第17話 姫も時には気を散らす
「父上! 王子から便りは!?」
「無い! 来たらすぐに伝えると言っているだろう!
なぜ毎日確認に来るのだ!」
王子が帰ってから一か月。
私は早く王子に会いたかった。
もちろん色恋じゃない。
単純に王子への借りを返さなければならないからだ。
借りっぱなしでは気持ちが悪い。
だから王子には早く来訪してもらいたかった。
「そんなに会いたいのならお前が出向けばいいだろう!」
最初は「アリスも王子が気に入ったのか」と目を細めていた父上だが、毎日毎日確認に来るのがいい加減嫌気が差してきているのだろう。
徐々に私を邪見にしはじめていた。
「いつも言っているでしょう。
私は待っています、と言いました。だから待ちます」
「どちらでもよかろう、そんなものは!」
父上はイライラと髪をかきむしりながら、書類にサインをした。
「ええい、気が散る。仕事の邪魔だ。街にでも繰り出して来い」
「王子は―――」
「来ないものは、来ない! さっさと行け!
ウォール! つまみだせ!」
追い出されてしまった。
仕方ないので街へ出向こうと、廊下を歩いていると窓から庭先でもめているのが見えた。
門の外に立派な馬車が停まっている。
……まさか。
まさか、まさか、まさか、まさか。
玄関扉を開け放ち、庭に出る。
雨上がりでぬかるんだ土の上を歩いて門に近づく。
「……誰? 何があったの?」
努めて落ち着きながら、門番に声をかけた。
いきなり声をかけたせいか、門番は私に気づくとびくっとして気をつけをした。
「ひ、姫様! 失礼しました!」
「いいから。誰が来たの?」
「それが……、見たことの無い方で、来客の予定もないので、陛下に使いを出したところで……」
「あっそう」
王子じゃないな。
門番の彼が見たことの無い客と言うことは、そういうことだ。
もう用はない。
こんな雨上がりでは外を歩く気も起きない。
部屋で読書でもしようか……。
ああ、でも、ついでだし、来客の顔だけでも見て行こう。
ほんの少し背伸びをして、馬車の中に座っている客人の顔を見た。
ちらりと白くて小さな横顔が見えた。
……子供? 女の子?
少女は私が見ていることに気づいて、はっと振り向いた。
まずい。
私は即座に背伸びを中断して、回れ右をした。
あの子供が誰か知らないが、来訪の予約を入れずにやって来る世間知らずだとしても、どこぞの貴族の令嬢には違いない。
そんな子の横顔をのぞいていたとあっては、また私の噂に新しい伝説がつけたされてしまう。
この場は早急に立ち去ろう。
さよなら、見知らぬお嬢さん。
あなたの横顔をのぞいていたのは、この屋敷の無礼なメイドの誰かです……。
「お待ちなさい! このっ、ど、泥棒猫!」
舌足らずでありながら、凛とした声が響いた。
……泥棒猫?
誰が?
私か?
振り返る。
少女と目が合った。
栗色の髪を左右で三つ編みにして垂らしている。
大きな丸眼鏡のむこうで利発そうな瞳がゆれている。
大きな本を両手で胸の前に抱えている。
少女は門の鉄格子をつかんだ。
がしゃん、と大きな音がする。
門番が困ったような声で止めようとするが、少女は聞かない。
家臣たちが彼女を止めようとしているが、それにも耳を貸さない。
ただ、私を見ている。
見て、叫んでいる。
「お兄様を……、お兄様を返して! この、泥棒猫!」
少女は目に涙をうかべて叫んでいる。
私は門にしがみついている彼女に近づいた。
「私が、泥棒猫?」
「そうよ、アリス姫! お兄様を返して!」
「お兄様ってどなたのことかしら?」
「ゾンダークの王子、ゼブラお兄様です! ご存じでしょう!」
「じゃ、じゃあ、あなたは……」
「私はゼブラお兄様の妹……、ライラです!」




