第3話 さっきの優男じゃん!
扉が開くと、男がひざまずいて頭を垂れていた。
「お初にお目にかかります、アーネット陛下」
「うむ、よくぞ参られたゾンダークの王子よ。そちらへ」
「はい」
彼はスッと立ち上がると、シャキシャキと音が鳴りそうな歩き方で、私の正面に立った。
私たちも立ち上がって彼を迎える。
彼は私の顔を見ると、おや、と眉を上げたように見えた。
「あなたは……」
「?」
どこかで見ただろうか。
いや、知らないはずだ。
父上の客人とはほとんど会っていないし、ましてや王子なんて会ったこともない。
さすがに私でも王子と会ったとなれば覚えているだろう。
王子。
ゾンダークの王子か……。
ゾンダークと言えば、我がルナエの目と鼻の先。
ソリスとともにルナエを挟んでいる大国のもう一方だ。
ルナエはソリスとゾンダークの顔色を常に戦々恐々としながらうかがっている。
そうしなければ生き延びられないのだ。
だから、会ったなら覚えているはずだ。
特に、こんなメッキで表面を覆ったような作り笑顔の持ち主を、私が忘れるとは思えない。
きっと二度と会いたくないと思ったはずだから。
まあ、それはそれだ。
挨拶くらいはしておこう。
「アリス・アミラ・アーネットです。お初にお目にかかります」
私はたおやかに両手を膝の前で重ね、口元に微笑みをうかべ、軽く会釈した。
自慢じゃないが、これでも顔は良い、という自覚がある。
そう。自慢じゃないが、顔は良いのだ。
そう! 全然! 自慢じゃない!
だが! 顔は良い! のだ!!!
だから挨拶は必要最低限でもなんとかなる。
というか、これ以上やると不自然さが際立ってしまうらしい。
「これくらいがちょうどいい」と父上も家臣たちもメイドたちも言うのだ。
何度も。
本当に何度も。
というわけでこれが私の必殺の挨拶だ。
これ以上と以下は無い。
私の挨拶を受けて、彼は深々とお辞儀をした。
くきりと音が鳴りそうなほど、腰が綺麗に折れている。
「見目麗しき火剣の姫に会えて光栄です、アリス姫。
それにしても普段のご様子とは、ずいぶんと異なるようですね。
ずっと淑やかでいらっしゃる。
もしやアリス姫には双子のご姉妹でもいらっしゃるのでしょうか?」
私はキョトンとした。
もちろん私に姉妹などいない。
普段?
普段も何も私と王子は初対面でしょうが。
何を言っているんだ、こいつは。
「……人違いでしょう。私たちは初対面ですよ?」
「これは異なことを。しかし、あの思い切りの良さ。私、感動しましたよ」
「……え?」
「まだわかりませんか? 私ですよ、私」
「うーん……?」
「こう言えばわかりますかね。
彼は無事です。命に別状はないそうですよ。
しばらくは病院のベッドの上の生活になるらしいですが」
「……あ」
あいつか。
私と害獣男のケンカを止めようとした、
熊と出くわしたときに必死で知恵を振り絞って生き延びようとするタイプ、
の優男か。
なんということだ。
見られていたのか。
父上の客人に。王子に。
「あ、あああ……!」
「思い出していただけましたか?
私の名前はゼブラ・ゼニス・ゾンダークです。
以後お見知りおきを」