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前編 ~魂を導くもの~

 それは、一瞬の出来事だった。

ある日、ある交差点で───俺は死んだ。

理由は大した事じゃない、信号無視の車に撥ねられただけ。本当にあっという間の出来事だった。

知ってるか? 死ぬ瞬間ってホントに周りの時間がゆっくりになるんだ。

そして過去の出来事が一気に頭の中を駆け抜けていく。

これが走馬灯ってやつなのかな? あとは簡単。痛みも感じる間もなく吹っ飛ばされて、それで終わり。

あっけないものだ。人間がどれだけ脆くて弱い生き物なのか実感したよ。

まだ色々やりたいことあったんだけどなぁ。最後だってわかってりゃ別れの挨拶くらいしてたのに。

何なら気になってた女子に告白してもよかったかもしんない。いや、どうせ死ぬんだから意味無いか。

つーか暗いなぁ。真っ暗だ。ここはどこなんだろう? 何も見えない。

全身が冷たくなってるのを感じる。やっぱ俺、死んだのか・・・。

どれだけ色んなことを考えても、意味は無い。あの時ああしていればというのは結局言い訳で、人間死ぬときは案外あっさりと死んでしまう。だから人間は毎日必死に生きているんだろう。

───いつ死んでもいいように───


 俺はどこにでもいる普通の高校生だった。2年生だ。一つ上の先輩達は受験だ就職だと騒がしくなる頃、俺は良くもなく、悪くもない、平凡な学校生活を送っていた。青春なんて暑苦しいこととは無縁で、成績、運動共に成績は平均レベル。大して目立つわけでもない、本当に平凡な人間だった。

基本的に自分から努力したり目立とうとしたりするタイプでもなかったから、ついたあだ名が

「ミスター空気」

───今は滅多に呼ばれていない。呼んだら殴ってる。

とにかく、俺は空気のように「存在してるけど認識されてない」という、

いわゆる「影が薄いヤツ」だったわけだ。 ・・・少し大げさか。

そんな俺はある日、夏真っ盛りのこのクソ暑い日にまさに「なんとなく」で散歩に出かけた。ちなみに家には冷房の類は無い。外に出れば少しはマシになるかと思って散歩に出たが、まったく変わらない。

冷房の効いたスーパーやデパートに行けば・・・。とも考えたが、また外に出て暑い思いをするくらいならと諦めた。結局、俺は無駄に歩いただけで、まっすぐ家に帰ろうとした時だ。

交差点を信号無視で突っ走る車が、俺に迫ってきた。───


 我ながら、馬鹿なことをしたもんだと思う。だってあの時「なんとなく」で散歩に出かけなければ、俺は多分死なずにすんだだろうから。たった一度の「なんとなく」で死んだなんて洒落にならない。平凡人間の俺にもやりたいことは色々あったんだ。それがこんなことで死んでしまっていいのか。否、いいわけがない!

やっぱり俺は毎日必死に生きてたわけじゃないから、後悔だらけだった。




 気付くと、空中にいた。

・・・え? ・・・空中・・・?

「うおおおおおぉぉぉぉ!?」

慌てる、が、なぜか俺は空中に浮かんだままだった。

下を見る。するとそこは、さっき俺が死んだ交差点だった。

車、自転車、人、様々なものが動いている。そんな交差点の一角。そこには人だかりができていて。

そこだけ時間が止まっているように見えた。

「あれは・・・」

その人だかりの中心。そこには一人の少年が倒れていた。そしてその少年とは・・・俺だった。

そこで倒れている「俺」は出血が酷く。周りの道路は血で真っ赤に染まっていた。

「俺・・・やっぱ死んだのな・・・」

改めて実感する。あそこにいるのがさっきまでの「俺」なら、きっと今ここにいる「俺」は魂とか霊の類

なんだろう。そういったものは信じないタイプだったが。自分がそうなってしまった今、信じざるを得なかった。

しばらくしてから、救急車がやってきて、その後すぐに俺は運ばれていった。

たぶん今、俺がここにいるということは、もう手遅れなんだろう。

遠ざかっていく救急車を、俺はぼんやりと見ていた。


(これから・・・どうしようか・・・)

そんなことを考えていた。そもそも俺はこれからどうなるのだろう?

