第七話
ー皇統元紀四二四年 三月二三日 帝都ケフィア レシィ町ー
レシィ町は、属している氏族であるポードロジュ商業氏族の本拠都市でキンメリア海の港湾都市ソルクォナクに移ることを決めていた。この町の誰もが、このまま帝都に住み続けることはできないと考えていた。
「誰がソルクォナクまで知らせにいくか、もう決まったの?」
今は大人を誰一人欠かすことができない。通りの見張りに手がとられ、幼い子供たちの世話は年長者であるメイと僕がしているような中で、早馬ができる誰かを出すのは、難しかった。
「まさか、母さんが行かないよね?」
質問攻めにしてしまうのは、そこ知れない不安から。
母さんは、微妙な顔で微笑んだ。
「ヨアンを一人にはしたくないけど、いかなきゃいけなくなったら、私だけ断れないよ」
「父さんもいないのに・・・・・・・!」
僕は、泣き出してしまった。メイが優しく背中に手を添えてくれた。
その手も、震えていた。
>>
夜、レシィ町に近づく二頭の馬の足音がした。その一頭に乗っていた青年が、見張りの壮年に声をかけ、袖の氏族紋章を見せた。
「レシィ・ケレメクチャ・ケカスパンです。ただいま帰町しました」
「ケクか、よく帰ってきた。ありがとう。さあ、入りな」
「ありがとうございます」
「ケレメクは、ちょうど反対側にいるよ。テニィズは子供たちと町長さんの家だ。町長さんもいるよ」
眠っていたヨアンちゃんと私を起こして、テニィズ母が言った。
「二人とも、ケクが帰ってきたよ」
「兄?」
「ケク兄さん?」
「起きて、会いに行こう」
「うん」
私の兄ケカスパンは、レシィ町を離れて、二頭の馬と共に帝国各地を回っていて、たまに帰ってくるのだった。
町長さんの家の外で、兄と町長さんが話していた。
「・・・・・・そうだったんですね」
「ケク、メイとヨアンだよ」
テニィズ母が声をかけて、兄は振り向くと、真剣な表情を崩して笑いかけた。
「わざわざ起こしてきたんですか? 久しぶり、二人とも」
「兄、また行くんでしょ? ソルクォナク。知らせに行けるのは兄だけだから、また行くんでしょ?」
兄は困惑した表情を見せた。
「ソルクォナク?」
町長さんが、私の代わりに答えた。
「ああ、レシィ町は、ソルクォナクへ移ろうと思う」
「なるほど、確かにそうした方がいい。そして、その早馬が僕だ、と」
「いや、そうと決めていたわけではないが・・・メイの言う通りだな、今は君しか出せないのだ。済まないが、行ってくれないか」
兄は、笑って答えた。
「何も、問題ありません。すぐに準備しますね」
「済まないな」
言われて、肩を竦めた。
「おやすみ、メイ、ヨアン」
「「おやすみなさい」」
「ケク、本当に大丈夫? 旅のすぐ後にまた旅なんて」
「疲れるってだけですよ、テニィズ母さん。それだけなら、安いものでしょ」
続くテニィズ母の言葉が分かった気がしたので、今にも倒れて眠ってしまいそうなヨアンちゃんに声をかけた。
「私が行ければ良かったのだけど」「ヨアンちゃん、一緒に寝よっか」
幸い、ヨアンちゃんの耳にはテニィズ母の言葉が届かなかったようで、私の言葉にゆっくり頷いた。
背後から、ケク兄とテニィズ母の話し声が聞こえてくる。
「いいえ、子供たちを守ってあげてください。それが親の務めというものでしょう?」
「恋人もいない青年に言われたい言葉ではないなぁ。他の大人には言うんじゃないぞ」
「そうします」
町長さんの家に戻ると、私たちよりもさらに幼い子供たちが、寝息を立てていた。ヨアンちゃんと私が使っているのは入ってすぐ左の寝床。家から持ち込んだものだけど、二人分は家に入り切らなくて、私のものを二人で使っている。
もう二人ともアレコレ教えられているから、仕方ないと割り切っていても、恥ずかしがりながら寝床に入っていた。他の子供たちは十歳に満たないので、そういうことを知っているのは私たちだけ、寝床を共有することを恥ずかしがっているのは私たちだけだった。
ヨアンちゃんはとても眠そうで、今はそういうことも思わないみたい。しつれいしますと呟きながら、私の寝床に入って寝息を立て始めてしまった。私も寝床に入って、その寝顔を眺める。
こうやってドキドキしているのは、私だけなのかな。
>>
明くる朝、ケカスパンは妹たちに見送られながらレシィ町を発ち、ソルクォナクへ向けての旅路についた。
突発的にこういう話も挟みます。場面がシリアスですから、こっちには文字を費やせませんが、通してシリアスなのは疲れますし、第一章に百合要素がないのもおかしいので。