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似たもの同士 04

久しぶりにイクセルからの入りです。

 この国に聖女が現れたということで、何かの折にちらりと見たら、まあ不穏な色の力を纏った娘だった。聖女というのはどういった基準で選ばれているのか分からないが、さすがにあんな力を持つ者が聖女などとは誰も思わないだろうし知りたくもないだろう。さして興味がなかったのだが、何せ聖女なので聞きたくなくても情報が入ってくる。曰く、もともとはどこか田舎の村娘だったが聖女となり、教会で日々勉学に明け暮れ祈りを捧げている、と。早々に聖女の教育係にと打診があったが遠慮なく断った。アカデミーの教師で手一杯で聖女を教えることなどとてもではないが出来ない、そう言えば教育係にという話はなくなった。俺はアカデミーの創立者にして教師なわけだが、まだまだアカデミーは人手不足のくせに生徒になりたいという人間は多い。天秤にかけたら俺をアカデミーにおいておくのが良いと判断したのは明白だった。

 なんてことを言ったが、実際のところそれが問題ではなかった。バックリーン家。前バックリーン侯爵が亡くなり、さらに前の代のバックリーン侯爵がとりあえずで自身の領地とここを兼任することになった。とはいえ本人は文官でもあり領主であり、こちらの領地に不足分が出てくるためそれを補うのが前侯爵の妻であるアスタ・バックリーンが補佐となった。彼女を支えるには余計なものを抱えたくなかった。まあアカデミーは色々と爆発しそうで創っただけでさっさと引退しようと思ったが、アスタが喜んでくれているのでこれは例外の仕事である。


 アスタとの出会いは、大道芸をしているときだった。それ以前の俺は生まれ育った黒の谷が滅び、そのまま国にいたらこの力ゆえに大魔術師と呼ばれるようになった。あの時の俺は青二歳で色々とやらかしたら殆どの力を封印され只人の子どもの姿にされてしまった。それから幾年月が過ぎて徐々に封印をとき力が戻り、俺が大魔術師であり黒の谷出身であると人々が忘れた頃、またやらかして奴隷となりこの地で大道芸人に売られた。魔力は戻っていたのだが、これはこれで楽しかったのでそのままでいた。いつものように芸をしていたら、そこで初めてアスタを見た。結い上げた髪の毛に落ち着いた色の服で派手な装いではないが、こちらを見て控えめに笑う姿に衝撃を覚えた。あれは絶対に目があっていたし、俺を見ていた。人を俺の配下に置くのは当たり前だったが、初めてそれを覆された。彼女の唯一になりたい。彼女のもとに俺だけが侍ることを許可してほしい。それからは行動が早く、簡易的だがオロフ・バックリーンに魅了魔法を使い、彼女の義理の息子として転がり込むことに成功した。禁忌の魔法を使ったために寿命をごっそり取られたが、それでも人間よりは長生きする。これでは彼女との別れが早々に来てしまうので、いずれ彼女も俺と同じくらい長生きできるようにしようと考えた。


 彼女はマリーという娘がいた。活発な子どもだった。地頭がよく要領がいい人間だったので、早々にアスタに対する気持ちを打ち明けたら、応援すると言われた。

 マリーはアスタとは違い、中性的な美しさを持つ見目をしていた。それが分かっていて、沢山の女を虜にしていたし沢山の女をモノにしていた。一応一途なのでその時の相手を大切にしているが、毎度別れを切り出される。そしてすぐに次の相手ができるがまた破局する、そんな繰り返しだった。歴代の女など把握していないが、噂では結構な数であることがわかった。アスタに一途な俺とは大違いだ。

 そうしてついに王女と関係を持ったと聞いた。さすがにこれはアスタも驚いたようで、マリー本人に聞いた時何も言えず固まっていた。こんな風に驚くアスタも可愛いと思った。まあ分かっていたが、その後王女にフラれていた。その後暫く女と付き合っていなかったが、なんとあの聖女を手に入れたと聞いた。あの、悪い意味でも異質な力をもつ、聖女。とりあえず様子見をすることにした。


 聖女が現れ、その次に勇者が現れた。それと同じ頃、王子や公爵子息や侯爵子息が聖女を我が物にしようと奮闘するようになっていた。マリーは目に見えていらいらしていたし、それを発散させるかのように勇者に対して厳しく指導していた。勇者は教官としてあえて厳しく教えているのだと勘違いしていたが、それで困ることはないのでそのままにしていた。


 古代龍の封印が弱まってきているということで、再び施す一行に加わるようにと王命を受けた。アスタの周りでは不穏な動きがあるし離れるわけには行かない。迷うことなく断った。かわりに勇者の師であり、魔剣士として名高いマリーを推したところ納得していた。