やっぱ天国か地獄に行くのだろうか? 俺いいこととかしてないからなぁ・・・地獄かもなぁ・・・。

一人で悩んでいたときだった。

「そこの少年!」

誰かが俺を呼ぶ声がした。・・・って俺じゃないか・・・。俺、死んでるし・・・。見えないし・・・。

しかし、

「あなたよ、あなた! 聞こえてるでしょ?」

また声が聞こえた。・・・やっぱ・・・俺か?

「・・・え~っと・・・」

周りを見る。すると・・・。

「こっちよ、こっち!」

そう言われたので、声がした方を向いた。

そこには、一人の女性がいた。見た目で言うと俺より年上で、大人の雰囲気を纏っている。

女性は、俺と同じく空に浮かんでいて、黒ずくめの服装だった。

「・・・俺?」

改めて、自分を指差して女性に聞いてみる。

「そう、あなた」

女性も、俺を指差して言った。

「・・・何か御用でしょうか・・・?」

聞きたいことは山ほどあった。だが、いくらなんでも怪しい。この女性は何か違う。

俺の本能がそう告げていたので、俺は少し警戒して用件を聞いた。

女性はそんな俺を見て、すこし笑うと

「自己紹介から。私の名前は咲夜さくや。貴方を導く死神よ」

そう言った。

死神・・・? 正直、信じられなかった。確かに自分が今、「霊」という存在なら死神の存在も頷けるが。

今目の前にいるこの女性がそうだと言われても信じられなかった。確かに全体的に黒ずくめだが、一般的なイメージとかけ離れすぎている。死神と言われると鎌持った骸骨をイメージするのは変ではないだろう。

「・・・」

俺の胡散臭そうな視線に気づいたのか、女性が口を開いた。

「信じられない? じゃあ、はい、これ」

そう言って、一枚の紙を差し出してくる。そこには「ナンバー2235・咲夜」と書かれていた。

「・・・これは?」

俺は女性・・・咲夜に聞いてみた。

「何って・・・名刺だけど?」

「名刺ィ!?」

よけいに怪しさが増した。死神には名刺があるのか・・・? それにこの「ナンバー2235」・・・。

もしこれが番号順なら、少なくとも死神は彼女を抜いて2234人はいるということになる。

いや、そもそもまだこの女が死神だと信じたわけじゃない。もしかしたら自分は死神だと思っててそれっぽいコスプレしてそのまま死んだ電波野郎なのかもしれない。むしろその方がしっくりくる。

「・・・」

思いっきり「信じられるかこの野郎」な視線を送ってやる。だがそんな俺の視線は無視して

「・・・まあ、信じられないんなら別にいいわ。説明するのも面倒だし」

と、彼女は言った。

「面倒って・・・その説明、結構重要じゃないのか・・・?」

呆れたような俺の態度に彼女は笑って

「この仕事も結構大変なのよ。少年にもいずれわかるときがくるわ」

そう言った。

「え・・・仕事?」

「うん、仕事」

仕事・・・シゴト・・・しごと・・・仕事!?

「死神って職業だったのか!?」

「うん。結構大変よ?」

ああ・・・俺のイメージがどんどん破壊されていく・・・。




「・・・つまり、死者の魂を導く仕事だと?」

あれから死神のイメージを完膚なきまでに破壊された俺は、この女の言う言葉を素直に現実として

受け止めることにした。

つまり、死神というのは近いうちに死ぬ可能性の高い人の所へ行き。

そいつが死んだらその魂がパニクって悪霊になる前にその魂を適した場所へ導く仕事らしい。

俺の解釈に納得したようで、彼女も微笑んで。

「うん。その考え方で合ってるわ」

と言った。

「で、だ。俺の担当がアンタなんだな?」

「そうよ、で・・・あなたの行き先だけど・・・」

そう言いながら俺をジロジロと見てくる。正直いい気分じゃないが、何か必要な事なんだろうと思って

何も言わなかった。

さて・・・俺が行くのは天国か地獄か・・・。

「・・・まあ、天国行きでいいんじゃないかな?」

緊迫した空気は一瞬にして軽くなった。

「えっ・・・ちょっ・・・そんな適当でいいのかよ!?」

もう語尾疑問系になってたじゃねぇか!

