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火剣の姫はメッキの王子を焼き尽くす  作者: 甲斐柄ほたて
終幕 あなたは私を焼き尽くす
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最終話 永遠の残り火

 こうして私はゾンダークの王になることになった。

 それからは想像を絶する忙しさだった。

 一か月たった今でもまだ目が回っている。

 新しく即位したことによる手続き、ではなくむしろ通常の国務のほうがはるかに多かった。

 叔父上はいつもこんなに働いていたのか。

 人は見かけによらなかったんだな。

 叔父上も実は尊敬に値する王だったのか……。


 などとしみじみ思っていたのだが。

 臣下に聞いてみたところ、

「いえ。先代の王はこの半分の仕事しかなさいませんでした」

 と返された。

 私の尊敬を返してほしい。

 あと、半分で許されるのなら半分に減らしてくれないか?





 叔父上は地下牢に拘禁している。

 アリス姫が閉じ込められていた地下牢だ。

 彼の処遇はまだ決めかねている。

 彼の存在は私にとって害でしかない。

 いつか脱獄して復讐されるかもしれない。

 どこかの貴族にかつぎあげられるのかも。

 こっそり処刑してしまおうか。

 あるいはこっそりどこか遠い国へ放り出してしまおうか。

 私は決めかねている。

 なんだかんだ言っても叔父上は、私の数少ない肉親だ。

 あんな叔父上だが、優しくされた思い出だってあるのだ。

 まあ、今すぐ決めなくてもいいだろう。

 十年くらいかけて決めればいい。

 ……長すぎるかな?





