見た。
どこか異様に明るい空間で、スーツ姿の人物が話しかけてきた。
「ようこそ、ミナミさん。
あなたは、システム外ユーザーとして最後の観察対象でした」
「……は?」
「この町全体は、人間の順応性テストのための実験施設です」
「“パジャマ宗教”というありえない概念に、どこまで人類が順応するか」
「あなたは、実に長く抵抗してくれました。我々はあなたに感謝しています」
—
夢から覚めると、ミナミの部屋は、まるでセットのように空っぽになっていた。
彼は立ち上がり、部屋の外へ出た。
そこには、パジャマ姿の町の住民たちが並び、
拍手を送っていた。
「ミナミさん、ようこそ! あなたは“最後の目覚めし者”です!」
—
ミナミはよくわからないまま壇上に立たされ、
マイクを渡された。
「え、あの……?」
「あなたこそが、新たな教祖なのです。
“神託”に最後まで抗ったその強い意思を、民は求めております」
「ちょ、ちょっと待って!」
—
だが町の声は揃っていた。
「教祖! 教祖! 教祖!」
そして翌週には、全国でこう報道された。
「新教祖ミナミ氏、火星支部設立へ」
彼は、誰よりも強くパジャマ教を否定した結果、
誰よりも強く祭り上げられたのだった。