これはない、何か違う、こんなの違う。


「まあ、よっぽど酷くなければ大抵天国だし?」

適当だった!

「仮にも魂を導く仕事だろ!? もっと責任持てよ!」

うん、俺、間違ってない。きっとこれが正論だ。

「う~ん・・・。でもさ? 結局は他人事だし?」

最低だった!

俺の正論はこの女の「結局は他人事」発言により、粉々に破壊されたのだった・・・。


「で、天国に行く前に、言っておかなくちゃいけないことがあるの」

「・・・?」

何だ・・・? 天国には遊園地やらプールやらがあるってか?

「あ、ちなみに天国には遊園地とかプールがあるから文字通り極楽よ?」

「ッ!?」

あんのかよ! つーかタイミング良すぎだろ、今の・・・。

「それで?何だよ?」

「天国行きの人には選択権があるってこと」

選択権・・・? 天国に行くか、地獄に行くか選べるってことか?

地獄に行きたがる奴っているのか? Mか? Mなのか?

「言っとくけど、天国か地獄っていう簡単なものじゃないからね?」

「ッ!?」

絶対心読んでやがる、この女。


「天国行きの人には選択権がある。ここまでは話したわよね?」

「ああ」

あれから改めて俺は「選択権」について話を聞いた。

「簡単に言うと、天国行きの人は善人だから、ある程度の自由が許されるの」

「ふむ・・・」

「このまま天国に行くもよし。誰かを道連れにするもよし」

「道連れって・・・」

いいのか・・・? それ・・・。

「言っとくけど。あんまり褒められたものじゃないわよ? 道連れは」

だろうな・・・。

「だから、道連れの時は両方地獄行きよ」

「そこまでして道連れを選ぶ人はいるのか?」

俺の問いに彼女は少し呆れたように

「もちろんよ、普段いい人気取ってる人ほど心はドロドロしてるものなの」

「・・・」

なかなか現実的なことを仰る。

「でも道連れは一人だけだからね?」

「え・・・やっぱり?」

そいつは残念。道連れにしたい奴は山ほどいるってのに。

「やっぱりって・・・。アナタ道連れ選ぶ気だったの?」

「一人なら止めた」

「ハァ・・・」

本気で呆れているようだ。


「で・・・それだけか?」

「いいえ。後二つ」

指を二本立てて彼女は言った。

「選択するって言ってもいきなりじゃ焦るだろうから、一週間は自由に考える時間が与えられる」

「ふむ・・・」

「ただし、一週間で答えが出なかったら強制的にこの世を彷徨う事になるわ」

「浮遊霊ってやつか?」

「うん、そんな感じ」

なんか・・・それも悪くないかもしれない。

「で?あと一つは?」

「うん、それはね・・・」

一呼吸おいて、言った。

「あなたを一日だけ生き返らせることができる」

・・・。

「マジで!?」

「うん、マジで」

あっさりと答える。

「そんなこと簡単にやっていいのかよ?」

生き返らせるなんて大掛かりなことを簡単にやっていいとは思えなかった。

「まあ、生き返らせるというよりは“時間を戻す”っていう方がしっくりくるかな?」

「・・・時間を戻す?」

「そう」

「どうやって?」

「色々あるのよ、死神って」

漠然としてるな・・・。


「いきなり事故で死んだ人・・・つまりあなたのような人は多分今すごい後悔してると思うんだけど」

「後悔・・・?」

俺は・・・まず「なんとなく」で散歩に出て死んだという事実そのものに後悔しまくっているのだが。

「あなたのように後悔して死んだ人のためのせめてもの救済処置ってところね」

「ふむ・・・」

確かに生き返れるのならある程度は後悔も消せるかもな。

・・・いやまて、今“時間を戻す”とか言ってなかったか?

