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苦労人(勇者)の話 4

 

 青々と茂る植物に魔法で肥料入りの水をかけていく。

 俺が入学した時はここはイクセル先生の管轄する温室で、忘れ物やら何かやらかした生徒はここで魔法無しで雑草抜きや水やりを命じられたものだ。

 時は流れ10年ほど前、イクセル先生が侯爵家当主としてすることが多くなるということで、管轄が俺にうつった。


 イクセル先生に倣い、やらかした生徒達に魔法を使わせずこの植物たちの世話をさせて幾年月、俺が入学した当初膝程しかない細枝の木は俺の背よりも高くなっているし、俺が教師となったときにイクセル先生が植えたという苗はどんどん増えてそこそこの広さの花畑を作り上げている。そして俺がこの温室を管理することが決まった日に植えた苗は立派に育ち、年々その実を増やしている。


 ほぼ毎日見ているもんだけど、ふとした時に年月を感じるものがある。

 そしてもうひとつ。


「おにいさまー!あちらの雑草抜き、終わりましたよー!」


 この子である。


「おにいさまじゃないだろう、バックリーン。」


 その昔、4歳の誕生日祝いで盛大にぶちかましてくれた、恩師の娘であるレーア・バックリーン嬢である。


 あのときの公言どおり、確かに綺麗なお嬢さんに育ったし、このアカデミーに主席入学したほど知識も申し分ない。魔法の実技に関してもその才能は抜きん出ているという。権力やお金に関しては、このまま何事もなく成長していけば成人後になるだろうけど先生からバックリーン当主の座とともに全てを受け継ぐだろう。


 けっこうな才媛なのに罰則で雑草抜き?なんて思うだろう。いやいや罰則でもなんでもない。誰もいない時にかぎってやって来ては、こうやって何かしら手伝っていくのだ。

 もちろんありがたいのだけど、そこそこの頻度なので、その時間は仲間との交友関係を深めるのに使えと言ったところ、友達よりも大事なものがあるのでと真剣な表情で返された。


「大丈夫です。聞こえる範囲に生徒はいません。」

「いや、そうじゃないんだわ。」


 このアカデミーでは、先生は先生、生徒は生徒。そこに身分の序列はもちこまないというルールがある。なので、俺より爵位が上の人だろうがファミリーネームで呼ぶ。

 ちなみに平民など、もともとファミリーネームが無かった者は、入学前に神殿にてファミリーネームが与えられる。


 つまり生徒もまた、爵位に関係なく俺らを教師として見なくてはならない。なので、兄と呼ぶのはもってのほか!


「あのね、バックリーン。俺、君の先生なのよ。入学して間もないから慣れないかもしんないけど、そこはさ、きちんとやらないとな。」

「はぁい。」


 ここは心を鬼にして言う。


 でも普段はこうじゃない。クラスにいるときや授業中、廊下で会った時はちゃんと先生と言うのだ。

 こうして誰もいないときは気が緩むのだろう。

 まあぶっちゃけ、そういうところも可愛いんだけどさ。やっぱうちの子が1番かんわいい。なんて言ったら、イクセル先生にしばかれそうだから言いませんけども。


「そういえば、」

「うん?」

「最近、お父さまの授業を受けるようになったんです。」


 この子を含む今年入学した子たちは最初は実技を教わらない。まずは基礎知識を詰めてから実技に移るのだが、それがつい最近だったのだ。

 初っ端からイクセル先生の実技とか、懐かしいなあ。俺らもそうだったなあ。


「で、感想はどうよ?」

「マリーおねえさまより優しいと思います。」

「あーそうね。」


 同じく教官からも指導を受けた身としては、とても同感。

 レーア様は幼い頃より実家に定期的にやってくる教官に魔術と剣術を教わっていた。なんせ軍預かりの魔剣士様なので、実戦的な教育だったという。

 俺も教官に扱かれたからわかるけど、まあ凄かったよね。勇者としての実力をつけるために、一時的に軍で一緒に教わった奴と仲間意識芽生えたし、今でも仲良いもん。あと旅の道中なんて一対一で教わるから、まあ厳しかったよね。


