娘にして妹なのだがどちらの立場でものを言うべきか
小さい頃から可愛いのが好きだった。
母上が買ってくれた赤いリボンのクマのぬいぐるみ、庭によくくる小さな青い小鳥、フリルやリボンがたっぷり使われたドレス。
子供の頃はそういった可愛いものに囲まれて過ごしていた。
歳が上がっても相変わらずだったが、ドレスやリボンだけに留まらなかった。
可愛いドレスやリボンを身にまとった女の子を見ているのが幸せに感じた。その艶やかで柔らかい髪に触れたらどれだけ幸せなのだろうとも思った。
そして転機があった。
幼い頃から体を動かしたり、あちこち見て回ることが好きだったので、少年のようなだいぶラフな身なりをして結構な頻度で下町を見て回っていたのだが、その過程で二人の暴漢に襲われそうになってる女性がいた。当時子どもだった私はそいつらに石を投げつけ、女性の手を引き逃げることで精一杯だった。
とにかく大通りに出て、とりあえず良かったと安堵したときだったよ。
「助けてくれてありがとう、小さな騎士さん!」
刺繍の素晴らしいドレスでもシルクのリボンでもない、砂がついたワンピースに髪を隠すようにつけられた三角巾と紅もついてない唇、そんな女性を可愛らしいと思った。
恐ろしいことがあったにも関わらず笑顔を見せ、小さな子どもに礼を言うその女性が愛らしいと思った。
「きっとあれが私の初恋なんだろう。」
かつての記憶を兄にして義父となった男に聞かせるも、いつものように表情を変えずに紅茶を啜っている。
しかも目も合わせずに!
「つまり、私と兄上の初恋は年上の女性ということだね!」
「なぜつまりになるんだ。」
さっきまでだんまりだったのに、やっと話した一言がそれだった。しかも呆れ気味である。
久しぶりにあった親族なのに酷いではないか。
「兄上は初恋の人と結婚までしてる。とても一途だね。」
「いや、話聞け。」
実は兄上は大道芸人だった。その時にちらりと見えた美しい母上に一目惚れしたそうだ。そして魔力を使い芸をこなす兄上の能力を買って祖父がバックリーン家の養子にしたという。せめて身元を確認してからにすればいいものを、と当時は思った。
好いた相手の養子になると色々やりづらくはないか?と聞いたとき、後でどうとでもできる。とりあえずそばにいれるから良いということ。それもそうか、と思った。出会いや過程はどうであれ、最終的にどうにか出来ればいいという考えは同意しかない、と思ったものだし今でも思っている。
「ともあれ、初恋の女性は私に人生の方向性を教えてくれた。強き者はウケがいいと!」
「ほんと人の話を聞か……うん?」
「もちろん頼られる方がいいという方もいるだろう。しかし有事の際に守れるのだから力はあるに越したことはない。それに絵本でもあるだろう?騎士が悪者を倒してお姫様と結婚するのを!だから私は軍に入ったんだ。」
「そんな動機だったのか。」
「動機といえば、兄上だって母上に手を出しそうになるからとアカデミーを……おっと睨まないでくれよ。すまないすまない。」
兄上の不機嫌な眼差しには慣れているので軽く往なした。
なんでも軍服マジックというものがあるらしくさらに見目良く見えるらしい。そして休日の日にかっちりした軍服ではなく、ラフな私服を着ているとプレミア感が出てなお良しと。これを利用しない手は無いではないか。
女性は人の良いところを探すことが得意なようだ。
「マリーは髪切ってからが爆発的だったな。」
母上までとは言わないにしろ、そこそこ長い髪だった。
しかし一つに結い上げるとはいえ訓練の時に邪魔なのだ。そのため思い切って首元でばっさりと切ったら、女性に大好評だった。
