第39話 鷹はそそのかす
どうにかして、アリス姫を救いだす方法は無いだろうか……。
ありとあらゆる手を尽くしてソリスとの戦争の準備を遅らせながら、私はそのことで頭を悩ませていた。
気心の知れた部下の手を借りて、兵や食料や武器の調達を遅らせてきたが、それもそろそろ限界だ。
王がしびれを切らし始めている。
一日に四度は呼び出しを食らい、進捗を確認させられている。
攻めたくない一心で遅らせているのではないか、と詰問される始末だ。
それは全く持ってその通りなのだが、王の視点からは全速力で準備を進めているようにしか見えないはずだ。
そのために手を尽くしてある。
しかし、そもそも論理の通じる相手ではない。
そろそろ限界か……。
執務室の扉をノックする音が聞こえた。
入室を許可すると、すぐに騎士が入ってきた。
「報告します!」
慌てた様子の騎士は踵をガンとそろえて敬礼した。
私は報告書から少し顔を上げて敬礼を返した。
「内密の報告です。王子はお一人ですか!」
「ああ」
「いかんなあ……。不用心だ。だが、もう演技はいらないな」
「なに?」
私は腰に下げた剣に手を伸ばした。
騎士はそれを制するように手を伸ばし、重たそうに腕を上げてかぶとを脱いだ。
つかつかと私が作業している机まで歩いてきて、脱いだ兜を置いた。
腰に両手を当てて伸びをする。
「ううむ……、こんなものを着るのは久々だ……。
どうにも、腰にくるな……」
「アーネット様……?」
兜を脱いだその顔は、ソリスの王、アリス姫のお父上、ガリウス・ガリア・アーネットだった。
私はさぞ驚いた顔をしていたのだろう。
アーネット王はアリス姫そっくりのしたり顔で笑うと、ソファにどっかりと腰掛けた。
「ど、どうやってここに……」
「ウォールが知らせてくれたからな。変装して忍び込むくらい、私にはわけないのだよ。
それはそうと、ソリスを攻める準備をしているそうじゃないか」
「え、ええ。はい。そうです」
「君が攻め手だとか」
「はい、その通りです……」
「あと三日遅らせてくれないか?」
「それは……、厳しいです。ゾンダーク王はもうすでにかなり気分を害しておられます。これ以上は……」
「君が私がなぜここにいると思うかね?」
「……我が国を滅ぼすおつもりですか?」
「まさか!」
アーネット王は楽しそうに高笑いした。
普段は姫とばかり話しているから気づかなかったが、笑い方が本当に姫そっくりだ。
「こんな大国、私の手には余る。やると言われたって願い下げだよ。
この国を手に入れるのは、私じゃない。君だよ、ゼブラ王子」
「私が、ですか」
「そうだ。あんな王だ。考えたことがないわけでもないだろう?」
「……」
図星だ。
考えたことはある。何度も。
その度に無謀な考えだとあきらめてきた。
反射的に、首を振る。
「無理です。私には……」
「やりなさい。やってもらう。これは必要なことだ」
「死者は出るのでしょうか?」
「可能性はある。
ゼロにするよう努力はするが、断言はできん」
「どうして私なんですか? 兄上たちがおります。
私よりもよほど適任です」
「は?」
アーネット王は呆れたように片方の眉を吊り上げた。
「本気で言っているのか?」
「え? どういう意味ですか?」
「フ……。慎重すぎるのも考えものだな。
まあいい。百歩譲ってそうだとしよう。この国にとっては、そうかもしれん。
だが、私にとってはいささかも嬉しくない。
どうせなら娘婿が王になる方がいいに決まっている」
「むっ、娘婿!?」
「何を驚いている? アリスに結婚を申し込んでおいて。
あれの伴侶となるなら、ゾンダークの王になる程度の器がなくては困るな」
「は、はあ……」
ダメだ。完全にペースを握られている。
アリス姫と同じだ。
「わかったかね? 私は君に王位をくれてやる。
アリスの居場所はわかっているのか?」
「え、あ、いえ。わかっていません。
密かに探してはいるのですが、どうにも人手が足りず、長くてあと三日はかかるかと」
「ギリギリだな。私の配下を貸そう。それで解決するかね?」
「何名ほどお貸しいただけますか?」
「十名までなら、今日中に用意できる。もちろん隠密に長けた者たちだ」
「それなら、一日早く見つけられそうです」
「わかった。早く見つけてくれたまえ。それまで私は動けない。
アリスの居場所を知っているものを巻き込みでもしたら元も子もないからな」
「アリス姫のことを本当に大事にされているのですね」
「ふん。不出来な娘だよ。まったく、世話の焼ける……。
さて、おおむね同意は得られたようだ。なら、これを渡そう」
封筒を二つ渡された。
「これは?」
「手紙だ。一つには今回の作戦の要旨を書いておいた。読み終えたら燃やしてくれ」
「もう一つは?」
「君の手紙だ。アリスに渡さずに隠していた」
「は?」
「今回、アリスが君の元を訪ねたのは私が原因、ということだ。
ま。ここまで大ごとになるとは思わなかったが」
何食わぬ顔でアーネット王は言った。
この人は何を言っているのか、わかっているのだろうか?
自分の娘が国王暗殺未遂を犯した顛末の遠因は自分だ、と言っているようなものだ。
それをこんな、あっさりと、軽く……。
「え、な、な……。な、なぜそんなに平然としていられるのですか?」
「うん? 大した問題ではないからだ。
アレには殴られるかもしれないが……。うむ、それは確かに怖いな……」
「いえ、そうではなく」
「大丈夫だ。この騒動はきっと上手くおさまる。君と私が精一杯やれば、な」
アーネット王はにやりと笑うと、私の肩をかるく叩いた。
「期待しているぞ。ああそうだ、手紙は君から渡してくれ。
私が言うのもなんだが、これはアリスが読むべき手紙だ」
「は、はあ……」
「頼むぞ。早く孫の顔を見せてくれ」
「……気が早すぎです。まだ結婚すらしていませんよ」
「ならさっさとせねばな。アリスを頼むぞ」
「はい。必ず見つけ出します」




