第八話
キタウ人のモデルは、10世紀に耶律家が建国した遼の民族キタイ(契丹)人です。なお、服装などは創作です。
ー皇統元紀四二四年 三月一四日 《遠春攻防戦》ー
砲弾の雨が降り注ぎ、無防備に並ぶ野戦砲を破壊する。積み上げた弾薬が誘爆し、地面が抉られて、砲兵たちがいとも簡単に吹き飛ばされてゆく。飛び交う鉄の破片に当たれば、命は無い。
「少尉殿!」
力無き躯が、壕に転がり落ちてくる。
首筋に薬莢の破片が刺さり、大きく切れた胴から内臓が飛び出している。鮮やかな動脈血の血溜まりの中で、腸なのか或いは肝臓なのか、はたまた軍服の切れ端なのか分からない。右腕に無数の金属片が突き刺さり、指が二、三本、根元から切り取られている。左脚は、腿の途中から無い。その先は、探しても見つからなかった。
あらゆる切り口から血液がどくどくと流れ出し、退避壕内に鉄の匂いが溢れる。
「少尉殿…」
砲撃は止まらない。
「総員、そのまま伏して待機!」
キタウ人らしく長髪を白い帯で後ろに結んだ彼女は叫ぶ。隊内では少尉の次席であるニーシャ軍曹の命令を聞かない者はいない。
直上から降る砲弾、航空艦による砲撃。
ーー南南西、約二〇〇〇〇m、高度約一二〇〇m。ーー
心の中で舌打ちする。
ーー防空線が破られた…。航空艦隊の安否は判らないが、こちらの負けか。ーー
「爆発音が…」
壕の中にいる誰かが言う。頭上を飛び交う鉄片がいなくなり、あたりが一瞬静まり返る。
しかし、彼女は言う。
「砲撃は止まってない。目標が変わっただけだ」
そして、後方、遠くから轟音が聞こえてきた。
遠春市城壁南周ーー合同司令部が置かれる最終防衛線。
びりびりと地面を揺さぶる振動。コンマ一秒にも満たない間があって、爆発音が轟く。
壕内は、無力さに立ちすくんでいる。方は残らず破壊され、指揮官は戦死した。小銃も持たない彼らには、歩兵の真似事もままならない。
また振動、爆発音。
ーー勝てない。ーー
敗北を認め、停戦し得る現場最高位の将官は、合同司令部に詰めている。今まさに砲撃を受けているその合同司令部に。
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秋津敵艦四隻の砲撃が止み、空域は一瞬の静けさに包まれた。そして、内二隻が回頭を始める。他の二隻は目標を変更した後、再度砲撃を開始する。
ーー次の目標は、南周城壁、司令部か。二隻の回頭の目的は、第二艦隊の無力化。完全に封殺するつもりだな。ーー
新たな指示が飛ぶ。
「艦隊、上昇せよ。敵艦隊と交戦する」
「既に最高高度です、艦長」
「技術的限界高度まで上がらなければ、砲撃は当たらないのだろう?」
そこで、具申した副艦長に苦悶の表情が浮かぶ。副艦長とて、上昇の必要性は分かり切っているのだ。
帝国航空艦には基準最高高度と技術的限界高度という二種の最高高度が設定される。基準最高高度を超えると船体は不安定になり、振動を起こして主機にも負荷がかかる。高速を出そうとすれば横転し、倒立状態になってしまう危険性すらある。
同様の理由で、主砲の斉射も不可能になる。
「っ、了解しました。艦隊へ命令、高度一三五〇まで上昇! 各員、落下傘の装着を許可する」
上甲板で旗信号が送られる。ーー高度一三五〇。
四隻の帝国艦の艦首と艦尾の横舵が持ち上がり、船体が坂を登るように上昇する。帝国航空士官の間では非公式に<限界への登坂>と呼ばれる危険な操艦だ。
高度一一六〇、敵二隻の回頭が完了する。第二艦隊から一〇時の方向、艦隊の針路に直交するようにして向かって来る。「朝霧」艦長、パティヤ・アントン中佐は伝声管を握って言う。
「全艦、先頭の敵艦を砲撃する」
副艦長が伝声管に向かって復唱する。
「艦隊へ命令、先頭の敵艦を砲撃!」
「観測所、彼我の距離は」
『本艦から先頭艦まで、角度左舷五八、距離二五〇〇であります!』
計算を始めた砲長が、間も無く答を返す。
「30秒後の一二:〇六に射角五七、仰角三四です」
「第一主砲、射角五七、仰角三四に指向」
『第一主砲、射角五七、仰角三四に指向、了解』
上甲板艦首側の一二〇mm砲が回る。