第28話 モノトーンの世界へ
目を覚ますと、すでに王子はいなかった。
この部屋の扉は、王子が泊まる晩は開かなくなり、朝になると開く。
使用人たちの話では、魔法を解いた直後に扉が開き、王子が何食わぬ顔で出てきたらしい。
そのまま王子の付き人を起こして、馬車を出して帰ったそうだ。
引き留めたものの、説得できなかったという。
私が起きて王子がいないと話すと、そのことを教えてくれた。
後で教えてくれたのだが、その時の私は真っ青な顔で聞いていたらしい。
……たぶん、作り話だと思う。
この私があの程度のことで顔色を変えるとでも?
いやいやまさか。
しかし、それから一か月経っても、二か月経っても王子が現れなかったのには、さすがに肝を冷やした。
いや、本当は最初から冷えていた。
ただ、結果を知るのが怖かったのだ。
つまり、王子があきらめてしまうことが。
もう王子やライラちゃんが来てくれなくなってしまうことが。
それが怖かった。
それが怖いことなんだと、私はようやく知った。
ようやく理解した。
つまり、私は馬鹿だった。
「父上、ゾンダークに行こうと思います」
私が父上にそう言うと、父上は持っていた大事な花瓶を落っことした。
パリン、と音を立てて花瓶が割れる。
その花瓶は父上のひいきの芸術家が作った特注品だ。
なんだっけ、「ナスビの入浴」だか、「ビームの誘惑」だかいう名前だった。
「お、おおおお……!」
しかし、父上は花瓶なんかまるで気にしていないようだった。
割れたことに気づいている様子も無い。
破片を踏みながら私に近づいて、肩をつかんだ。
「アリス、本当か? 本当に、ゾンダークへ?」
「はい」
「王子に、会いに行くんだな?」
「はい」
「そこで、王子に結婚を申し込むんだな? お前から」
「いえ、そこまでは決めてません」
「がああああ! そこまで決めておけええええ!!」
そういうわけで、私はゾンダークへと出発した。
そのせいでずいぶんと波乱万丈な目に遭うのだが……、まあいい経験というやつだろう。
もっとも、私についてきただけのウォールのような護衛騎士たちには、迷惑千万だっただろうけど。
がらがらと馬車に揺られること七日。
カラスが鳴く荒野を通り、
国境で旅券が無いと騒ぎ、
亡霊のただよう谷を越え、
世界一の珍味を自称するミイラキノコのソテーを食べ、
錆びついた湿原に迷い込み、
ようやくゾンダークの首都までたどり着いた。
首都が見えたと言われて下りると、平原を望む丘の上だった。
空はどんよりと曇った灰色。
そのせいか、広々とした平原もどこかモノトーンに沈んで見える。
緑灰色の海の中に、と白い正方形が居座っている。
それこそが首都だった。
城も街も道も壁も、全てが白いのだろう。
だから一つの平坦な正方形にしか見えない。
遠近感が狂いそうな景色だった。
人も動物も見当たらない。
夏のはずなのに、どこからか冷たい風が吹いてくる。
景色とあいまって、まるで冬のようだった。
「もういいわ、行きましょう」
この世のものではないような光景に身震いしそうになって、私は逃げるように馬車に乗り込んだ。
この場所は、私には合わない。仮に王子に嫁いだとしても、ここには住むまい。
馬車に揺られながら、密かに私はそんな決意を固めていた。




