第1話 あまりにもロマンチック過ぎる出会い
「姫様アアアアーーーーッ!!!!
いずこへ行かれたかァァァーーーーッ!!!!」
城の方から護衛騎士ウォールの叫び声が聞こえる。
街の人々はそれを気にした風もない。
「今日もやってんなー」
「ああ、もうそんな時間か」くらいの反応。
ほぼ時報である。
私はその会話を聞きながらフードをかぶり直した。
化粧も変装もしてるから、バレないとは思うけど、あの叫びも「姫様が逃げた」ということを知らせているという効果がある。
私がその辺にいるということは彼らもわかっているのだ。
だから、顔は隠す。
それに越したことは無い。
私はこの国の王女だ。
ソリスとゾンダークという大国の中間にある、ルナエという小国の王女。
美人で破天荒な火剣の姫君、とは私のことだ。
破天荒はともかく、美人と呼ばれて悪い気はしない。
この呼び名を考えた者に労役と褒賞を与えたいくらいだ。
さて、今日はどこへ行こうかな。
街の東の市場か、それとも西の湖港で新鮮な魚を食べてもいい。
喫茶店でコーヒーを飲むのもアリ。
ちょっと冒険して、北のダンジョンに行くのも……、いや、気分じゃないな。
どうしようかな。
私はどこへ行くか考えながら街をぶらつくのが割と好きだ。
自慢じゃないが、けっこう治安の良い街だし、そこまで気を張って歩く必要が無いからだ。
でも、その時は少し気を抜き過ぎていた。
「いたっ」
「うわっ! て、てめえ、どこ見てるんだ!」
曲がり角で男とぶつかった。
冒険者のようだった。
どうにもガラの悪そうな人相だ。
なんというか、毎晩飲んだくれては誰かに怒鳴ったりしてないと、気が済みません、というタイプ。
それがパッと見の印象。
まあ、たまにはこういうのもいる。
どんな街だって完璧じゃない。
この街も例外ではないということ。
仕方ない。仕方ない。
笑ってやり過ごすのが賢いやり方だ。
「あら、ごめんなさい。明後日の方向を見ていたもので」
「ごめんなさいじゃねえ! 痛えじゃねえか!」
「……そうですか」
「ああそうだ。慰謝料はらえ、慰謝料!」
「…………えーーーと、」
「さっさとしろ、このブス!」
ぷちーん。
あ、ダメだ。私、賢くなれない。
賢くなりたくなくなってきたなぁ……。
しょうがないよね、これ。
だって、相手がさ、動物なんだもん。
ヤギかなんかがぶつかってきて、ダメだよって言っても聞かないで頭をぐりぐりこすりつけてきて、痛い。
そんな感じでしょこれ。
いや、ヤギなんてかわいらしいものじゃないか。
そもそも家畜じゃない。
イノシシとかの害獣。
そいつが、今まさに、私を襲おうとしている。
そう。きっとそう。
だって拳固めてる。
だってメンチ切ってる。
動物だったら、これは威嚇でしょ。
うん、だからそう、これは正当防衛。
だから、私、悪くない。全く。全っ然。
うん、これでよし。
これなら、怒られない。
……たぶん。
心の中で言い訳を作って、
マントの中でぎゅっと拳を固める。
「ご両人、そこま―――」
「おらァ! 火炎昇竜拳!!」
「ぎゃああああああああ!?」
害獣男に火炎昇竜拳をお見舞いしてやった。
説明しよう! 火炎昇竜拳とは!
拳を思い切り固め! 火の魔法で拳を加速させ! 相手の顎下から叩き上げる必殺技だ!
食らった相手は高確率で脳震盪を起こし、しばらくの間立ち上がれなくなる!
大変危険なのでよい子の皆は決してマネをしてはならない!
お巡りさんに捕まってしまうぞ!
火炎昇竜拳をモロに食らった害獣男はへなへなと崩れ落ちた。
ピクリとも動かない。脳震盪どころか失神している。
「ふん! これに懲りたら角はよく見て曲がることね!」
「えーっと……」
「ん?」
すぐそばに誰かいた。
害獣男の仲間だろうか。
私が彼に目をやると、彼は即座に両手を上げた。
完全に怯えた目……、いや、少し違う。
「こうしていれば大丈夫、なはず……だよな?」という目だ。
あれか、熊と出くわしたときに必死で知恵を振り絞って生き延びようとするタイプだ。
貴族というわけではないようだが、小綺麗な格好をしている。
商人だろうか。
貴族と会うような儀礼的な格好ではないが、商業上ではかなり気を使った服装、という感じだ。
そういえば、さっき私が殴る寸前に止めようとしていた気がする。
あれか、平和主義者か。
そうか、彼は賢いんだな。
いつでも人間でいられるのだ。
……ま、なにはともあれ。
「じゃ」
「え?」
「私、逃げるので。できればその人をお医者さんに連れてってくれると嬉しいな。
……嫌だったらいいけど」
「ああ、はあ。では連れて行きます」
「ありがと。それじゃ」
私は彼に片手を上げ、フードをかぶり直し、駆け付けてくるお巡りさんから全速力で逃げ―――。
「姫様ァアアアア!」
「うわっ、ウォール!?」
……逃げようとしたところで、
進行方向に突如として降ってきたウォールに進路をふさがれた。
縦に2メートル、横に1メートルを超える巨漢が目の前に現れたわけだ。
まさに壁だ。
私は急ブレーキをかけたが、間合いに入ってしまった。
ウォールの間合いは広い。
手の伸びる範囲より広いはずはないのだが、まるで遠近法を無視しているかのように広い。
私はあっという間に捕まり、小麦粉袋のように担がれてしまった。
「捕まえましたぞぉ、姫様ァ!!」
「はっ、放せー! 放せー!!」
「聞けませぬな!
今日はお客人がお見えになると、領主様も仰っていたでしょう!」
「時間までには戻るから! 約束するって!」
「姫様、すでにその刻限は過ぎておりますが?」
「あー……、えっと……」
「戻りますぞ!」
「い、いやだあああああ!」
私は叫び声を上げて、ウォールに嘆願した。
しかし私の願いは聞き届けられなかった。
なにかが届いたとすれば、それは私だった。
どこへ。もちろん父上の元である。