 アリスとの結婚はすでに発表している。

 その結婚式は明日、開かれる。

 私がずっと忙しかったのは、その準備のためでもある。


 そう。

 明日、私たちは結婚する。

 まるで夢のようだ。



 ***



 明日、私たちは結婚する。

 まるで悪夢のようだ。


「よくお似合いですよ、王妃様」

「そうかしら……」


 鏡の中には用意された白いドレスを着て、不安げな目をした自分が映っていた。

 まじまじと見ていると、その不安の色が少しずつ強くなっていくのがわかる。

 いいドレスだとは思う。

 しかし、どうにも、似合っていると思えないのだ。


「別のを持ってきてくださるかしら?」

「こちらもお気に召しませんでしたか?」


 私の衣装の準備を担当する貴族が、かすかにうんざりした気配をにじませながら言った。

 どれでも同じじゃないか、と思っているのだろう。

 私もそう思う。

 どれも同じだ。同じく、気に入らない。

 彼女の選ぶドレスのどれもこれも、イマイチに見えてしまうのだ。

 全部、同じに見えてしまう。


 こんなありきたりなドレスを着て、結婚式にのぞむのか。

 王子……じゃない、ゼブラ陛下と婚姻の契りを結ぶのか。

 ……嫌だ。

 もっと綺麗な姿で立っていたい。

 未来永劫残るであろう彼の記憶の中の私を、一番美しい姿で留めておきたいのだ。


「ダメよ。次」

「……かしこまりました」



 ***



 結婚式当日がやってきた。

 どうにも、落ち着かない。

 落ち着かないので、王位継承者であることを示す深紅のマントをひきずって控室の中をぐるぐる歩き続けていた。


「陛下、落ち着かれませ」


 護衛騎士長のゴードンがたしなめるように言う。

 今、部屋の中にいるのは私と彼だけだ。

 叔父上の騎士だった彼は、私に仕えることにたいして複雑な思いを抱いているようだったが、私は無理をいって彼を護衛騎士にした。

 けれど、彼は私に自分の意見を言ってくれる。

 それこそ、敵になってでも言ってくれるのだ。

 王となった私にそれができる人間は驚くほど少ない。

 だからこそ、彼を護衛騎士に任命したのだ。


「あまり落ち着きがない王では、民が不安がります」

「みなの前では落ち着いていればいいでしょう?」

「王妃様に嫌われるかもしれませんよ?」

「それはありうるな……」


 私は震える足にどうにか言うことを聞かせて立ちどまった。

 あああ……、何もしていないと不安が押し寄せてくる……。

 不安をごまかすためにゴードンが持ってきた椅子に腰掛け、腕を組んだ。

 しかし、足が勝手に貧乏ゆすりをはじめた。止まらない。


「陛下……」

「すまない、止まらないんだ……」


 ゴードンは目をつぶり、眉間をもんだ。

 まるで「余命いくばくもありませんな」とでも言い出しそうな面持ちだった。


 その時、ノックの音が聞こえた。

 さっきまでの呆れた表情が消え、ゴードンの顔が護衛騎士のものに切りかわる。

 ゴードンが誰か、と尋ねるとノックの主はこたえた。


「新郎の義父ちちだ。それと、あー……」

「その友人、ですな」

「ああ、そうですな。友人の方である。取り次ぎたまえ」


『ご友人』は知らないが、義父上は本物のアーネット王の声だった。

 私がうなずくとゴードンは扉を開けた。

 年配の男性二人が中に入ってきた。

 出迎えようとしたが、義父上は私の肩をねぎらうようにたたいて座らせた。


「お久しぶりです、義父上」

「だいぶ緊張しておるようですな、ゼブラ陛下。

 あれとは上手くいっておりますかな?」

「どうでしょう。よく怒られています。

 もっと自由にさせてくれと」

「はっはっは! それはいい!

 思ったよりもずいぶんと親しくなっていたようだ!」

「どれくらい自由にさせるべきなのでしょうか?」

「放っておくがよろしい」


 義父上はにやりと笑い、りっぱに蓄えた口ひげをなでながら言った。

 娘が嫁いで嬉しい、という笑みではない。

 どちらかといえば先輩風を吹かせているようだ。

 娘の扱いなら任せろ、という得意げな笑みだった。


「あれはな、実のところ自由になりたいのではないのだ」

「は……。どういう意味でしょうか?」

「あれは、羊なのです」

「はあ、羊、ですか」

「さよう。

 飛びこえられる柵をみつければ、とにかく飛びこえる。

 飛びこえること自体が楽しいのです。

 柵の向こうがどうなっているかなど、考えてはおりません。

 キリがないから、放っておきなさい」


 なるほど。そう言われると思い当たる節がある。

 さすがは義父上だ。

 彼女を育て上げただけのことはある。


「ありがとうございます。大いに助かりました」

「はっはっは。また困ったことがあれば言いなさい。力になろう」

「はい」


 私が義父上に感心していると、『ご友人』がコンコンと杖で床に叩いた。

 さらに咳払いをし、口をもごもごさせてから話し始めた。


「さて、羊飼いの引継ぎは終わったかね?

 そろそろ自己紹介くらいはさせてもらいたいのだが」

「おお、申し訳ありませんな、ソラリス陛下」

「……ソラリス陛下?」


 ソラリス陛下と呼ばれた『ご友人』は、目だけを動かして義父上をじろりとにらんだ。

 硬そうな白い眉がゆっくりと動く。


「せっかくの余の見せ場であるというに……」


 うらめし気な声が白いひげの下から漏れ聞こえた。

 アーネット王は「いや失敬」と笑って頭をかいている。

 ソラリス陛下は杖をつき、私に近づいて手を差し出した。

 握り返すと、厚い手の感触が伝わってきた。


「お初にお目にかかる。

 余はソラリス・ソリス・ソレイユである。

 以後、お見知りおきを」

「ソ、ソソソ、ソラリス陛下……?」


 ゾンダークと並ぶ大国ソリスの国王がなぜ、ここに?

 私は頭が真っ白になった。

 ソラリス陛下が可笑しそうに微笑むのが見える。

 その笑顔がゆっくりと遠ざかる。

 それを不思議に思っていると、背中に硬いものが当たった。

 ソラリス陛下を見たまま、手で当たったものをさぐる。

 平たい。大きい。

 まさか、ウォール殿か……?

