第7話 一つ、ゲームをしましょう
「は!?」
ほんの少し目をつぶっていた間に、王子はすぐそこまで来ていた。
というか、花壇の横から私をのぞいている。
バレた。
ただのかくれんぼで普通に見つかるなんて久しぶりだ。
「え、ど、どうやって……?」
「この辺りにいらっしゃるんじゃないかと思って来てみたら、アタリでした」
「……」
「……もう少し説明しますとですね、」
王子は私が疑いに満ちた眼差しを向けていたことに気づいたのだろう。
私の隣にしゃがみこんで私がしていたように屋敷を見張るように隙間からのぞいた。
「アリス姫はウォール殿たちから逃げていました。
ですがアリス姫はイタズラ心のある方とお見受けしましたので、こういう風に相手の出方をうかがうのではないかと思いました。
そしてウォール殿たちの捜索を逃れる方へ移動するのではないかと。
それで私は二階からウォール殿たちの動きを見ておいて、アリス姫はどの辺りに移動したのかアタリをつけた、というわけです」
「……」
なるほど、やはり頭は切れるらしい。
ますます油断ならない。
「私、一人になりたいのです。
ウォールたちを呼ぶつもりがないなら一人にしてくださらない?」
「……アリス姫、私と賭けをしませんか?」
「……賭け?」
「そうです。アリス姫が勝ったら、私は立ち去ります。
私が勝ったら、私と話をしてください。向こうのテーブルにでも座って」
王子は庭園の中央にあるガゼボ(屋根がついてるお茶を飲むための小屋みたいなやつ)を指さした。
「……勝敗は? どうやって決めるの?」
「コインで」
「いいわ」
ゼブラ王子はポケットから硬貨を一枚取り出し、私に見せた。
「あらためますか?」
「ええ。……表はこっち?」
「そうです」
「いいわ。私は表よ」
「では……」
王子はコインを受けとると親指で高くはじいた。
コインが宙を舞い、王子の目がそれを追う。
私は―――。
王子の両手をつかんだ。
「えっ?」
王子がはじいたコインが受け止められることなく地面に落ちる。
私はすかさずコインを踏んだ。
「あなたの賭けの結果を確かめる前に、
私の賭けにも乗ってくださるかしら?」
「……ええ、構いません」
「ありがとう。
賭けはね、今からあなたの袖を調べて、もう一枚コインが出てくるかどうか。
もし出てきたら、私の勝ち。
出なかったら、あなたの勝ち。
どう? 面白いと思わない?」
「ええ、大変興味深いです」
「そんなはずないわ。あなたはもう結果を知っているでしょう?
自分がコインをもう一枚持っているかどうかだけなんだから」
「私が興味深いと言ったのはアリス姫のことです」
「……乗る? 乗らない?」
私は自分よりも背の高いゼブラ王子の目を見た。
王子はごくりと生唾を飲み込むと、返事をした。
「……乗ります」
「いいわ。じゃあ、指を開いて、そう、それで動かさないで……」
私は王子に色々注文して腕をあちこち調べ始めた。
指の間、手のひらの裏表、腕を振り、袖をめくり……。
「あったわ」
袖口の折り返しにコインが一枚挟まっていた。
私はそれをつまみ、ひらひらと王子に見せた。
「賭けは私の勝ち。それでは、機会があればまた―――」
「お待ちください」
「?」
立ち去ろうとした私に王子は声をかけた。
私は眉をひそめた。
存外、察しが悪いのだろうか。
「……私の言いたいこと、わからないわけじゃないですよね?」
「ええ、わかっています。
卑怯なトリックを使う私のような人間と話などしたくない、そうですね?」
「……」
「しかし、アリス姫。アリス姫は賭けの内容を決めていませんよ。
アリス姫の賭けではアリス姫が勝ちましたが、その報酬を決めていません」
「だったら―――」
「おっと、」
王子は私がなにか言う前に指を立て、それを制した。
「アリス姫、賭けに勝ってから内容を決めるなんて、フェアじゃない。
それこそ卑怯だ。違いますか?」
「……何が言いたいの?」
「……私の賭けの結果を確かめたいのです」
王子はひざまずき、手のひらを返して私が踏んでいるコインを示した。
「トリック無しで、確かめたいのです」
「……一つ条件があるわ」
「なんでしょう」
「さっきあなたが言った通り。私はあなたと話したくない。
だから、例え裏であっても、あなたと会話することになっても、
あなたが話しかけてきても、私はそれを無視する。
それでも構わないかしら?」
「ええ」
即答だった。
私は少し面食らった。
幸い、王子はコインに目を落としていたので表情は見られずに済んだ。
「それで構いません。同じテーブルにはついていただけるのでしょう?」
「ええ……」
「十分です。ふふふ……」
不意に王子は笑い出した。
突然笑いだして気味の悪いやつだ……。
「なに?」
「失礼。アリス姫は本当にフェアな方だな、と思いまして」
「?」
「さあ、足をあげていただけますか?
これで表だったら、これ以上の会話は無駄ですから」
「……一歩下がって」
「かしこまりました、アリス姫」
王子は大げさな仕草で胸に手を添えると私の言うとおりにした。
私は足を上げた。
のぞきこむ。
私と王子と二人で。
結果は……。
表だった。
そうか。表か。
そうか。
「それじゃ……」
「ええ、またお会いしましょう」
「……」
私は宣言通り、無視して走り去った。
花壇の合間をすり抜けて、庭園を駆けていく。
今度こそ、本当に一人になりたかった。
早く一人に……。
「姫様ァアア! 見つけましたぞぉ!!!」
……ああもう! 一人にしてよ!!
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