 そんな教官からのご指導を賜ったので、レーア様はイクセル先生の実技が優しく感じるのだ。


「実技も始まったばかりで導入編だから余計にそう思うのかもしれません。」


 なるほど、それは一理あるかもしれない。


「ただクラスのみんなは、無表情で淡々としているお父様を怖いと言ってました。」


 はいはい。


「家でもあんな感じかと聞かれて、肯定したら、俺たちはお前の味方だぞって言われました。」


 一致団結したんだね。

 仲が良いことで何よりだ。


 俺が生徒の時からそうだけど、イクセル先生の表情筋のなさには定評があったし、表情変えず息一つ乱すことなく精密な技術を使う魔法を見本として提示する様を見て、俺ら生徒は恐れ慄いていたものだ。

 もうね、それが登竜門なんだよ。このアカデミーに所属する以上、それを通らずして成長できないんだよ。


 つまり何が言いたいかっていうと、お前らまだまだだぞ、これからだ。


「あと、あのイクセル先生のもとで学んだ上で同じ職場に就いた俺らの担任、本当に尊敬するわ。とも言ってました。」


 そんなこと言ってんの?あいつら。最下級生だしまだまだやんちゃ盛りだけど、可愛い所あるじゃん。


 そんなかんじで二人で雑談をしてると、アカデミーの鐘が鳴った。雑談やら自主練やら終わらせ、寮に帰れという合図だ。

 そして一応、教師も終業の合図なのである。とはいっても、ここからがベテランの先生方のゴールデンタムイムなのだが。学会の準備だったり、個人研究だったり。


「鐘が鳴りましたね。」

「バックリーンのおかげで助かったよ、ありがとう。」

「いいえ、好きでしているのですから。では、一緒に帰りましょうか、()()()()()

「だから俺、先生「先生の時間は今で終わりましたよね、おにいさま。」


 とても屁理屈な気がする。時間だのなんだの言っても、肩書や立場はそう消えない。所属しているかぎり付きまとうのだ。


「ほらほら、行きましょう、おにいさま!」


 いつの間に浄化魔法を使っていたのか、俺とレーア様の土や雑草や水がついていた手やら服やらが綺麗になっているし、彼女の手には鞄が握られている。

 びっくりするほど準備万端だったので、そのまま帰ることになった。


 生徒寮と教師寮は隣合わせなので、必然的に帰り道は一緒となる。

 なので生徒と一緒に帰る先生方もたまに見るし、俺も帰ったりしている。実際、定時で帰れた際はこんなかんじでレーア様と帰ることもある。

 そういえばだいぶ前に俺が生徒だった頃、イクセル先生と何回か帰ったこともあったなあ。

 って言っても、帰るようになったのは旅が終わって復学してからだった。それまでは他の生徒と同じくめっちゃ怖い先生だし、何話していいかわからんって思ってたけど、その後何やかんやあってお互いの考えを熱く語れるぐらいにはなったからってことで、それ考えるとイクセル先生はもしや他の先生方よりも生徒と一緒に帰る回数って少ないんじゃ……?いや、だとしたらなんだ。イクセル先生は素晴らしい先生に変わりないじゃないか。だいぶ表情筋死んでるけど。


「そういえばおにいさま、」

「?」

「この間、学会があったとマリーおねえさまが昨日教えて下さいました。」

「あーはいはい。」


 植物学の学会で、まだまだぺーぺーな俺だけどそういう新人を育てるという名目で他の人の話を聞けるあの会に正体されたので出席した。

 で、それなりに偉い人達もいたし、そこそこ大きな会で人の出入りもあったため、不審者対策や警護も兼ねてマリー教官たち軍の人がいた。


「なんでも、おにいさまに自身の娘や孫を紹介する方々がいらしたとか。」

「あー……」


 いたなあ。なんとか伯爵となんとか伯爵って言ってたなあ。やばい、名前も顔も忘れてらー。


 いやね、これでも勇者だったし、妙にイクセル先生やマリー教官(+聖女様)と仲良くしてるっていう事実が魅力的に見えるみたいで、実はそういったお誘いは直接的に言われたり、お手紙で来てたりする。

