一、いつも通り
晴れ空の下、陽の差す中庭でバスケットをする男子生徒達。それを覗くように廊下や教室の窓から眺める女子生徒。
彼らの中で一際目立ち、プリンスと呼ばれる男がいた。彼が決める⋯⋯いや、動くだけで黄色い声援が送られている。
そのみんな注目のプリンスこそ、物語のヒーロー長門咲仁である。スポーツ万能で勉強でも順位が上位の常連ととても優秀である。そしてなんとを言ってもイケメン。
彼がボールを持ち、交わして決める。
「「キャーーっ!! 咲仁様っ、カッコイイー!」」
窓から眺める生徒たちが皆、声を上げる。
声援を送る女子生徒たちの声は中庭の男子達によく通るが、ほとんどのものが咲仁へのもの。彼がしていないとわかった時には見てる生徒が少ない。
そんなほとんどの生徒が眺める中、参考書や教科書を開いて勉強するか、本を読んでいるような生徒が1人。彼女こそが物語の主人公、黒川彩那。
彼女の見た目すごく地味、目立たない。存在感はない。だが、彼女には注目が集まる時がある。
休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴り響くと生徒達が一斉に教室へ引っ込んでいく中、彼女のいる教室は静まることを知らない。プリンスが戻ってくるからである。我先にと声をかけたいと女子生徒は構えている。しかし、彼はそんな彼女たちよりも先に1人に絡みに行くのだった。
「さーやなちゃん? 俺の活躍みた?」
「⋯⋯みてない」
「みろよー。俺のことを。お前に見られたいんだけど?」
彼は話しかけたそうにうずうずしている女に目もくれず彩那に構う。
「⋯⋯知らない。私に構わないで」
「相変わらず冷たいねぇー、ま、でもそれが彩那の良さなんだよね」
「⋯⋯なんでもいいから、どいて。邪魔しないで」
話しかけても塩対応の彼女の無視に対し咲仁はケラケラと笑いながら席に着いた。彼の絡みに周りがコソコソと喋りだす。何を話しているかなんて考えなくても分かるくらいこちらをチラチラとみなが悪口でも言っているようだ。
咲仁は気がついているのかいないのか、ひとしきりに笑って満足すると今度は眺めてくるのだ。学校ではストレートな言葉では言わないが溺愛してくる彼に困っている。
彼女は隠したいことがあった。そのために彼の隠さぬ溺愛は避けたいことであった。だか、彼は彩那が隠したい事情をわかった上で溺愛するようなことをしてくるのでとても彼女にとっては困ることだった。
放課後、家に帰った彩那は丸眼鏡にお下げ髪で前髪長めにカットした顔を隠したスタイルから一変。アップにしてアレンジでまとめた前髪と、お下げ髪をとってはできたウェーブ髪。可愛くされた髪で隠された顔の印象は変わり美少女へと変貌する。
「彩那〜? 咲仁くん来たわよ〜。降りといで~」
母は彩那が降りると咲仁と楽しく談笑していた。彼はよく来るので親とも仲が良く、母は咲仁が気に入ってる。
「おっ、相変わらずの変貌ぶり。ほんとそのままいれば可愛いのに」
「⋯⋯咲仁に 私の気持ちわかんないでしょ!」
「うん、わかんないけど可愛いもん隠すのもったえねぇじゃん」
穏やかにそんなやり取りを見ながら茶菓子と飲み物を持ってくる母目の端におきながら咲仁とのやり取りは続く。
「私が可愛いのなんて知ってるよ! このままにしてれば1番可愛いことくらい! でも⋯⋯」
「はいはい、そうだなお前が1番可愛いよ」
「⋯⋯咲仁、私が隠してる理由知ってるくせに理不尽なこと言わないで」
「⋯⋯はいはい、彩那これ行こうか一緒に」
そう言って拗ねた彩那へ差し出したそれは2枚のチケットだった。見ればそれは彩那がずっと行きたがっていたテーマパークのペアチケットでなかなか行けるところでは無い。
「⋯⋯お義母さん〜、彩那と2人でこれ行ってきていい? 泊まりでになっちゃうけど」
「え、なに何? あら、これ彩那がずっと行きたがってたところじゃない! いいわよ〜、ただいつも通りでお願いね」
いつも通りというのはきっと学生ということを忘れずにしろという忠告と、娘を想う母としての心配であろう。
「もちろん。で、彩那はどうする?」
「⋯⋯行きたい」
「よし、じゃあ来週の土曜日な」
こうしてなんだかんだ毎日彼は溺愛する彼女に週末の約束を取り付けに放課後家にやって来ては親までも巻き込んで、予定を立てて来るのだ。もちろんその約束の週末は本来の姿でなくては許されないのだった。
「あら、今週末はどこ行くんだっけ?」
「今週末は買い物ですよ。彩那の可愛い服を買いに」
「ふふっ、咲仁くん計画的ね? その服でそれに連れて行く気ね」
「⋯⋯さすがお義母さんですね。そういうわけだから今週末買った服はこの日来てこいよ?」
小学生からの同級生の彼は親が居ようといつも通りで、親とも仲が良い。
「⋯⋯わかったよ」
こんなやり取りをしていることは学校の皆は知らないだろう。なんせ、学校一のモテ王子と地味女で通る2人が実は家族ぐるみで仲良くて、地味子だと思っている彩那は本当はとんでもない美少女であるなんて誰1人気が付かない。