ちなみに同僚のエリオットの妹さんに切ってもらったのだが、真っ赤な顔をして大変愛らしかった。次の休みに食事でもどうかと言ったら、何でかその時その場に居合わせたエリオットがとても怒っていた。とてもうるさかった。そしてエリオット家に出禁になったのが解せない。まあ家が出禁でもやりようはいくらでもあり、些末な事態なのだが。手を繋いだだけでも照れてしまう可愛い子だったが、私なんかがマリー様に相応しくないと言われて振られた。相応しいかどうかは私基準だし、私が望んで側にいるのだからと言っても聞き入れてもらえずに泣く泣く別れた。
落ち込みながら私が言っているにも関わらず、同僚たちはエリオットを中心に肩を組み笑顔でエールを酌み交わしてた。そして別れた記念に乾杯と言っていた。くそったれ。お前らの奥さんや彼女らを奪ってやろうか、と冗談で言ったら怒る奴らと涙ながらに辞めてくれという奴らがいた。全てお前らが悪い。くそが。
「そういえばマリー、王女とも付き合ってたな。」
「そうだな。しかし私は一軍人、添い遂げることはできぬと分かっていたさ。」
「いや軍人以前の問題……」
「あの別れはお互い未練が残った。」
「食い気味に言うな。まあ、そのわりに数ヶ月で聖女をものにしただろう。」
恋に落ちるのに日数など関係ないのは、一目惚れをした兄上もわかっているだろうにおかしなことを言う。
「お前のことだ、すぐに振られるかと思ったが、聖女とは続いてるようだな。」
「……嫌なこと言わないでほしいな、兄上。」
確かに、今までの子たちは長く続かなかった。だが今の彼女とは最長記録を更新してる。
意見の食い違いで喧嘩もするけど、そのたびになんとか乗り越えていってる。これをもって最後の恋、永遠の愛としたい。
「兄上は私に辛口すぎると思う。」
「そうか?」
無自覚とは恐ろしい。
ちなみに兄上はこの家に来た当初から私に対してこんな話し方だった。あと母上に対しては今と変わらずだった。表情はさておきに慈しむように話し、母上が何かを持とうものなら奪い取り自然とエスコートする。そんな男だった。そのスマートさもとても勉強になったし、他の人間と大切な人への態度のギャップも学ばせてもらったので感謝している。
「本当、兄上がバックリーンを継いでくれて良かったよ。あのままでは母上も危なかっただろうし。」
我が祖父ながら紳士の風上にも置けぬ輩だった。そんな人間、バックリーン侯爵家当主にも、母上の相手にも相応しくない。
「母上にはこれから穏やかに暮らしてほしいと願っているよ。」
女である私の趣味嗜好を尊重してくれ、入軍することも許してくれた。私という個を尊重してくれた母上には幸せになってもらいたいのだ。
「うーん。穏やかねえ。あ。」
とそこで部屋の扉が開かれる。そこには、シンプルながらも手触りの良い生地で作られたドレスを身にまとう母上がいた。そして安定的に兄上がすぐに立ち上がり、母上のもとに行く。
「お早いですね。」
「そんなに時間はかからないわよ。」
表情筋皆無の兄上とは対照的ににこにこと微笑みながら、自然にエスコートを受けて、対面のソファに座る。そしてもちろん、その隣には兄上が座った。多分アカデミーの教師生徒たちが兄上がこんなに甲斐甲斐しく妻の世話をしている様を見たら卒倒すると思う。
そしてすぐに使用人が母上にホットレモンを出した。母上は実は紅茶があまり好きではない。砂糖を入れても渋いらしい。なので家ではよく暑い日にはレモンスカッシュ、寒い日にはホットレモンが出された。
「マリーは変わりない?」
「はい。充実した毎日を過ごしてますよ。母上は?」
「そうねえ……」
そこで言葉を切った母上。
何だ、どういうことだ、何かあったのか、もしや離婚の話がでているとでも言うのか?結婚したばかりではないか。もしや母上は表情筋が死んでいる兄上に愛想が尽いたのではなかろうか。まあ、始終この調子では母上もつまらないだろう。そうかそうか。
「なるほど、わかった母上。私が責任持って母上の夫に相応しい者を見繕う。なに、他国の王子とも知己となったのだ、あちらの良き男を紹介してもらおう。」
