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似たもの同士 03

 色々と考える。とにかくひたすら考えて考えて考え抜いた。

 そうして次の日、城へ赴いた。もちろん王に用事があるわけでも、まして王子とお茶会があるわけではない。行先は王国軍の詰め所だった。出迎えてくれたのはなんと勇者で、バックリーン様は所用があって今はおらず小一時間ほどで戻るはずとのこと。もとより約束もしていないのだから待つ心構えできたのだ。私は近くの部屋で待つので帰ってきたら声をかけてほしいと伝えて、誰も使っていないだろう部屋を借りて待機することにした。

 木くずが付いた劣化した椅子に腰かけて窓から外を見る。詰所で休憩していただろう皆が外に出て素振りや走り込みをしていた。それをぼうっと見ていると、こちらに誰かが走ってくる音が聞こえる。きっとバックリーン様が帰って来て、私に伝えようと勇者が急いでいるのだろう。立ち上がり扉へと向かうと、靴音が止み私が開ける前に勢いよく扉が開かれた。そこにいたのはあのぱっとしない勇者ではなく、かっちりと軍服を着ているのに、髪の毛が汗でこめかみやら何やらに張り付いたバックリーン様だった。こんなに汗を垂らして必死な様子は初めて見た。戦っている時でさえ涼しい顔をしていたというのに。


「お早いですね。」

「それはそうです。貴方が大分前に一人でいらして、しかもこんな粗末な部屋で待っているのですから。」

「一人ですが、途中までは神官がついてきていますし、王国軍の皆が近くにいますしこれでも聖女なのである程度のことからは自衛できます。」

「それはそうでしょうけど……」

「それに粗末などと言いますが、私が生まれ育ったところではこの部屋は上等なものです。なにせ平民でして。」

「そういうつもりで言ったのではないですが……ご不快にさせてしまい申し訳ありません。」


 さっきの鬼気迫るものはなんだったのか、一瞬にして申し訳なさそうに項垂れた。


「今日はお返事にきました。」

「……中に入っても?」

「はい。」


 部屋に入ると、バックリーン様がこちらから視線をけして離さないとばかりに後ろ手に扉を閉めた。


「王女と深い関係にあったと聞きました。」


 バックリーン様が息を飲んだ。


「立場があるゆえに王女から別れを告げられたとも。なので右も左も分からない子どものような私と関係を持って、王女を忘れようとしているのかと思いました。」


 否定や肯定、何か口を挟むことなく静かに聞いている。


「貴方がそう言ったわけではありませんが、周りの言葉を聞いて私はそう思ったのです。ひどく落ち込みましたし、恨みもしました。貴方に聞いたことではないのに、勝手なことですね。」

「聖女様……」

「教会の教えもあるので今でこそ身勝手なふるまいをせず人を導く女神の片腕たる者であるようにしているのですが、本来の私は静かに穏やかに過ごすよりも、外で体を動かすことが好きですし喜怒哀楽もはっきりとしています。好きなものは好きですし、嫌なものは嫌なのです。」


 つまり、と前置きをして、一拍おいた後にはっきりと告げた。


「貴方が王女を忘れられないとしても貴方を愛して、貴方と共にいます。忘れられないとしても、それがただの思い出とできるよう長期戦を覚悟の上で頑張ります。だから私を、誰よりもあなたのお側において下さい。」


 しっかりと目を見て言ったのだが、耐えられなくなったのかバックリーン様がそれはそれは大きな溜息をついてその場にしゃがみ込んでしまった。こちらに旋毛を見せて顔を俯いているので表情がわからない。近くに行き方に手をそっと伸ばした瞬間、急な浮遊感と共に世界がぐらりと揺れて、私の視界が上がっていた。下を見ればバックリーン様が私を見上げている。素早い動きでもって、私は抱きかかえられていたのだ。さすが国随一の剣の使い手で、私を危なげなく抱き上げるくらい力があるし体幹もしっかりしている。


「そこまで聖女様に思われているとは嬉しいです。貴方は以前に今はこういう色恋は考えられないと言っていましたけど、私はそれが当てはまらないということでよろしいのですね?」


 自分が言ったことだけど、改めて聞かされると恥ずかしい。やっとのことで頷くくらいしかできなかった。


「不安にさせてしまいすみません。以前王女様と関係があったのは事実ですが、気持ちが残っているわけでもそのことに関して貴方を利用しているなんてこと断じてありません。ええ、断じて。貴方が貴方だから欲したのです。嫉妬して下さったのですね。」

「嫉妬……そうですね。貴方にはまるで理解のできないことかもしれません。」

「いえいえ、私は嫉妬の塊ですよ。王子たちと婚姻の話が出るわ、お茶会などしているわ、しかも先日はエスコートというには親密すぎる行動を王子はしていましたし。そりゃあ嫉妬もしますって。」