 微笑む陛下から恐る恐る視線を切って振りかえると、ただの壁だった。

 私は、知らず知らずのうちに後ずさっていたのだ。


「し、失礼しました、ソラリス陛下。

 その、あの、本日はいかようなご用向きでいらっしゃったのでしょうか」

「そう、しゃっちょこばるな、若き王よ」


 ソラリス陛下はゆっくりと手を上下にふった。

 その手をしばらく見つめていると、不思議と気分が落ち着いた。

 私が息を整えるのを待って、陛下は続けた。


「まず、今日の私は国王ではない。

 友人の娘の結婚式にきただけの、ただの老人だよ。

 一つだけ野暮用はあるのだが……」

「野暮用、ですか」

「まあ、それは後だな」


 ソラリス陛下はもう一歩近づき、私の肩をぽんぽんと叩いた。


「今日の主役はそなただ。余ではない。そう怯えるな」

「は、はい……」

「ううむ、難しいな。こりゃ……」

「すぐには無理ですよ、陛下。

 私だって、陛下のご威光には身がすくむ思いですから」


 アーネット王がにやにやと笑いながら口をはさんだ。

 ソラリス陛下がふんと鼻を鳴らす。


「そなたはもっと余を敬ってもよいのだぞ?」

「先ほどとおっしゃっていることが真逆では?」

「若者はよいのだ、若者は。

 そなたはもっと他人を敬う心を持つがよかろう」

「持っていますよ」

「まったく……」


 ソラリス陛下は苦々しげに舌打ちをしたが、私の方へ顔を向けた時には、優しい苦笑にかわっていた。


「あらためて祝福するぞ、若き王。

 即位の際には挨拶にこれず、すまなんだ。

 今宵は存分にそなたたちの門出を祝わせてもらう」

「ありがとうございます」

「うむ……。少しはほぐれたようだ。

 そろそろ野暮用を片付けてしまおうか。

 もうすでにこやつには話しているのだが……」


 と、ソラリス陛下はアーネット王を指さした。


「そなたとアリス嬢が契りを結んだとしても、ルナエはゾンダークと同盟を結ぶわけではない。

 つまり、ゾンダークが進軍したとしてもルナエを素通りしてソリスを攻めるようなことはできん。

 これを声明として発表してもらいたい」

「わかりました」

「おや、本当かね?

 もう少しよく考えた方がよいのではないか?」

「いえ、問題ありません」


 私は首を横に振った。


「私は最初からソリスを攻めるつもりはありません。

 私はアリスのことを好いたがゆえに契りを結ぶのですから。

 この件についてはすでに検討済みです。

 あとは義父上のお許しを得るだけだったのですが……」


 アーネット王は黙ってうなずいた。

 それを見て、私たちは全員同じような笑みをうかべた。

 やがてソラリス陛下がおどけた調子で言った。


「やれやれ、よかった。

 断られでもしていたら、気まずい思いで酒を飲まねばならんところだった。

 どうやら美味い酒が飲めそうだ。

 よかったよかった」



 ***



 しかし、和やかな時間はそう長くは続かなかった。


 二人の王が控室を後にして、私が「いい感じにリラックスできたな」と思っているとノックの音が聞こえたのだ。

 そのノックの音は何の変哲もないただのノックだったが、それが悪い知らせだとすぐにわかった。


「お兄様!」


 ノックの主はライラだった。


「アリスさんが……、アリスさんがいなくなりました!」


 ……。

 …………。

 ………………。

 はぁ……。


 私はため息をつき、眉間に手を当てた。


「陛下」


 顔を上げるとゴードンが椅子を持ってきてくれていた。


「ありがとう」


 椅子に座ろうとしてよろめいた。なんだか力が抜けてしまった。


「大丈夫、お兄様?」

「……最近の彼女はおかしかったんだ」

「おかしい?」

「そうだよ。ずっと大人しくしてたんだ。

 それがおかしかったんだよ。

 彼女は一波乱おこさずにはいられないのさ」


 そうだ。

 彼女が自由なのは今に始まったことじゃない。

 これこそが彼女にとっての普通なのだ。

 大丈夫。彼女はちゃんと戻ってくる。

 ……時間通りに戻るかはわからないが。



 ***



「王妃様! もう時間ですよ!

