第46話 想定外
心配だ。
ライラのことはもちろんだが、アリス姫のことも心配だった。
なにせあの方向音痴である。
北東とは全然関係ない塔をのぼってしまう可能性は十分にある。
あと、正解の塔にのぼっても、正解だと気づかずに下りてしまうパターン。
十分に考えられる。
姫である。
あの、アリス姫である。
十分に、十分に考えられるのである。
「はあ……」
心配性は悪い癖だ。
姫を信じよう。
道に迷ったり、間違わないことではない。
失敗してもすぐさまリカバリーする姫の姿勢、へこたれなさを信じよう。
それも嫌というほど見てきている。
そうこうしているうちにライラの部屋までもう少しのところまで来ていた。
この廊下の突き当りの部屋が目的地だ。
しかし、突き当りの曲がり角からふらりと騎士が一人姿を現した。
「そんなに急いでどこに行かれるのか、ゼブラ王子」
「ゴードン」
ゾンダーク王の護衛騎士ゴードンがそこにいた。
かぶとを外してライラの部屋の前に通せんぼするように立ちはだかる。
「私が妹に会うのに理由が必要かな?」
「いえいえまさか。しかし、先ほどおかしな報告を受けまして」
「へえ、それは興味深いな」
「あなたの婚約者様が牢を破ったと」
「僕に婚約者はいない。正確にはね」
「これは失敬しました。
ルナエの火剣姫様が牢やぶりをなされたと聞いております」
「ふうん」
「驚かれないのですね。もしや何かご存じなのですか?」
「あの人のやることだからね。驚きはないよ」
「しかし―――」
「話はライラの顔を見てからでもいいかな?」
「それは……」
私はゴードンを押しのけてライラの部屋の扉をやや乱暴に開けてライラがいるはずの寝室に走った。
「ライラ!」
「え?」
ライラはいた。
ベッドの上で本を読んでいたようで、私が乱暴にドアを開けたので驚いて目を丸くしていた。
「どうかしたの?」
「よかった。いたのか……」
「どうしたの、お兄様?」
「なんでもないよ。嫌な予感がしただけ」
私は少し心配そうな表情をうかべたライラの頭をなでた。
体調は悪くなさそうだ。
「調子はいいみたいだね」
ライラの従者が退室しようとしたので、私はそれを制した。
「いい子にしていたんだね。もう少しよくなったらまた姫様に会いに行こうか」
「うん」
「いい子だ」
もう一度頭をなでた。
その手をライラがつかむ。
ライラは、アリス姫が来ていることは知らない。
姫はルナエにいると思っている。
「お兄様、今日はご本読んでくださらないの?」
「そうだね……」
私は寝室の入り口を振りかえった。
ゴードンが立っている。
まだ話があるのだ。
「彼と話してからね」
寝室を出て扉を閉める。
ゴードンは部屋の真ん中あたりで止まったが、私は廊下に出る扉を指さした。
ライラに会話を聞かれたくなかった。
しかし、ゴードンは何も言わずに首をふった。
それでわかった。
ゴードンは私をここに閉じこめるのが狙いだったのだ。
「君は探しに行かなくていいのか?」
「ええ」
「陛下の護衛は?」
「問題ありません」
「彼女はつい先日暗殺未遂をしたのに?」
そう聞くと、ゴードンは鼻で笑った。
笑っただけで何も言わない。
私は笑みを消した。
「何がおかしいのかな?」
「失敬。それをあなたが言うのかと思いまして」
「……」
「彼女は安全です。そうでしょう?
あなたを助けるためだけにやったことですから」
「……この状況が、」
私は両手を広げてみせた。
「彼女をとんでもない行動に走らせるとは思わないのか?」
「知らなければ走らないでしょう。それくらいの分別はある。あるはずだ。
彼女だって、仮にも王族ですから」
「君は思い違いをしているようだね」
「……なにがですか」
「たとえば、姫の行動を予測できると勘違いしているところかな」
その時、聞いたこともないような大きな鐘の音が聞こえた。
ゴードンはけげんな顔で時計を見た。じきに四時になるくらいだった。
鐘が鳴るような時間ではない。
「ほらね」
慌てるゴードンに私はほほえみかけた。
ゴードンは困惑した目を私にむけた。
「あの鐘はなんですか? どういう意味です?」
「さてね。君は私を見張るんだろう? だったら関係ない。言う必要は無い」
「王子、教えてください。私は陛下の元へ向かうべきですか?」
「向かうべきだね」
私がそう言うや否や、ゴードンは踵を返して部屋を出て行った。
私はゴードンの足音が遠ざかっていくのを聞いた後、部屋の窓から外をのぞいた。
鐘がある建物は城の中には一つしかない。
中庭にある。
だから、そこから見えるのはわかっていた。
「まったく……。本当に予測なんてできやしない。
そこは塔でも何でもない。教会ですよ、アリス姫……」




