苦労人(勇者)の話 3
無事アカデミーを卒業し、俺は晴れて教師となった。
新入生はいいとして、去年までは後輩として接してきた奴らに対して教師として勉強を教える立場になったのはちょっと面映かった。
あと勇者効果があるみたいで、妙に勇者っていう存在に憧れをもってアカデミーに入ってくる奴らもいた。色々と聞かれたけど、守秘義務を行使した。まあ、勇者制度がそもそもこの世界の人間の責任でもあるし、そいつのやらかしのせいで後世までだいぶ迷惑かかったしな。王家から秘匿するように言われたので、言いません。だって王命に背いて死にたくない。
そして当たり前だけど、あのイクセル先生と立場が同じになった。イクセル先生に先生と呼ばれて自分のことだと思わずスルーしたこと数知れず。だってイクセル先生には、お前とか、名前でしか呼ばれなかったから。近くにいる生徒に、「イクセル先生に呼ばれてるよ」って言われるのが恒例行事となりました。今は教師としての自覚も出て、イクセル先生が同僚だっていうのもちゃーんと理解してるのでスルーすることはないけど、面白がってる生徒たちが「呼ばれてるよ!」と言ってくる。ネタだよな。
そんでまあ、教師となったのでやることが増えた。課題の採点だったり、明日の授業の準備はもちろん、下っ端のため雑務が回ってくる。
それはまあしゃーない。何十年という歴史がある上に高位貴族を相手にしていて資金が潤沢な学園なら事務員も沢山雇えるだろうけど、うちはそうじゃない。何せできたてほやほやのアカデミーで、まだまだ外部との信頼関係とか協力関係、平たく言えばスポンサーなんていない。だから自分らでやるしかないのだ。
上に上がれば上がるほど生徒や授業の受け持ち数が多くなるし、外部へ講師に行ったり研究結果を発表したりと多忙になる。先輩の先生方が目の下にクマ作って「これお願いできる?」と言われたら、はい、としか言えない。
そんな感じでアカデミーで数年過ごしている中でそれはおこった。
その日はイクセル先生の娘さんのお誕生日パーティーにお呼ばれしていた。
御歳4歳になる娘さんである。
生まれた時から知っている娘さんなので、毎回誕生日パーティーに呼ばれるたびにこんなにおっきくなってと感慨深いものである。
ちなみにパーティーだけど、知り合いだけの少人数でごぢんまりとした規模なので、俺は気を遣わなくて良いから大変楽である。
「やあ、飲んでるかい?」
そう言ってワイン片手にこちらにやって来たのは言わずもがなのマリー教官。あと横には安定で聖女様がいる。
「教官、聖女様、お久しぶりです。」
「お久しぶりです。アカデミーで先生として忙しくしていると、マリー様から聞いてます。」
「あ、はい。」
俺の同僚であるイクセル先生から聞いてるんじゃなくて、教官から聞いてるってあたりがぶれねー。なんて内心思ってるけど、そんなのおくびにも出さずに声を掛けてくれた聖女様に返事をする。
昔に比べたら聖女様もだいぶ落ち着いたと思う。
教官と付き合って長いし、年月と共に余裕が出て来ているんだなってのがわかる。そこかしこにメイドさんがいて、しかも今まさに空になった俺のグラスを下げに来たメイドさんが、頬をほんのり赤くさせながらちらちらと教官を見ていても聖女様は眼をギラギラさせたりしてない。これが本妻の余裕、か。
「兄上から聞いているよ、何かと雑務を任されているけど、根も上げずに頑張っていると。」
それは、はい。だって明らかに俺より業務量多くて、草臥れてるならまだしも廃人気味な先輩先生方に頼まれたら拒否できないんで。
「あと生徒たちから人気もありよく話しかけられていると言っていたな。」
それはなめられているの間違いじゃあないですかね。
あとはイクセル先生と比べたら、他の先生方みんなが話しかけられていると思います。だってイクセル先生無表情で怖かったもん。今はそんなことないって分かってるけど。でも生徒からしたら、実力あるし無表情だしで話しかけにくいんだよなあ。俺も最初そうだったから分かる。
「お義兄様は高名な魔術師であると共に侯爵家の当主ですから、生徒のみなさんも話しかけにくいのでは?」
聖女様の今のおにいさまってなんか別の言い方で聞こえたんだけど、俺だけかな。
え、教官それについてつっこまないの?「それもそうだなあ」なんて普通に会話しちゃってるけど。