 今までよりも砕けた話し方だったが、きっとこちらが素なのだろう。それを見せてくれたことが嬉しい。


「お互い長期戦を覚悟していたということですけど、戦わずして終わっていたのですね。」

「そういうことです。私は戦うことは好きですが、こればっかりは戦わずに終わったので本当に良かった。」

「まあ!」


 心底喜んでいるバックリーン様を見て私も嬉しくなる。


「そう言えば、バックリーン様ってお名前をマリー様というのですね。初めて聞きました。」

「それは……そうですけど、言いましたっけ?」

「いいえ。これもまた人から聞いた話です。女性ということも聞いてしまったのですが、貴方から聞くべきことでしたね。すみません。」

「いえ、それは良いんですけど……あーっと、全部知っていて私を選んだと?」

「そうですね。」


 これについても考えたのだけど、もとよりバックリーン様を美しいと人として認識した上で好きになったのだ。いや確かに顔から入ったのでどうなのかと言われたらそれまでだけど、今はちゃんと中身も知った上でバックリーン様という一人の人として大切に思っている。そこに性別などは些末な事実だった。そう伝えると、バックリーン様は目をぱちぱちさせた後、くしゃりと笑った。


「本当、貴方という人は……私の予想の斜め上をいきますね。」


 そうして強く抱きしめられたので、肩に置いていた手を放して、私もバックリーン様をぎゅっと抱きしめた。


 その後バックリーン様、もといマリー様と思いが通じあったのでそれはそれは楽しい毎日……ではなかった。相変わらず勇者との距離感は近いし、王子や子息たちはあの無駄な茶会に誘ってくるし、古代龍の封印にマリー様が同行すると知って嬉しく思ったのもつかの間で王女から一行に祝福が授けられた時に一目も憚らず王女はマリー様を見ているし、旅に出てもよく勇者と手合わせしているし。何なのかしら。知らず知らずのうちに目力が入ってしまった。

 古代龍の封印というか、世界を跨いだ色恋の問題を解決して、飛竜とそのお相手の方を見送り旅を終わらせた後、なんとマリー様のお母様と義理のお兄様が結婚したというのでご挨拶をしに行った。貴族はけして家門を途絶えさせることなく繁栄させなくてはいけないと言うし、そもそもお互い大切に思っているのだからそれまでの関係など気にすべくもない。


 出迎えられた先には、マリー様とは違った美しさをもつ女性がいた。穏やかに微笑むこの方がマリー様のお母様だという。ああ、失礼があってはいけない。私は王にも見せた事がないほど深く礼をすると、お母様は焦ったように顔をあげさせた。なんと奥ゆかしい方なのだろう。

 そんなことをしていると、奥の方から何か異質な空気を感じた。そちらを見ると、ぐるぐると渦巻く様々な暗い色を引き連れた表情というものがごっそり抜け落ちた人がこちらに歩いてきた。暗い色の中で、赤い瞳だけがうっそりと光っている。そうしてお母さまの少し後ろにピタリと張り付く。学ぶべきことを学んだから分かる。この人はあの飛竜とも呪いとも違う異質な力を持つ存在。如何にマリー様の兄とはいえ、危害を加える可能性は潰すに限る。マリー様に知られぬよう、後ろ手にそっと力を籠めると、その人はピクリと眉毛を動かすとお母様とマリー様に庭園を散歩するよう促した。渋るお二人だったけど、魔法に精通する者同士で話がしたいと申し出たのでお二人は庭へと向かっていった。


「言いたいことがあるのだろう。」

「はい。」


 好都合だ。

 私はその人に案内されるままに部屋に導かれた。その部屋は華美ではないものの、小物一つにとっても品の良いものだった。この家のもの全てをお母さまが采配しているという。さすがはマリー様のお母様。これから先長い付き合いになるのだろうし、色々学びたいものだ。

 ソファに座った目の前の人に促されたので、対面に座る。もちろん、いつでも魔法を発動できるようにしたままだ。


「その力、他の者は気づくまい。」


 恐ろしく白い手で魔力を貯めた手を指さされる。知られていたとしてもかまうものか。


「うまいものでしょう?これでも聖女でしたし。」

「飛竜が消え、聖女の力が消えた今でそれだけの力なのだから大したものだ。」

「それは光栄です。」


 足を組み、ゆったりと座るその人はけして動じる様子を見せない。すさまじい力を持つため、こんな風にかまえる事なく座ってられるのだろう。


「その力をしまえ、と言っても聞かないのだろうな。」

「貴方こそその異質な力をどうにかしてくれません。」


 その人はほんの僅かに口角を上げた。


「俺の力がどのように見えている?」

「暗く、とにかく色んな色が渦巻いています。勇者とは大違いです。」


 あの勇者は顔や存在はともかくとして、まるで砕いた宝石をあたりに降らせたかのようにきらきらと輝いていた。今まで見た中でもっとも美しい力の色をしていたのに、目の前の人は真逆だった。こんな異質な力は初めて見る。


