第6話 お気を確かに、父上!
「アリスに、求婚すると言うのかね、ゼブラ王子」
「はい、アーネット様」
真っ青な顔でわなわなと震えている父上を、王子が真っすぐに見つめる。
「本気かね!?」
「誓って本気です」
「正気かね!?」
「この目を見てください。狂人の目に見えますか?」
「ううむ……。見えん!」
「でしょう?」
「ちょっ、ちょっと、お父様! お父様、こっちに来て!」
「むっ、な、なんだ、アリス?」
私は父上を立たせて部屋の端まで連れて行った。
ウォールの後ろに回りこむ。
つまり、ゼブラ王子の死角に入った。
「お父様、どういうつもりですか!?
どうして断らないのです! まさか、受けるおつもりですか?」
「無論だ」
「む、無論!?」
「当然だろう。いいか、考えてみろ」
父上は真面目くさった顔で私の鼻先に指を突き付けた。
「この機会を逃せばお前に求婚しようなどと言う物好きは現れない。
それこそ、お前以上の変人でもない限りはな。
お前だってそのようなことは望むまい?」
「……変人ってどんな殿方です?」
「お前に殴られてもビクともしない、ウォールのような男や、」
今、しれっとウォールを変人枠に入れましたね、父上。
可哀そうなウォール。壁代わりに使ってごめんね。
今度、かわいいぬいぐるみを買ってあげよう。
たぶん、嬉しくないだろうけど。
「お前より強くてお前を支配するような男。
殴られるのが好きな男。
他に嫁のもらい手がない、年の離れた貴族。
まだまだあるぞ。聞きたいか?」
「いえ、結構です。もう十分」
「だから、彼と結婚するのは私としては賛成だ。大賛成だとも。
お前だって別に彼のことを嫌いなわけではあるまい?」
「いえ、好みではありません」
「な!? なにが不満だと言うのか!?
顔は良い、身分も高い、度量も広い。
言うこと無いだろうが!」
「腹の底が読めません。さらしてくれる気配もない。
そんなの、論外でしょう」
「なにか企んでいるようで、気に入らないと?」
「はい」
「下らん!」
父上は鼻を鳴らして一蹴した。
「それがどうした! この世に全てをさらけ出して生きている人間などおらん!
お前だってそうだろう!
お前はやりたいことは全力で宣言しているが、自分に都合の悪いことは全力で隠している。違うか?」
「ぐ……、ち、違いません。
違いません。が……。
でも、彼は明らかに何か企んでいます。
それはただの秘密とはわけが違う。
私たちに害をもたらすかもしれない……。
いえ、きっと害になります!
それでもお父様は求婚を受け入れるべきだと!?」
「そうだ!」
「なぜです!」
「チャンスだからだ! こんな機会は二度とない!」
「……」
……。
段々、腹が立ってきた。
イライラする。
原因は、自分でもよくわからない。
よし。決めた。
逃げ出そう。
「あっ、こら、アリス!」
「姫様!?」
「?」
ウォールの背から飛び出し、素早く扉を開けて部屋を出た。
父上は怒り、ウォールは焦り、ゼブラは困惑していたようだった。
廊下を少し走り、窓を開け、庭へ飛び降りる。
我が城の中庭は、腰の高さほどもある生け垣や花壇が迷路のように配置されている。
だから隠れる場所はいくらでもあるのだ。
私は花壇の一つに隠れ、じっと待った。
「姫様ァアアアアーーー!!!!」
ウォールが庭に飛び出してきた。
執事やメイドたちも一緒だ。
花壇からその様子をうかがい、人のいない方へ移動する。
……。
一人になりたかった。
自分がどうして腹を立てたのか、知るための時間が欲しかった。
一人にして欲しかった。
と、庭にゼブラ王子が降りてきた。
ウォールや他の家臣たちと比べると大分遅い。
庭を見渡しながら優雅に歩いている。
まるで散歩しているように足取りが軽い。
彼も私を探すつもりだろうか。
いや、体裁だけでも「探している」というポーズを取りたいのだろう。
要するに父上の印象をよくするためのパフォーマンス。
うわべだけの行為。
よくよくメッキのような男―――。
「おや、こちらにおいででしたか、アリス姫」