第六話
ー皇統元紀 四二四年 三月二二日 帝都ケフィア 金門前ー
のちに金門事件と呼ばれるようになるその事件は、日が変わらないうちに帝都中に知れ渡った。事件を耳にした人々は、その惨状を見ようと暗い中、金門前に集まっていた。彼らは門から距離をとって、ランプの明かりの中で遺体を除去する憲兵たちの姿を冷ややかに眺めていた。
憲兵が、抗議に参加した青年たちに発砲し、門の前で何人も死んだ・・・。
そう聞かされれば、直接その惨事を見なかった者、殊に帝都の外縁部に居住し、市民民主協会をよく知らないで、知らせも正確には伝わってこなかった者たちは憲兵に怒りを覚え、軽蔑の目を向けていた。誰も、門に近づいて憲兵たちと共に青年たちを弔おうとはしなかった。
その人々の群れの中に、ケレメクはいた。
十字を切って彼らの死を悼むと、門に背を向けてその場から離れた。
できるならば彼女も、前に出て青年たちを弔いたかった。青年たちに非はないのだと、繰り返しながら家へと歩いた。憲兵隊にもまた非はない。この事件を起こしてしまったのは、青年を扇動し、向かわせてしまった者、そして、何が起きるかを考えず、強硬手段をとって対応した者だ。あの人の群れから一歩飛び出して、安らかに眠らせてあげたかった。
しかし、彼女には守るべき家族がいた。子供たちに血を見せるわけにはいかないし、私のみならず町の皆に、憲兵に憤る人々から危害が加えられることは避けなければならない。悔しさに胸を焼きながら、ケレメクは帰路についた。こんな日でも輝く夜空を見上げて祈る。
ーー神よ、どうか彼らに死後の安寧を。ーー
ー皇統元紀四二四年 三月二三日 帝都ケフィア レシィ町ー
事件の知らせを聞いて、大勢で見にいってはいけない、子供たちに見せてはいけない、と町長は判断し、一人ケレメクを町から出した。
これから起こる混乱を警戒して、大人たちは子供を全員町長の家に集め、夜通し通りを見張っている。未明、既に何度か通りの向こうから悲鳴や怒号が聞こえていた。町を出ることはできなかった。
通りを歩いてくる一人の足音。テニィズは、闇夜に慣らした両目を凝らした。月明かりが、通りを照らしている。
「姉さん!」
と静かに呼びかけた。影が立ち止まり、それから駆けてきて、その影に抱きしめられる。
「テニィズ、あれは・・・」
「入って、姉さん。町長さんが待ってる」
「そうだな」
町長は、子供たちを集めたその家の前に座っていた。
「ただいま、帰りました」
「ケレメク。・・・・・・何が怒ったのか、わかった範囲で聞かせてくれ」
「はい」
ケレメクは、見たままを隠さず伝えた。踏み潰さって折り重なった、いくつもの骸。それらを除去する憲兵と、冷ややかに見つめる住民たち。
町長は、夜空を見上げた。彼もまた、自らの神に祈った。
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そして、いつもの朝、活気あふれる琥珀通りの朝は、訪れなかった。張り詰めた雰囲気の、いやに静かな寒い朝。
東西から訪れる商人や旅人は帝都の前で引き返し、住民も町から出てこない。住民の反発と抵抗を恐れた憲兵隊は、金門の奥に息を潜めている。
そこには帝国の、もう一つの社会が顔を見せていた。氏族体制からはみ出した者が集まり、脱税の非合法取引で金が回る裏社会。憲兵の手を逃れ続ける暗部の人間が、混乱した帝都の「表側」に現れていた。憲兵もなく、人目がなくなった帝都で、誘拐、強奪、その末の殺人が散発する。誘拐した人間は人身売買か身代金目当ての脅迫に、強奪した品々は売りに出される商品となる。
子供たちには、金門での惨事は隠された。一五歳にならない少年たちには、金門事件を負うことは重すぎると思われたからだ。
僕たちには、ただ「町の外は危なくなった」とだけ伝えられた。
しかし、僕は不服だった。大人たちは、何故町の外が危険になったのかを知っているのに、自分たちには教えてくれなかった。
「母さん、何があったの? 本当は何があったか、知ってるんでしょ?」
そう聞くと、母さんは困った顔をして、ケレメク母さんの方を向いた。ケレメク母さんは、首を横に振った。
しゃがんで目線の高さを合わせた母さんが言った。
「まだ教えれられないってだけだから。ソルクォナクに着いてから、ちゃんと教えるから」
「でも・・・!」
「今はダメ。ごめんね」
「・・・うん」