「なるほど、そこまでとは。」


 組んだ手で何か考えるようにとんとん、とその膝を叩いた後に驚きの事実を述べた。


「俺は黒の谷の生き残りだ。」


 黒の谷、それは隣国にあったという魔術師たちの集落。瘴気が立ち込め普通の人間は立ち入ることができない不可侵の場所で、強い魔力があったから生きていられたのか、それとも瘴気があったから強い魔力になったのか、鶏と卵論争が繰り広げられているけどそれはもう分からない。あの谷はそこに住まう全てと共に失われてしまったのだから。大戦があり失われたとされているが、本当なのかも分からない。とにかくそこの生き残りと聞いて驚いたけれど、よく見てみれば名前の由来ともなった黒い髪の毛を持っているし、なるほどと納得した。


「もういないとされていた種族なのですから、初めて見る力なのも納得です。だからと言ってマリー様にとって安全かと言われたらわかりませんけれど。」

「随分とマリーに執心しているな。」

「あの方は私の全てですから。」


 そう、マリー様こそが私の唯一にして全て。ゆえに少しでも危害を加える者はけして許さない。


「その気持ちは分からなくもない。」


 相変わらず表情がないままに言う。


「マリーも分かってはいることだが、俺にとっての唯一至高の存在はアスタだ。彼女が望むように笑って穏やかに過ごせることが全て。それ以外などあってはならない。」


 アスタ、と言うのはお母様の名前なのだとマリー様が教えて下さった。


「バックリーン侯爵となったのも、肩書によって彼女が守れるからだ。」


 ああ、そう言えばこの家は早々に前侯爵が若くして亡くなり、祖父が一時的に侯爵になっていたりと複雑な時期があった。その後祖父はオーバリ領に戻ったので、結局今はこの人がバックリーン侯爵となっている。


「俺が言いたいのは、俺と同様に守るためならどんな手も使うし犠牲もやむなしというクチだろう、ということだ。」


 妹であるマリー様を差し置くなと、と一瞬思ったけど、それよりも大切な人のみを選ぶということは同意だった。あんまりな言い方だけど、故郷の家族や、家族のように良くしてくれる神官長、私と同じくして国を守る王を差し置いてでもマリー様を選んでしまったのだから。


「お前、自分の力、見えないだろう。」

「はい。」

「教えてやろう。金の光で覆っているが、黒と緑が複雑に絡んでいる。」


 緑と言われ、すぐにマリー様の瞳を思い出した。私を見つめるあの瞳、あれは他の誰も映すことなく私だけを映せばいいのに。そんな黒い感情があの色を多い、それをさらに聖女として得られた力が覆っているということか。

 お互い、この力に現れるほど仄暗く強い力を持っている。それを持って、この人、お義兄様を信用することにした。その証に手に込めていた魔力を引っ込める。


「失礼しました。貴方は私と同類のようで安心しました。これからよろしくお願いしますね、お義兄様。」


 相変わらず表情がないまま、お義兄様が薄く笑った。


「国の聖女がここまで異質だとは誰も思わないだろうな。」

「でしょうね。それが何か?」

「いいや。」


 ならば言わなくてもいいのに。


「俺としてはどうでも良い。ただし俺が言うまで今の話をけしてアスタにするな。彼女に余計な心配はかけたくないし、俺が話をするかどうか決める。他の人間は許さない。」


 ああ、狂っている。なんて素敵なのかしら。この人とならきっとうまくやれるわ。


「そちらこそ、勝手にマリー様に言わないで下さい。マリー様と私の間に割って入って邪魔しないで下さいね。」

「約束しよう。」


 自分の不可侵領域はつまり相手も同じもの。だからお互い干渉し合うことはない。

 お互い不適に微笑んだところで遠くから靴音が聞こえ、マリー様とお母様のお声がだんだんと近づいてくる。私たちは口をつぐみ、じっと座っていた。


「戻りました。ああ、兄上、相変わらず表情筋が死んでいるよ!聖女様が怖がるじゃないか!」

「まあイクセルったら、初めて聖女様がいらっしゃるのだから顔を友好的にと言ったじゃないの。」

「はいアスタ。すみません。」


 お義兄様はこちらを見ずに、隣に座ったお母様のみを見つめ謝っていた。顔を友好的だなんてはじめてきいた。こちらではマリー様が文句を言っているけどまるで耳に入っていないようだった。


「お母様、そう仰らないで下さい。」


 三人の目が一斉にこちらを向いた。


「興味深い話ができたので、とても有意義な時間でした。ねえ?お義兄様。」

「そうだな。理解を深めることができた。」

「聖女様が楽しめたようで何よりです。」


 にこにこと笑うお母様は言葉通りに受け取って喜んでいた。


「ふうん?」


 対してマリー様は何とも言えない笑みを見せる。私たちの言葉の裏に何か感じとったのだろう。ただ私たちが何も言わないし、喜んでいるお母様の手前追求するつもりはないようだった。なんて聡いお方なのかしら。


 とにもかくにも顔見せは終わった。


「素敵なご家族ですね。」


 帰りの道中、馬車の中で隣に座っているマリー様にそう言うと、嬉しそうに笑って私の頭を優しく撫でた。


「ありがとう。これからはあの人たちも貴方の家族になるよ。」


 貴方が嬉しいなら私も嬉しいわ。


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