「それと時間を戻すのと、何か関係があるのか?」

「もちろん」

彼女は得意げに言った。

「生き返らせると言っても、今から生き返らせるわけじゃない。

正確には今から時間を“あなたが死ぬ一日前”に戻すの」

「・・・」

・・・えっと・・・。

「悪い、さっぱりわからない」

「・・・ハァ・・・」

ため息つきやがったよこの女。

「・・・つまり“あなたが死ぬ一日前”っていうのは文字通りあなたが死ぬ一日前に戻るってことよ。昨日死んだわけじゃないでしょう?」

「あ、なるほど」

つまり昨日は俺はまだ生きてたわけだ。だから結果的に生き返れることになる、と・・・。

「理解した?」

「大体は」

俺の返答に満足したのか、彼女は改めて

「で、あなたはどうするの?」

そう聞いてきた。


「まったく・・・。結構神経使うのよ、コレ」

「選択権あるんだろ? 拒否したら職務怠慢で訴えるぞ」

「よく言うわよ・・・」

呆れるように言ったが、すぐに微笑んで

「ちゃんと後悔の無いようにしなさいよ?」

そう言った。

「わかってるよ」

俺の選択、それは“一日生き返る”事だった。

いくらなんでも情けない理由で死んだ俺にはそれしかなかったように思う。

ちょっと話したい奴もいるしな・・・。

「あ、そうだ。行く前に一つ」

突然、彼女が口を開いた。

「何だよ?」

「アナタはさっき事故で死んだわけだけど、時間が戻ったからってその死因を回避しても無駄だからね?」

「・・・やっぱり?」

大体想像できる。生き返ったからってその死因を回避して命が助かるならこんな選択肢は最初から無かっただろう。

「たとえその死因を回避しても別の死因でアナタは死ぬことになる。

一度死んだ以上アナタはいわば“寿命が尽きた人”なの。とにかくアナタは今日何らかの理由で死ぬ事になる。

・・・これを忘れないでね?」

真剣な表情になった彼女の言葉に、俺は無言で頷いた。

「最後にもう一つ、自分が死ぬことを他の人に教えてはいけないの。理由は・・・まあ色々あるのよ」

「色々ねぇ・・・」

「もし教えたら、強制的に今の時間まで戻るわ。だから、気をつけてね」

再び俺が無言で頷くのを確認した後・・・

「じゃ、いってらっしゃい」

いきなりさっきまでの軽い調子に戻った彼女の手を振る姿を見て、俺の意識は途絶えた・・・。


 ジリリリリリリリリッ!!

「んうっ!?」

突然の大音量に驚いて起き上がる。

「あ・・・あれ?・・・」

周りを見ると、見慣れた風景。

「俺の・・・部屋?」

慌てて携帯を取り出して、日付と時刻を確認する。うん、俺が死んだ一日前だ。

「・・・いや・・・まてよ・・・」

あれは夢だったんじゃないのか? 改めて考えると夢としか思えないようなことだらけだった。自分が死んで魂になって。職業が死神の怪しい女と話して・・・。

「やっぱ・・・夢オチか・・・」

やっぱそうか。そう思っていたのだが・・・。

「・・・ん?」

枕元に一枚のカード・・・いや、名刺?

「・・・まさか・・・な」

恐る恐る確認する。

「・・・ナンバー2235・咲夜・・・」

そこには、見慣れた名刺があった。もちろんこんなものは今まで無かった。

「やっぱり・・・俺・・・」

全て現実だったと実感したと同時に、俺は改めて思い知らされた。

「俺は・・・明日死ぬのか・・・」

あっさり死んだときは、特に何の感慨も無かった。

だが、生き返ってみて、自分の死と向き合うことになって、俺はやっぱり死ぬ事に対しての不安のような、絶望のような感情を抱いた。

「できることなら・・・死にたくねぇよ・・・」

その言葉は自分に向けて言ったのか、あるいは今、どこかで見ているあの死神女に向けて言ったのか・・・。

自分でもわからなかった。


 目覚めて、改めて自分の死を実感して、憂鬱になって、今俺は学校の廊下を歩いている。

理由は簡単だ。俺が死んだのは日曜日。ならその前の日は土曜日になる。

面倒なことに土曜日は昼まで学校があるのだ。俺が憂鬱になろうが発狂して全裸で街を疾走しようが

学校は休むことなく始まり、終わる。もちろん発狂はしないが。

今日学校で俺は何かしただろうか・・・? こうやって未来の出来事について考える日が来るとは、正直、複雑な気分だ。

・・・え~っと・・・。

「・・・」

やべぇよ、なんもしてねぇよチクショウ。授業は全部寝てた。だって土曜日って一番疲れるんだもの。

あとは放課後までボーッとしてた。色のない人生だ。

まず後悔しない死に方をしないといけないのだが。

どうせなら今日一日でできる限り俺の人生を彩ってやろうじゃないか。

学校中に知らしめてやるぜ、俺の壮大な死に様をな!