 聖女と共に旅ができるということで、マリーに骨が砕けるんじゃないかというくらい力強く抱きしめられ感謝の言葉を述べられた。それからはいらいらするほど幸せそうだった。こっちは進捗がなく、しかも懸念事項がありまくりだったのに。くそが。


 そんなこともあったが、色々あってやっとアスタと結婚できた時は感動して泣きそうになった。他の人間は俺の感情の機微が分からなかったが、アスタだけが理解してくれていた。さすがは俺の唯一。


 驚いたことにマリーは聖女と続いていて、うちで正式な顔見せを行った。結論、聖女は俺と同じでいかれている奴だった。同じ破綻具合にむしろ好意を持てるほどだったため、家族としてうまくやれるだろう。なによりアスタが聖女を可愛がっていたし、聖女もアスタを慕っていた。アスタが良いならそれが良い。


 勇者だが、俺の生徒でもあった。それなりに出来るやつだったので、意見を交わしたし、それはうちに呼んでまですることがあった。


「イクセルが誰かと仲良くするなんて初めて見たわ。」


 確かに、と考えた。アスタとマリーは数に入らない、聖女は別枠、そう考えるとあいつは貴重な存在と言える。

 アスタがにこにこと笑っているし、あいつと話すのは俺も楽しい。良いこと尽くしだなと思った。


 その後アスタとの子どもが生まれ、以前よりは忙しい毎日だった。アカデミーの教師としては引退し、かつての生徒にして勇者に引き継がせ、自分はバックリーン侯爵として働いていた。子を育てながらも俺を補佐をするアスタは素晴らしい妻にして母親だと人々より賞賛されていた。そうだろうそうだろう、わかっているじゃないか。ただ本人は謙虚に否定していた。そんな控えめな態度がさらに人の目に好ましく映っているようだった。


 アスタは子を産むにはリスクが高くなる年齢だった。何かあってからは遅いし、もともと彼女の寿命を伸ばそうと考えていた。これは丁度いいと思って色々いじった。腹にいた子に何か影響があるかもしれないが、アスタが健やかであればそれで良い。その甲斐あってか無事に子どもを授かることができた。それから時が経っても以前と変わらず相変わらず美しいままのアスタだったのだが、本人が違和感を覚えてしまったため全てを話すことになった。


「貴方はとても凄い人で長生きで、私を心配して健康で長生きできるようにしたということ?」

「はい、アスタ。」

「まあ。私に何も言わずに……」


 困った人ね、と笑って俺の頭を撫でた。


「勝手にして申し訳ありません。」

「いいの。貴方と一緒に生きていけるのだから。」


 勝手に人の枠組みから外してしまったことを怒るわけでもなく受け入れ、少し困って、でも俺と共に生きていけることを喜んでいる。彼女に求められていることを再確認できて心より嬉しい。このままずっと彼女に侍り側において欲しい。ずっとずっと、生きている限り死ぬまで。死後の世界など信じていないが、もしあるならば死後も彼女に飼い慣らしてほしい。「そうなるとイクセルは私よりも年上になるのかしら?」「だいぶ年下に手を出したと思ったけどこれなら……」と小さな声でぶつぶつ呟く彼女の憂いが解消できたので何より何より。

 老いが緩やかになったアスタと共に生き、いつのまにか長女のレーア四歳になった誕生日にそれは起きた。娘が勇者と話している。そういえば勇者に懐いていたな、と放っておいたらマリーと聖女が喜んでいた。そしてレーアはにこにことして勇者はおどおどしてる。何かあったのかと思い、レーアの次の年に生まれた、いずれは侯爵を継ぐだろう息子を伴いその場に向かう。するとアスタが表情を硬め、呆然とその場に立っていた。マリーと聖女に息子を預けてアスタに腕をまわすもいつもならほんのりこちらに身を預けてくれるのに何の反応もない。聞けば、レーアは勇者に結婚を申し込んだと言う。アスタの驚きは俺が想像する異常のものなのだろう。彼女の心の平穏を乱すものはけして許さない。強い眼差しで勇者を見ると、さらに勇者は狼狽えていた。そんな様子を見てマリーはさらに笑っていたし、そんなマリーを見て聖女はにこにことしていた。

 そんな告白劇があってから、俺に用があってやってくる勇者に対してレーアはアピールをしていた。なりふり構わないその姿にかつての俺の姿を見て、やはり親子なのだなと思った。娘がアカデミーに入った後もそれは変わらないようだったが、教師と生徒であるため勇者が諫めたようである程度は落ち着いていた。まあ、未来の相手を探さなくてはならない家族の娘も通っているため、教師と生徒がそういう仲になることもままあるわけだが、教師となったばかりの勇者は一応気にしているようだったので何も言わなかった。俺に直接何かあるわけでもないのだから。