 いえ、もう過ぎてます! 聞いていますか、王妃様!?」

「聞こえてるわ。そんなに叫ばないでちょうだい。恥ずかしいわ。

 ……ええ、これにするわ。

 ……いえ、このままでいいわ。このまま、着て帰るから」

「王妃様! お早く!」

「うるさいわね。動きにくいのよ、このドレス……」


 店の外から、侍従長がヒステリックな金切り声を上げている。

 私は深々と頭をさげている店員に手をふって店を出た。

 侍従長がしびれを切らして小走りで行ったり来たりしている。

 私はのんびりと彼女の後を歩いた。

 急ごうと思ったってこのドレスでは、走れない。


 いつのまにか影が長くなっている。

 行き先へむかって、長い坂の上へ、城にむかって影が伸びている。

 城門前で侍従長が門番と話している。一応、私が王妃であることとかを確認しているのだろう。ご苦労なことだ。

 私は堀にかかる跳ね橋の上で足を止め、振りかえった。


 大きな夕日が地平線にかかっている。

 街並みが赤く染まっている。

 色彩の無い街だと思っていたが、どうやら思い違いをしていたらしい。


「うーむ、これはもっと探検しないとなあ……」

「もう十分ではないですか?」

「あら?」


 後ろから声をかけられた。

 私は振り返らなかった。

 必要が無かった。


「この国の王妃に口答えするなんて、どなたかしら?

 見せしめに逆さづりの刑にしなきゃあ、ダメね」

「この国の国王でも?」

「国王様だったら、そうね……」


 私は振り返って、国王様の前に手を差し出した。


「まずは手の甲にキスしてもらおうかしら」

「それは王ではなく、騎士の作法では?」

「お嫌かしら?」

「いえいえ、とんでもない」


 国王様はこれでもかというほど美しい所作でひざまずき、私の手を取った。


「光栄ですとも」


 国王様は頭を傾けて私の指先に口づけをした。

 日が沈む。

 燃えていた街が暗くなる。



 ***



 私は頭を傾けて王妃様の指先に口づけをした。

 日が沈む。

 燃えていた街が暗くなる。


 私が王妃様の手を放すと、彼女は目の前でくるりと一回転した。

 ドレスのスカートがふわりと持ち上がる。

 真っ赤な、深紅のドレスが夕日の残光をバックに浮かびあがる。


 私は、彼女も夕日と一緒に消えてしまうんじゃないか、と一瞬不安に思った。

 彼女がどこか不安そうに見えたから。


「ねえ、」


 彼女はもうそこにない夕日のような笑顔でたずねた。


「どう? 綺麗かしら?」

「あなたはいつだって綺麗ですよ」

「もう! そういうことじゃないのよ!」

「……綺麗です。すごく。

 一生忘れないと思います」

「……あっそう!」


 王妃様は一瞬、炎のように激しい笑みをうかべると、私の隣を通り過ぎた。

 ぐい、と手を引かれた。

 見上げると彼女が私の手を取っていた。


「じゃあ、行きましょ! 遅刻だわ!」


 私は、遅れていたのはあなたです、という言葉をぐっと飲み込んだ。

 それくらいは我慢するべきだと気づいたからだ。





 だって、忘れられない一瞬を見ることができたのは、彼女のおかげだったのだから。

 この先ずっと私の中で燃え続ける炎を、灯してくれたのだから。

 いつか私を焼き尽くす炎を、灯されてしまったのだから。





 おしまい。

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