第32話 焦げてます
貴族たちの世間話には飽き飽きする。
自分の領地でやった改革の話。
優秀な息子や娘の話。
どこぞの子息は出来が悪いらしいとか。
あそこの領地は飢饉らしいから、関わらないようにしようとか。
今年の利益はイマイチでしたが、おたくよりはマシでしたな、とか。
いかに「メッキの仮面」を貼り付けていたとしても、つまらないものはつまらないし、飽きるものは飽きる。
黙って聞いていると、彼らの本心が透けて見えるようだ。
私は優秀であると知ってくれ。
私は子育てにも成功している。
あっちの家とは違う!
ああ、寄るな寄るな、不幸がうつる!
ふはははは、馬鹿どもが! 私の勝ちだ!
……うんざりする。
彼らが優秀であることは否定しない。
それは事実なのだろう。
しかし、だからなんだと言うのだ?
それを誇るのは、要するに他人の羨望が欲しいということ。
そんな欲望が透けて見える。
結構なことだ。
そうやって国を盛り上げてくれるならいい。
大いにやってくれ。
ただし、私に見えないところで。
あなた達の欲望は、私には醜すぎる。
「少し、酔ってしまったようです。ベランダで涼んできますね」
「おやおや、お大事に。ゼブラ殿下……。
それで、我が領土で新しく始めた事業なのですが……」
ベランダに出ても、素晴らしい景色は見えない。
城壁が高すぎるのだ。
街の夜景も、街の外の平原も見えない。
見えるのは夜空だけだが、星は見えなかった。
どこまでも続く曇り空。
雨こそ降らないが、いつも灰色に閉ざされている。
あっけらかんとしたルナエとは大違いだ。
アリス姫に会いたい。
ふとそう思って、一層気分が沈んだ。
最後に会った時を、求婚を断られた日を思い出したからだ。
一年間、彼女の元を訪れ続けて、結局彼女のことが何一つ理解できていなかったのだ。
今回のことがそのいい証拠だ。
ふと、何かが横切ったような気がした。
赤い、なにか、ひらひらした物が……。
ドレスのような……?
しかし、ここはベランダで、見えるのは城壁と夜空だけ。
赤なんて見えるはずもない。
ましてドレスなんて。
「……姫様ァアアアーーッ!」
どこからか、微かに聞き覚えのある叫び声が聞こえてきた。
姫のことを考えていたから、幻聴でも聞こえてきたのだろうか?
しかし、耳を澄ませると兵たちが揉めているような音と声が聞こえてきた。
どうやら幻聴……というわけではないようだ。
さっきのが護衛騎士のウォール殿の声だとすると、来ているのは、さっきのは……。
アリス姫?
姫が来ている?
何をしに?
私に会いに来てくれたのか?
姫が?
いや、違う。きっとライラに会いに来たのだ。
……。
それでもいい。
それでも、嬉しい。
また姫に会える。
会って何を話す?
あんな気まずいお別れをしておいて、今更なにを?
……関係ないな。
会いたい。
私か、ライラに会いに来てくれた。
なら、会ってもいいだろう。
どんな結果になってもいい。
会って話せる。
それでいいじゃないか。
ベランダから会場に戻り、こっそりと扉から抜け出した。
途中で声をかけられ、足を止められそうになったが、適当に言い訳してスルーした。
なんて言ったか、覚えていない。
トイレに行くとか、具合が悪いとか、そんな所だと思う。
姫のことで頭が一杯なのが、自分でもわかった。
それ以外のことに考えが回らない。
わかっていなかった。
ここまでとは……。
ここまで、衝動的になるなんて。
ここまで、私が姫のことを好きになっているとは思わなかった。
姫はどこから来る?
侵入してくるということは招待されていない。
まあ、招待してないし。
侵入してきたのなら、どこから来る?
城の出入り口、抜け道は……。
いや、抜け道なんて知らないだろうから、出入り口だけだ。
ウォール殿の声が聞こえてきたのが、外壁沿いのこの辺りと仮定すると……。
目を閉じる。
計算する。
答えを出す。
出した答えの上に立つ。
目を開ける。
赤いドレス。
噓の似合わない、鈴のような声。
ころころとよく変わる表情。
アリス姫だ。
さすがは、アリス姫。
城に忍び込むなんて。
予想もつかない登場だ。
一体全体、こんなところまで何をしに来たんだろう?
わからない。
理解できない。
緊張する。
ワクワクする。
「……何をしているのですか、アリス姫」
嬉しくて死にそうだ。
緩みそうになる表情を必死で押し殺す。
いつもの表情、いつもの表情……。
姫は何でもない調子で軽く片手を振った。
まるで偶々会った知り合い同士がやるように。
つい先日の出来事なんて忘れているかのように。
初めて会った時のように。
「久しぶりね、王子……様。ちょっとお話、いいかしら?」