テンションを上げて扉を開けた。

───そこから見える風景は、見慣れたものなのに、今の俺には尊く、美しいものに見えた。

いつもなら気にしない教室の喧騒や、風景が、今の俺には今までとまったく違って見えた。

「・・・」

ヤバい。テンション上がって早々泣きそうだ。

必死で上を向いて、涙をこらえて俺は席についた。


「よぅ。おはよう」

「ん? ああ、おはよう」

しばらくして、挨拶してきた男子生徒。コイツが俺の“話したい奴”だ。

幼馴染・・・と呼ぶには少し知り合ったのが遅いが、昔から二人で遊んでいた。

小・中・高と学校が同じで、今でもよく二人で遊んだりしている。

(コイツとも・・・これでお別れか・・・)

そう思っても、いまいちピンとこない。まあ当然といえば当然なのだが。

「・・・? どうしたんだ?」

ずっと悩んでいたから、心配されてしまったようだ。

「いや、何でもない」

「そうか・・・? ならいいんだけどさ」

しばらく話していると、チャイムが鳴った。

「おっと、じゃあな」

「ああ、また後でな」

そんなやり取りをして、それぞれの席に戻る。

いよいよ俺の最後の授業の始まりだ・・・。




「・・・ッ」

時計を見る。あと二十分。

「・・・ッ・・・!」

眠い。すごく眠い。なら何で寝ないのかと聞かれたら理由は簡単だ。

「最後くらい授業はちゃんと受けよう」・・・そう思って頑張っているのだが・・・。

「・・・!」

教師の言葉が子守唄にしか聞こえない。それでも気力で耐えた俺は異様な達成感を感じていた・・・。




「アァン!? ふざけてんのか? テメェ!?」

休み時間。校舎裏の一角にて、俺は不良達の前にいた。

「うるせぇよ、コノヤロー。前々から目障りだったんだ、お前ら」

はっきり言って俺は喧嘩が強いわけじゃない。むしろ弱いほうだ。

なら何で俺がわざわざこんな無謀な挑戦をしているかというと。

「前々から鬱陶しかった不良達に一泡吹かせる」・・・それが俺のやりたいことその二だ。

「とりあえずこれで最後だから殴らせろ」

それだけ言って、俺は向かっていった。




「なにやってんの? お前」

額に冷たい感触。

「ああ・・・お前か」

見慣れた顔がそこにあった。

「燃え尽きたぜ・・・真っ白にな・・・」

「そうですか・・・」

呆れられている。

結果は完敗だった。全身ボロボロでしばらく立てそうもない。

「お前にしては随分無茶したな?」

本気で心配してくれるコイツが本当に輝いて見える。

「何かあったのか?」

「・・・いいや、前々からやりたかったことを実行に移しただけさ」

俺はそうとだけ答えた。

「ふ~ん・・・」

彼はそれだけで特に何も聞いてこなかった。

「ほい、これ」

「ん・・・?」

額の冷たい感触が離れて、目の前に缶ジュースが現れた。

「何だよ?」

「頑張ったお前に、俺からの努力賞だ」

「・・・」

ありがたいね・・・まったく・・・。

「そいつはどうも・・・」




 放課後、屋上にやってきた俺はある人物を待っていた。

(失礼かもしれんが・・・正直どっちでもいいな・・・)