てか、イクセル先生は聖女様が義理の妹って認識でいるの?そこらへん聞いたことなかった。いずれ聞いてみよう。
そして聖女様が大好きな揚げ菓子があるということで、二人はそちらを食べに行った。
そんな仲睦まじい姿を見せる二人が微笑ましいけど羨ましい……。いいなあ。
「おにいさまー!」
「んがっふ!」
膝後ろに突如として感じた衝撃につい変な声を出してしまった。
幸いにして先ほどグラスは下げてもらい、その後は何も手に持ってなかったから食器をがっしゃーん事件を起こすことなく済んだ。
「レーア、失礼よ。」
こちらにやって来たバックリーン夫人に嗜められたのは、足に突撃してきたイクセル先生と夫人の娘さんにして本日の主役レーア様。
このお嬢様、けっこう元気いっぱいな方でそこら辺は姉のマリー教官に似ている。
レーア様は夫人に言われると俺の足から離れ夫人の横に立ち、きちんと謝罪と共に今日来てくれたことへのお礼を述べた。
身内などの近しい人間にはつい甘えてしまうけど、夫人の教育のたまものか侯爵家の娘として弁えているらしく外ではちゃんとやってるらしい、というのが教官談。
それでいうと、俺は身内枠だな、なんてったって生まれた時から知ってるし、兄と呼ばれてるし。突撃くらうし。
「おにいさま、お久しぶりです!」
「ああ、はい、そうですね。いつぶりだろう「6ヶ月と11日ぶりです!」
思ってたより細かい数字で返事がきた。
え、俺、そんな風に数えてなかったよ。
これは……そうか、あのイクセル先生の娘さんだからきっと記憶力が良い上に数字に強いタイプなんだ。
凄いじゃないか。
「おにいさま!マリーおねえさまと聖女さまとお話ししてたんですか?」
「はい。あの2人は仲良いですよね。」
「喧嘩はあるみたいだけど、なんやかんやで元サヤに戻るのよねぇ。」
と夫人。
高位貴族だけど、夫人はけっこう話せる人だ。
最初恋バナふられた時はびっくりした。貴族特有の抽象的な言い回しではなく、こんな感じであけすけに、それこそ市井で交わされるような言葉で話すだなんて誰が想像できようか。
夫人に憧れる貴族の方々はきっと知らないんだろうな。
まあ俺は砕けた話し方をする夫人が好きだけど。
いえ、恋愛的な意味では無いです。けして。はい。
そして当たり前だけど、夫人は2人の交際を認めてるし好意的だ。もちろん、イクセル先生も。
「……羨ましいです。」
ぽつり、とレーア様がそう言う。その目線の先には、聖女様が切り分けたタルトを教官の口に運び、教官も当たり前のように受け入れていた。
誰がどう見ても美男美女カップルだ。どこも否定するところがない。1枚の絵画のようだ。
あんなの見たら、確かに羨ましくもなるだろうな。
「喧嘩するほど仲がいい、とお母さまがよくおっしゃいますけど、あの2人のためにあるような言葉です。」
ほんと、そうですよね。おっしゃるとおりだと思います。
「羨ましいですよね。」
喧嘩してバイバイにならないってことは、それで切れる絆ではないし、それ以上の相手がいなくてお互いがお互いにとって最上の相手ってことでしょ。
そういうのは憧れるし、やっぱり羨ましい。
「……おにいさま、誰かお慕いしている方がいらっしゃるのですか?」
「いえいえ、いないです。」
私生活それどころじゃないんです。
「あと11年お待ち下さいね。それまでにわたし、仕上げてきます。」
ん?
「外見の美しさも、内なる部分である教養も、全て学び最上のものを手に入れてみせます。」
え?
「あらゆるものからおにいさまを守る権力や、おにいさまに豊かな生活を送っていただくためのお金も手に入れます。」
お?
「この世に生まれたときからおにいさまのことをお慕いしてます。なので、11年後の誕生日に結婚しましょう。」
びっくりするほどのいい笑顔でレーア様はそうのたまった。
その後だって?
そりゃもう大変でした。
聖女様は微笑んでるし、教官はおめでとうってばっしばし叩いてくるし、夫人は放心してるし、夫人の様子をおかしく思ってやってきたイクセル先生にレーア様は良い笑顔で結婚を申し込んだなんて言うから先生にめっちゃ睨まれたし。待って、俺悪くないです、娘さんはこうおっしゃってますけど、俺たぶらかしたりしてません。
「先生、誤解です!」




