第49話 転覆
私は走りながら玉座の間の扉を開いた。
門番たちの制止は無視した。
「陛下は!?」
「は……。陛下はいまだお休みになられています」
いきなり入室してきた私に驚きつつ、控えていた騎士の一人が答えた。
いつの間にか日が傾いている。
窓から西日が差して部屋が赤くなっていた。
主のいない玉座の間は静かだった。
一番やかましいのは私の息遣いだろう。
私は息を整えながら騎士に尋ねた。
「そうか。何か報告は受けているか?」
「報告、ですか。何も聞いておりませんが……」
「使いを出してきてくれないか。何か異変が起きているはずだ」
「使いですか。どちらへ?」
「城壁だ」
「方角は?」
「全てだ」
「かしこまりました。手配してきます」
出て行く騎士を見送って私はゆっくりと息を整えながら考えを整理した。
アリス姫が鳴らした鐘の意味を考えていた。
鐘を鳴らしたということは、あれは城の外への連絡だ。
だから城壁を確認させた。
城の中の誰かへ、という可能性もあるが、対応は大して変わらない。
私は陛下さえ守ればいい。
他の王子たちは他の護衛騎士が守る。
私は、とにかく、ここを守ればよいのだ……。
しかし、息を整えおえる前に扉が勢いよく開いた。
さきほど使いを出しにいった騎士が戻って来たのだ。
使いは出したのか、と聞くまでもなかった。
顔色を見ればおおよその察しはついた。
「何があった?」
「軍勢です。ルナエの軍が攻めて来て……」
「そうか。部隊を編成して、応戦を―――」
「そんな場合ではありません!」
対抗策を思案しかけていた私をさえぎって騎士は叫んだ。
言葉を続けようとして騎士はせき込んだ。
そばにいた侍従の一人が水差しを持って駆けよってきた。
「ごほっ、……かたじけない。もっと深刻なのです」
水を一口飲むと水差しを突き返して、騎士は続けた。
「城門へ向かう途中、窓から見えました!
どういうわけか、すでに城門を突破しています!
陛下を連れて即刻、退避を―――」
「陛下を起こせ!」
すぐさま侍従の一人がうなずき、奥の扉から王の寝所へと向かった。
私も奥へ向かう。
玉座の間の奥の隠し通路から、外へ逃げるのだ。
どのルートを通り、どこへ抜けるのが正解か……。
だが、どかどかという慌ただしい足音が近づいてくるのが聞こえた。
鎧を着こんだ兵士が十数名歩いてくるような……。
「! 閂を閉じるぞ……!」
「はい」
私たちは扉に三つある閂をすべてかけた。
バリケードも築きたいところだが、この部屋には材料になるようなものは無い。
壁を壊すか……?
しかし直後、足音が扉の前で止まった気配がした。
扉の奥から、年配の男の声が聞こえてくる。
「危急の報告である! 陛下への謁見を賜りたい!」
「陛下はお休みになられている! その場で報告せよ!」
「火急の、機密の、要件である! 陛下を叩き起こされよ!」
「ならん!」
「……硬いな。もしやすでに報告を受けていたのか?」
扉の奥の声が一転して、独り言でも話すかのように低くなった。
「破れ、ウォール」
「よろしいので?」
「すでに悟られている。バリケードを築かれる前に壊せ」
「承知しました」
どっ、という音とともに扉がゆっくりと膨張した。
扉に押される形で、閂がみしみしと音を立てて裂けていく。
扉の隙間から、巨大な鎧の騎士の姿が見えた。
「むん」
気の抜けた声とともに、扉と閂ははじけ飛んだ。
扉のあった場所には騎士が両手を広げて立っていた。
一人で。
まるでただ扉を開けただけ、といった様子だった。
「開きましたぞ、陛下」
「うむ、ご苦労」
深紅のマントを羽織った男が玉座の間にずかずかと入ってきた。
扉の脇にいる侍従にも、私たち鎧の騎士にも目もくれず、ひたすら奥へと突き進んでいく。
彼に続いてルナエの騎士たちがぞろぞろと入ってきた。
一瞬、行列に見いっていたが我に返った。
私は剣を抜き、騎士の前に回りこみ、その一人に攻撃を―――
「無駄である」
気づいた時には先頭の騎士に抑えこまれていた。
扉をこじ開けた男だ。
微動だにできなかった。
一切、抵抗することができない。
私は床に這いつくばったまま、彼らが進んでいくのを見ていた。
マントの男……、ルナエの王はそしてそのまま壇上にあがり、玉座に腰掛けた。
肘をついてあごを乗せる。
「ふん。思ったより容易かったな」
「そっ、そこは陛下の玉座だ! 貴様が座っていい、場所ではっ、ないぞ!」
「余も『陛下』と呼ばれる者だぞ、騎士よ。王が玉座に座って何が悪い?
ああ、たしかに座り心地は悪いな!」
その時、寝所の扉が開き、ルナエの騎士に連れられるように陛下が現れた。
「なんだこれは……。だっ、誰だ貴様!?」
「これはこれはごきげんよう、引きこもりの新参王よ。
余はルナエの王、ガリウス・ガリア・アーネットである。
さあ、遠慮するな。ひざまずくがよい」
「だ、誰が貴様などにっ……。うっ!?」
陛下はルナエの騎士に頭をおさえつけられて無理矢理ひざまずかされた。
それどころか大理石の床に頭をこすりつけられている。
「へ、陛下……」
「くそっ、くそっ……!」
「やれやれ、まったく……」
アーネット王は舌打ちをしながら首をふった。
「愚かだな……。まだおのれの立場が理解できていないのか?
貴様はもはや王ではない! 王だった!
この玉座は余のものだ。貴様はすでに命乞いする立場だ。
理解したか?
わかったならそこで這いつくばって見ているがいい」
「な、何を……」
「ふふふ……」
アーネット王は含み笑いを漏らしただけで答えなかった。
無言のまま玉座の間の入口を指さす。
「さあ、入れ。我が愛娘と王子よ」
「愛娘に、王子、だと……!」
入口にはゼブラ王子とアリス姫が立っていた。