やがてその人物がやってきた。

「・・・よしっ・・・」

改めて気合を入れて、俺はその人の方へ歩み始めた・・・。




「・・・何やってんの? お前」

再び見慣れた顔。

「・・・燃え尽きたぜ・・・真っ白にな・・・」

「違う意味でな」

何で俺が再び燃え尽きているのか。理由は簡単だ。

俺が死んで最初に思いついた「気になってた女子に告白する」を実行したのだ。

結果は玉砕だが。今になって自分がどれだけ馬鹿なことをしたのかわかる。

まずOKをもらえるわけがない。だから返事はどっちでもいいという中途半端な状態だ。

仮にもしOKをもらっても俺は明日死ぬのでこの関係は二十四時間も経たずに終わってしまう。

・・・ふっ・・・俺もヤキが回ったもんだぜ。

「お前今日どうしたんだ? いつものお前らしくないぞ?」

「ほっとけ」

唇を尖らせて言う俺に彼は少し笑って

「でも、まあいいかもな、そういうのもさ。お前、今日すごく生き生きしてるしさ」

そんなありがたいお言葉をくれた。


 帰り道、二人で帰路についていた。もうすぐ今日が終わる、明日には俺は・・・。

「なあ・・・」

「ん?」

俺はどうしてもコイツに別れの言葉を言わなければならない。

ただ、あの女が言っていた「自分が死ぬこと」をうまく隠して、だ。

「えっと・・・その・・・」

「どうしたんだよ?」

笑いながら言った。

「・・・」

ヤバい。頭が真っ白になってきた。告白するわけでもなし、何か言わないと・・・!