 まあ年も年だしさ。もう30代中盤よ、俺。


「てか、何でそんな話に?」


 と言ったけど、そうだ、マリー教官ならそんな場面見たらそりゃレーア様に伝えるだろう。

 なんせマリー教官は俺にレーア様とどうこうなってほしいみたいだし、そもそも教官が愛に生きる人だし。


「うん、マリー教官だもんな、そりゃ言うな、うん。」

「昨日おねえさまがいらして、夕食をみんなで食べたんです。そのときに。」


 てことは、バックリーン家の夕食で俺のそんな話題が出た、と。えーなんか恥ずかし。


「お父さまは何もおっしゃっていませんでしたけど、お母さまは、おにいさまは内面も魅力的だからとおっしゃっていました。もちろん、わたしもお母さまに同意です。」


 アスタ様って本当に言葉がうまい。内面も、と言われるとその他も、と言われてるようでとても気分があがる。本当に素晴らしい方だ。アスタ様は社交界で褒めたたえられ、庶民からは慕われていて、その事実を疑いようのないお方だと思う。

 ちなみにイクセル先生と関わったことがある人間からすると、あの先生が慕い結婚したのだから相当デキた人だというのが共通認識です。


「あ、おにいさま、お母さまに鼻の下伸ばしてはだめですよ。」

「いや、してないんだけど……。」

「お父さまに消されてしまいますよ、物理的概念的に。」


 あのイクセル先生だしな、と考えて否定できない自分がいます。


「それに、おにいさまにはわたしがいますでしょう。」

「はいはい、そうですねー」

「もう!そうやって流して!」


 このぐらいの年の子にそういう風に言われてそのまま受け取るのはさすがになあ。

 立場だったり年齢だったり、そういうの考えちゃうぐらいには俺も年を食ったってことだ。

 アスタ様もこうやって悩んだりしたのかな。


 ふと隣に人の気配が無くなったと思ったら、俺の少し後ろでレーア様が立ち止まっていた。


「おにいさま」

「何?」


 この時間になると、この通りはほとんど人が通らない。

 レーア様のよく通る声が響く。


「4歳のあの日、おにいさまに告げた事ウソではありません。そしてそれは今でも変わりません。わたし、おにいさまが好きです。」

「ああ、うん、ありがとう。」

「わたしが兄としておにいさまを慕ってると思っているでしょう?違います。ひとりの女として、男であるあなたを愛しているのです。そこに年齢も立場も爵位も関係ありません。」


 そう告げたレーア様は、まっすぐ俺を見つめている。


「いや、あのね、そうは言っても俺と君は教師と生徒だし、爵位に関しては本来ならば君の方が上だよ。」

「今はそうでも、数年後は違います。あなたは勇者なのです。その立場は尊いものであり、我ら侯爵も目ではないのです。」


 そりゃ卒業すれば教師と生徒という括りはなくなるけど、今は違うじゃんってことなんだけど。


「そうそう、そもそも俺のことずっと『おにいさま』って呼ぶじゃん!」


 なんかそう呼ばれることに不満を持っていて責めてるような言い方になってしまって申し訳ない。でも、そうなのだ。ずっとおにいさまなのだ、そりゃそう呼ばれれば兄という気持ちが芽生えるのもしょうがないだろう。


