第41話 煙たい王国
最近、城内には不穏な空気が漂っている。
一週間前に王がルナエとの戦争を宣言して以来、それが顕著になったように思う。
私は、貴族に怒鳴り散らす王を、後ろから眺めながらそんなことを考えていた。
貴族は飢饉の報告に来ていた。
今年は納める麦の量が減ると。
そこまではよかった。王の機嫌は悪かったが、青筋を立てるだけだった。
だが、貴族が救済を求めて国の蓄えを無心した途端、怒鳴り始めたのだ。
私は貴族が王にむける上目遣いの瞳の中に確かな敵意を見たような気がした。
不穏な空気。それについては、どう言えばいいか……。
現王の兄が崩御し、現王が即位されてから十年、王への不信感は徐々に積もってきた。
しかしそれに気づいていた者はそれほど多くは無かった。
部屋に煙草の煙が充満していることに気づかないようなものだ。
閉塞した、変化の無い状況だったから、誰も息苦しさに気づかなかった。
いや、気づいても気づかないふりをしてきた、と言った方が正確なのかもしれない。
ともかく、先日の騒動でついに状況が変わった。
王の戦争宣言ではない。
アリス姫の堂々たる襲撃だ。
あれは閉め切った部屋の窓を開いた。
姫が敵国の人間だったかどうかはさしたる問題ではない。
あのときの姫には純粋な感情があった。
くぐもったこの国にはまぶしすぎる光だった。
光が差し、煙が見えるようになった。
新しい空気が部屋に入り、煙の臭いに気づいた。
そして再び窓は閉じられた。
まだ部屋には煙が充満したままだ。
まずい状況だと思う。
王自身も、おそらくわかっているのだ。
だからこうして貴族に怒鳴り散らしているのだ。
「ゴードン!」
「はっ、なんでしょうか、陛下」
すがりつく貴族を追い返した後、王は立ち上がり叫んだ。
控えの間へと大股で歩いていく。
私はすぐに王の通行の邪魔にならない位置にひざまずいた。
「なんでしょう、陛下」
「しばし、寝る! 誰も通すな!」
「はっ……。ですが、30分後に北の大貴族の―――」
「待たせよ!」
「かしこまりました」
私の返事を待たずに王は退室した。
仕方ない。貴族には連絡して―――。
控室の扉を閉める係の者が私の顔色をうかがっていることに気づいて、私は手を振った。
扉がゆっくりと閉じられる。
私はこっそりとため息をついた。
開閉役が王ではなく、私の指示を待ったのだ。
王が信用されていない、ということ……なのだろう。
開閉役を叱るべきだろうか。罰を与えるべきだろうか。
いや、それは私の役目ではない……はずだ。
それはそれで逆効果のような気もするし。
そもそも過剰反応というやつだろう。
彼らに不安を悟られるのは避けたい……。
……どうにも、嫌な予感がする。
私はこの国が今にも崩壊する不安でも感じているのか……?
静まり返った謁見の間にドアノッカーの音が響いた。
王が休んでいる部屋とは違う。
正面入口の扉だ。
私は扉へと近づいた。
二度目のノックの後、私は扉の前に立った。
「お待たせした。誰であるか?」
「ゼブラだ」
ゼブラ王子!
私はすぐにドアノブをつかみ、扉を開いた。
「陛下はお休みか?」
「ええ。しばらくお休みになられます」
「先方には?」
「ああ……、申し訳ありません。失念しておりました」
「そうか」
王子は一歩下がって近くにいた執事の一人に言伝を頼んだ。
情けない。
自分の仕事であるというのに……。
「申し訳ありません」
「気にしないでいい。あなたの仕事は護衛だ。
だが、珍しいのも事実だ。疲れているのか?」
「滅相もありません」
「無理はするなよ。
……と言っておいてなんだが、あなたに質問があるのだ」
「は。なんでしょうか?」
少し身構える。
王子はあの時、アリス姫が乱入する直前、王を殺そうとした……そんな気がしている。
それをアリス姫が止めようとして、あのような状況になったのではないか。
私はそう思っている。
だから……、王子は信用ならない。
「今日の朝食はなんだった?」
「……は?」
「聞こえなかったのか? 今日の朝食はなんだったんだい?」
「陛下の……ですか?」
「いや、あなたの」
「質問の意図が分かりかねますが……」
「……」
王子は呆れたような目で私を見ている。
どうやら普通に答えればいいらしい。
私は困惑しながらも答えた。
「トーストとスクランブルとコーヒーです」
「へえ、君の部下たちもかい?」
「ええ、そうです。同じです」
「アリス姫も?」
「はい、コーヒーではなく紅茶ですが……。あ」
「そうか」
王子はそれを聞くとにっこりと微笑んだ。
「アリス姫があまり粗末なものを食べてないようでよかったよ」