何も言わない俺を見て、何かを感じ取ったのか。向こうも真剣になって

「話しにくいことか?」

「・・・まあな・・・」

それを聞いて、少し笑って。

「場所、変えるか」

そう言った。


「懐かしいな」

「ああ」

俺たちがやって来たのは、小さな公園だった。

周りの人からしてみれば、ここはただの小さい公園だが、小さい頃によく二人で遊んでいた俺たちにとっては本当にここは特別な場所だった。

「で、・・・何だよ?」

ベンチに座って、聞いてきた。

「・・・もし、さ」

俺は言葉を選びつつ話していく。どこまでがセーフなのかは知らんが。

「・・・俺が・・・いなくなったら、どうする?」

「・・・え・・・」

流石に驚かれた。

「お前・・・転校でもするのか?」

「・・・」

そういう風に解釈してくれると助かる。

「・・・まあ、そんな所だ」

「そうか・・・寂しくなるな・・・。で、いつだ?」

「明日」

「明日だって!?」

俺に詰め寄って

「いくらなんでも急だろ!? 先生も何も言ってなかったし・・・」

「あ、・・・え~っと・・・色々あって、な?」

「・・・そうか・・・」

こんな時深く聞いてこないコイツがありがたい。

「どこへ行くんだ?」

どこ・・・か・・・。

「・・・遠いところだよ・・・多分、行ったら帰って来れなくなる。

・・・もう、会えなくなると思う」

「そんな・・・」

沈黙がやって来る。それでも俺は言わなければならない。

───正直、泣きそうだけどな。

「俺さ、本当にお前に感謝してる。いつも二人で馬鹿やって、騒いで・・・。楽しかった」

「・・・」

彼は、黙ったままだった。

「だから、お前のこと、絶対忘れない」

それだけ言って。また沈黙。

「・・・そっ・・・かぁ・・・。あまり実感わかないけどさ、本当なんだな」

彼は、笑っていた。

「ああ・・・。突然で本当に悪い」

「いや、いいさ。そっちにもいろいろ事情があるんだろ?」

「そうだな・・・」

本当に・・・俺はいい奴と知り合えた・・・。


「待たせたか?」

「いや、大丈夫だ」

翌日の昼前、俺が死ぬまであと数時間。

俺はコイツも誘って遊ぶことにした。

もちろん最後だからだ。 ・・・これで思い残すこともない。

「でも、何で昼前なんだ?」

「悪い、昼から用事がな」

「そっか、まあ、これで最後だから、思いっきり楽しもうや」

「おう!」

それから、いろんな所へ行った。正直いつもと同じなんだが、今までで一番楽しかったと思う。

そして、残り数十分。

・・・俺たちは、またあの公園にいた。

「・・・二人でこうして遊ぶのも今日で最後・・・か」

「だな・・・」

「・・・」

こんなにも生きたいと思ったのは初めてだ。俺にとってコイツは本当に大切な親友だから。

「・・・おい」

「・・・ん?」

突然、何かを差し出された。

「なんだよ? コレ」

「これでお別れなんだろ? ちょっとしたプレゼントだよ」

「そうか・・・」

お前には似合わないとか、そういう皮肉は出てこなかった。ただ純粋に嬉しかった。

「見てもいいか?」

「おう」

開けてみる。すると・・・。

「・・・チョーカー?」

「お前ってなに渡せば喜ぶかなぁって思ってさ。正直思いつかなかったから無難に・・・な?」

「・・・悪いな」

「よせよ。気持ち悪い」

二人して笑う。

「それを俺と思って・・・とは言わないけどさ。できれば俺のこともたまには思い出してくれよな」

「ああ」

忘れるもんか。こんないいヤツの事を。

「・・・向こうでも・・・元気でな?」

「・・・ああ」

多分、お互い限界だったんだろう。そこで会話が途切れた。

「・・・じゃあ、帰るか」

向こうが無理矢理元気に言うから、俺も

「おう!」

無理矢理元気に返した。


 正午、俺が死ぬまであと数分。

俺たちは二人で帰り道を歩いていた。他愛もない話をして、笑って、最後まで笑っていようとしていた。

そんな時だった。

こっちに振り返って話すアイツ。その横から───

───あのときの俺のように、信号無視の車が迫ってきていた。

「・・・!!」

何も考えてなかった。ただ走って、アイツを突き飛ばした。

また周りの時間がゆっくりに感じる。目の前には、驚いた表情のアイツ。

そんなアイツに向かって、俺は笑って

「・・・またな」

そう言った。




「何で、あの時“またな”って言ったの?」

俺はまた空中にいた。

あの時と同じく、俺は下を見下ろしている。

あの時と違うのは、「俺」が倒れている場所と、すぐ傍で俺の名前を叫んでるアイツがいることだ。

「・・・何でだろうな? ただ、さよならは思いつかなかった。自然と出たのがアレだった」

後ろにいる咲夜に向けて言う。

「・・・そう」

彼女は、そうとだけ答えた。

「・・・俺の言い回し、セーフだよな?」

もちろん“自分が死ぬ事を他人に伝えてはいけない”というルールのことだ。

「・・・正直ギリギリだったわよ? 私でよかったわね?」

「適当そうだもんな? こういうコト」

「・・・失礼ね」

改めて下を見る。まだ救急車は来てないようだ。

「・・・後悔、してないわね?」

「当然」

あれだけのことをやって、最後は親友を助けて死んだんだ。これ以上いい死に方を俺は知らない。俺は自信を持って言った。

「・・・ん?」

不意に、ポケットの中の違和感に気付く。

手を入れて、中のものを取り出すと・・・。

「・・・これは・・・」

さっき貰ったチョーカーだ。

「・・・フフッ。友情って素晴らしいわね」

咲夜が笑う。

「・・・?」

「それのことよ」

チョーカーを指差した。

「死んだとき最も思い入れのある物を一つだけ持ってこれるのよ」

「じゃあ、これは・・・」

「・・・いい友人に恵まれたわね?」

そう言った彼女に俺は胸を張って」

「・・・もちろんだ」

そう言った。


「それで、どうするの? 天国行くの?」

「ん? あ、そうか・・・」

まだ決めてなかったな・・・まあ、それ以外の選択肢はないのと同じだしな。

「じゃあ・・・」

ピリリリリリリ・・・ピリリリリリリ・・・

「あら?」

言いかけて、突然の着信音。

俺じゃない、じゃあ・・・。

「はい、もしもし」

やっぱコイツだった!!

携帯もあるのかよ・・・すごい便利だな・・・死神・・・。

咲夜は何か話しているが、急に真剣な表情になって。

「・・・え? 本当なの? それ」

そう言って、こっちを見た。

・・・なんで俺を見る。

「ハイ・・・ハイ・・・わかった、うん、じゃあまた」

電話を切って、俺のほうを見る咲夜。

その表情は驚きに満ち溢れている。

「・・・すごいわよ、アナタ」

「・・・え?」

何が?