「あまりにも早い段階でお名前を呼んでアピールして、おにいさまに距離を置かれてしまうことを危惧しました。物理的に近くにいないと守るものも守れませんからね。」


 物理的な距離かあ。10歳以上も年の離れた子に守られるなんて言われるとは思わなかった。

 それ以前に俺、勇者なんだよね、だからどっちかっていうと俺が守る側なんだよね。


「いやあのね、俺こんなんでも元勇者でさ、そこまで力衰えてないしさ、守られる側よりも守る側なんだけど……」

「そういう意味ではありません。」


 ぴしゃりと言い返された。ひえ。


「好きな方の近くにいたいですし、おにいさまに寄って来る人間を選別し、必要に応じて消すためにもやはり近くにいた方が良いということですよ。」


 最初は良かったけど、最終的には物騒な理由だった。

 おかしい。小さい頃は明るくて元気いっぱいなお嬢さんだった。ところがほの暗い影の部分がときたま垣間見える子になってしまった。

 消すって、まあ、そういうことだよねきっと。


「わたしが結婚できるようになるまであと1年しかないですし、そろそろおにいさまにちゃぁんと意識していただきたいので攻めていこうと思います。」


 目に妖しい光を宿し、俺に近づいてくるも、どうしても体が動かない。

 そして目の前にやってくると、俺の首元をその華奢な両手でぐいと引かれる。


 ほんの一瞬だった。彼女が俺の唇のぎりぎり隣に、その唇を寄せたのは。


「あなたの唇は結婚式まで取っておきます。それと、今日からあなたをお名前でお呼びしますね。」


 ぎりっぎりの距離でそんなことを言い放った彼女は、俺が今まで知っていたレーア・バックリーン嬢とは全く違うのだと思い知らされた。










 *









(……はぁ。)


 あんまりの緊張感からか少し昔のことを思い出していた。

 恩師の娘さんが1年ほど前、帰り道に告白と言う名の啖呵を切って来たあの日だ。あの日から全てが大きく変わった。

 俺を名前で呼び、ほんの些細な会話で笑い、俺を好きだという彼女に陥落したのは仕方がないはずだ。

 彼女への想いに自覚した俺は告白したのだが、次の日には婚約者になっていたし、もともと用意してたのかな?っていう段取りの良さで結婚式が用意された。きっとバックリーン家だからこんな急だけど用意できたんだよね、そうだよね?怖くて未だに聞けない。


 ちなみに彼女は本日をもってレーア・バックリーンではなく、レーア・オーバリとなった。

 オーバリはマリー教官の祖父でありアスタ様の義父が治めていたのだが少し前にお亡くなりになった。そして前オーバリ侯爵夫人の養子となり、オーバリを女侯爵として継ぐことになり、俺はそこに婿養子として入るとのこと。

 ちなみにその時ですが、「以前言ったではありませんか。あなたを守る権力を手に入れ、豊かな生活を送っていただくようお金を手に入れると。」と真顔で言ってました。それで女侯爵になるとは凄いの一言につきる。

 その後イクセル先生とアスタ様と3人で少し話したけど、アスタ様には「あの子はとてもイクセルに似ているから……いつでも相談に乗るわ。」としみじみと言われた。ぶっちゃけアスタ様と俺のこっち方面での共通点は多い。その一言にああ、苦労したんだな、というのが分かったので、俺は深く頷いた。ちなみにその時イクセル先生はいつも通り無表情だったし何も言わなかった。


 いやはや、いち地方領主の次男がまさか勇者になるわ、恩師の娘さんと結婚するわ、侯爵家に婿入りするわ、こんな人生になるとは思わなかったわ。


「緊張してます?」


 ふと俺を見上げてそういうのは、最高級の布と糸を使い、また希少価値の高い宝石を何個も縫い付けてできたウエディングドレスを身にまとった、衣装にも劣らない美しさを持った花嫁さん。

 はいはい、のろけですよ、いいじゃないか、自分の妻になる人を美しいって言ったって。


「そりゃするよ。でも、俺たちが大切だと思う人たちに祝福されて、君と結婚できるっていう嬉しさの方が強いなあ。」

「そう言っていただけて良かったです。こちらとしても10年以上頑張った甲斐があります。」

「その時から俺ってだいぶ年取ったわけだけど、本当に大丈夫?」

「そうして年を重ねてきたあなただから良いのですよ。幸せにしますね。」


 おっさんだけど、彼女のかっこよさに胸がときめいたわ。

 いや、そういう場合じゃないわ。さすがにやられっぱなしじゃダメだわ。


 てなわけで、その柔らかな頬に手を添えて、少しかがみ、口付ける。

 以前彼女に口づけられたとき、唇は結婚式に取っておくのだと言われた。だからこそ、今すべきなのだろう。


「ちがうよ、一緒に幸せになるんだよ。ね?レーア。」

「……はい。ええ。そうね。ニクラス。」


 そんな俺たちを見て、周囲は一層祝福の声をあげる。誰もかれもが俺たちを笑顔で祝福している。

 この幸せはけして忘れることはないだろう。

 俺とレーアは体を寄せ合い、2人で笑った。

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