「いやいやいやいや、待てマリー!俺がいるのになぜ他の男を紹介する?なぜそうなる、おかしいだろう。」
凄い勢いで立ち上がった兄上が大きな声を上げる。
「おかしい?母上は兄上と離縁したいのではないのか?常に単調な兄上と充実した毎日ではなく、愛想が尽いたのでは?」
凄い勢いで兄上が母上を見た。
母上は困ったように兄上を見上げ、その後こちらを見た。
「マリー違うわよ。私はイクセルと生涯を共にしたいと思ってるわ。だから落ち着いてね。」
落ち着いて、とはどちらに向けていった言葉なのだろうか。さりげなく母上が兄上の腕に触れる。それだけで兄上の機嫌が目に見えてよくなり、すとんと腰を下ろした。気持ちさっきよりも母上に近い。もし犬のようにしっぽがあったならば、もの凄い勢いで振っていたことだろう。
「勘違いされる言い方をした私が悪いわね。」
「いいえ。勝手に勘違いしたマリーが悪いのです。貴方は何一つとして悪いところはないです。」
「ちょっとイクセル、静かにしててちょうだいな。」
「はい、アスタ。」
とても力関係がわかりやすい。惚れた弱みか。
「あのねマリー、私妊娠したの。だから貴方はお姉さんになるのよってことを言いたかったの。」
「……え」
「そういうことだ。子ども一人増えるのだ、暫くは穏やかな毎日とは言えなくなるだろう。もう勘違いするなよ、絶対にだ。」
兄上がとてもとても太い釘をさしてきた。
それはそうだ、と変に脳内で突っ込みをいれてしまった自分がいる。
そう言えばいつもならきっちりと服を着ている母上にしてはシンプルなものだったし、よくよく見てみれば腹を締め付けないデザインのドレスだった。
腹部を見てみるが、膨らんでいるようには感じない。だが、いるらしい。ここに私の妹か弟かはわからない存在が、いる、と。
なんだか漠然と兄上は草食男子だと思っていた。だって、初恋期間が長かったし。
「兄上。」
「何だ。」
「意外と肉食系なんだな。」
なぜか母上が照れていた。結婚や妊娠の話をしているのだからそういうことをしているのだと分かるのに、これは無しなのか。直球といえば直球なのか、淑女たる母上には刺激が強い言葉なのだろう。覚えておこう。ちなみに兄上はそんな母上を見て言葉に出さずにとても喜んでいた。自分のことで相手が照れる姿を見るのは存外嬉しいものなのは分かる。
「うーん。私が姉になるのか。妹期間が長かったからなあ。驚きが勝る。」
「私もまさかこの年で授かれると思わなかったから驚いてるわ。」
「でも産むんですよね?」
「もちろん。」
年が上がれば上がるほど出産は大変だと聞くし、母上も分かっているだろうに子を産むと決めているのだ。そして兄上もその願いを叶えたいと思っている。きっとあの手この手その手を使ってどうにかするだろう。外野が心配することなど何もない。
「でしたら私は母上とその子を家族として支える事を誓います。」
「ありがとうマリー。」
ああ、兄上の子となるのだから、その線でいくと私から見たら甥か姪か。母上との関係では妹か。若干ややこしい感じだが、そんなこと些末なことだ。この関係に名前がなくても、母上と兄上が幸せならそれで良い。
二人とも苦労してきた。貴族の女としての人生を捨てるし軍人になるし、私のせいで母上がいらぬ苦労をしたことも知っている。兄上は本来なら私の夫となるべくして養子に迎え入れられ、後継者を作る為の人間として見られていた。ゆえに様々な悪意にも晒されていた。
だから私は、私の持つ全ての力を持って、二人を守りたいと思う。
「遅れてすみません、母上、兄上、おめでとうございます。」
そうして母上を抱きしめた。小さい子頃はとても大きく感じた母の肩が、今ではとても華奢に感じた。
あと、兄上がめっちゃ睨んできた。心の狭い男はすぐに離縁かよくて別居だぞ、と後で教えようと思う。