「アナタ、さっき友達を突き飛ばして助けたでしょ?」

「あ、・・・ああ」

「彼、もともとその事故で死ぬはずだったらしいのよ」

「・・・」

・・・・・・・・。

「えええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」

嘘だろ!? 俺が死神の予知を覆したってのか!?

「それ、本当なのか!?」

「彼の担当の死神から連絡があったのよ。さっき突き飛ばされて死亡予測時刻が伸びたって」

「・・・」

え・・・死ぬはずだった・・・?

「待て、・・・じゃあ俺が助けてなかったら」

「ええ、彼は死んでたわ」

「・・・」

じゃあ、俺が死んだときと同じくらいの時間にアイツも死んでたってのか・・・?

「・・・友情ってスゴイわね」

「そんな言葉で片付けていいのか?」

「大丈夫よ、人が死ねば死ぬほど導く魂は増える。死なないんならその方が楽できるのよ」

「・・・ハァ・・・」

呆れるしかなかった。

「でも誇っていいのよ? 死神の予測を覆すなんて滅多にないんだから」

「・・・そうなのか?」

そうだろうな・・・そうホイホイ覆ってたら大変だ・・・。

「・・・ふむ・・・そうね・・・」

「・・・?」

突然考え込み始めた。何か悩んでいるようだ。

「コレなら・・・もしかしたら・・・」

しばらくブツブツ言ったあと・・・。

「ねえ、アナタ」

「?」

「死神になってみない?」

・・・・・・・・。

「ハァッ!?」

唐突過ぎるだろ!

「だから、死神」

「そんな簡単にスカウトしていいのかよ!?」

つか、そもそもスカウトで増やすのか? 死神って。

「大丈夫よ、死神の予測を覆すような人だもの。素質はあるかもよ?」

「職業だったら、上司とかの決定もあるだろ!?」

何となくコイツがその上司クラスとは思えなかった、思いたくなかった、考えたくなかった。

「・・・私これでもベテランよ? 見る目はあるわよ。それに、上司には私から推薦してあげるから」

「・・・」

これは・・・受けるべきなのか?

「天国で生まれ変わるのを待つよりは退屈しなくていいかもよ?」

「・・・!」

退屈しない、その一言が、俺に死神への興味を持たせた。

「・・・上等だ。やってやるよ」

もともと興味の尽きない職業だ。付き合ってやるのも悪くない。

「そ、よかったわ」

彼女は本当に嬉しそうだ。

「じゃあ、今日から私は先輩で上司だからね?」

「・・・わかったよ」

威厳もクソも無い先輩上司だなオイ。

「じゃあ、名刺は後でいいし・・・。簡単な決まりだけ言っておくわね?」

俺は黙って頷いた。

「仕事は完璧にすることが絶対よ。クビになるからね」

クビもあるのかよ・・・シビアな仕事だな。もしかしてこんな性格なのはこいつだけなのか?

「あとは・・・仕事中は基本的に決められた名前を名乗ること」

「咲夜、みたいな?」

「そうよ」

「わかった」

それだけ言って、また悩みだした。

「う~ん・・・。それじゃああなたは今日からこう名乗りなさい」

俺をびしっと指差して言った。

如月きさらぎ。それがアナタの名前よ」


 その日から、俺の死神としての生活が始まった。

「ほら、新入り! 置いてくわよ!?」

ビルの屋上をピョンピョン跳んで行くのを必死で追う俺。

「人使いが荒すぎるだろ!!」

「このぐらいできて当然よ!」

あの女・・・!

咲夜の「ワガママ」は今に始まったことではないらしく。あっさりと俺は死神として迎えられた。

名刺や服も用意された。しばらくは教育係として咲夜が常に同行するらしい。のだが・・・。

「ほら、早く!」

「新入りに無茶をさせるな!」

・・・かなり破天荒な教育係だ。まあいろいろ用意してくれたり、サポートしてくれるのはありがたいんだが・・・。

───・・・さて、どうなることやら・・・。

始めまして、ゾフィアといいます。

今回初投稿となる「あなたに捧げる鎮魂歌」いかかだったでしょうか?

まだまだ未熟者ですが、少しずつ努力しながら頑張りたいと思っています。

どうか、よろしくお願いします。

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