「私、オーバリを叙爵したいの。」


 俺とマリーと聖女とレーアの四人でお茶をしていた時にいきなりそう言った。

 頷くマリーは何か知っているだろうがそこは放っておきレーアに続きを促した。


「おにいさまは魅力がおありなのだけど、それをほかの雌が徐々に嗅ぎ取ってきているらしいの。先日なんてぽっと出の者にお誘いを受けたのだとマリーお姉様に聞いたのです。お母様もおにいさまは内面も魅力的だとおっしゃっていますし、他の雌も嗅ぎつけたのでしょう。」


 アスタが奴を魅力的などと言ったのか。それは詳しく聞かなくてはならないなと考えている中、なおもレーアは続けて言った。


「当面はおねえさまや聖女様にお力を借りまして何かと潰していますが、いつまで保つか……」


 なるほど、そういうことか。マリーが訳知り顔だった意味がわかったし、聖女の行動も理解できる。


「私が成人してすぐにおにいさまを婿に取りたいのです。地方領主の次男と言いますし、そこは問題がないとは思いますが……」

「あの方に不自由な生活になると思われたくないし、むしろ安定的な生活を提供したいのですよね。」

「はい聖女様のおっしゃる通りです。なのでオーバリが欲しいのです。」


 誰も話したことはないが、オロフとのあれこれをレーアは知っている。このバックリーンを継ぐよりも、オーバリを継ぐと言えば俺が動くのだと分かった上で言うのだろう。もちろんマリーや聖女もそれに賛同すると理解している。

 ふむ、と考える。

 あの男は許しがたい行為をした。いずれ潰そうと思っていたが、ここでそこに至るまでの道順が確定した。まああの男の夫人は特に害はないのでそのまま置いてもいい。アスタの様子を見て決めよう。あの男と同じく病死となるのか、それとも隠居となるのかどんな未来が待っているのか。


 最終的にレーアはレーア・オーバリとなり、あの勇者はニクラス・オーバリとなりレーアを補佐する夫となった。

 それまで元気だった前オーバリ侯爵が病死し、空席になったためその孫でありレーアがオーバリ侯爵を叙爵した。勇者でありアカデミーの教師でもある男が婿に入ると聞き、これは安泰だと王が判断したという事情もある。ちなみにそれはニクラスが預かり知らぬところだったが、特に言う必要性を感じなかったので黙っていた。


 レーアも黒の谷の血を引いていて、人よりも長命である。それをあの男に言うのか言わないのか。まあ言うだろうしその上であの男の寿命を延ばすのだろう。俺と娘なのだからきっとそうなる。


 娘が一人旅立ち、残った息子は寮のある学校に行き、手がかからない。たまに人が訪れるとはいえ、この家は俺とアスタの二人になった。


「落ち着いたようですし、子をもう一人もうけていただけません?」


 いつぞやの如く、アスタとマリーが庭園を散歩しているので聖女とお茶をしていたらそんな事を言われた。いきなり何だ、といえば聖女はその頬に手を当てた。


「マリー様ですが、部下たちの子どもをとても可愛がっているのです。私としては子だのなんだのと興味はないのですが、あの方が望むならば叶えたいというもの。わかりますでしょう?」


 その気持ちだけで言えばわかるので頷く。その後言いたいこともわかった。


「お母様の子となれば、きっとマリー様の面影あるはず。私が知ることがなかった幼き頃のマリー様を、私の手でお育てすることができるのです。とっても興奮すると思いません?」


 それは、と思う。俺が知らない頃のアスタ、幼い故に純粋で俺の手で思うように育てられる、こいつが言う通りだ。なんて甘美なことなのだろう。が、考え直す。アスタが、養子に出すことを前提で子を産むはずがない。


「考えておいて下さいね。」


 聖女のくせして、どろどろとした力を渦巻かせ悪魔のように笑っていた。


 俺はとくに子を望んではいない。息子が手を離れ、できるだけ早くアスタと二人でいたいから。まあ一応は話しておこう。アスタの反応次第だが、もし仮に子ができて聖女とマリーの子になりたいと言えば叶えよう。

 そういうと聖女はさらに笑みを深めた。


 こいつの考えることは、俺と同じだからとても分かりやすい。人よりも何倍も生きた人生でここまで似かよう人間がいるとさ思わなかった。同志であるがゆえ、俺の望み、喜び、悲しみ、それら全てがきっと共通する。

 提案でも何でもないが、こんな話があったのだと後ほど寝室でアスタに話してみようとは思えた。




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