第五話
理想家の青年活動家たちの悲劇。
ー皇統元紀 四二四年 三月二二日 帝都ケフィア 金門前ー
西日が赤く人々を照らしても、宮殿に動きはなかった。座り込んでいる人々に協会からのパンが配られ、それを食べながら皆が話している。氏族を飛び出した青年活動家たちは、人ところに集まっていた。
「帝国政府は、市民の声を聞く耳を持たない!」
「専制政治である何よりの証拠ではないか! こんなことがあっていいものか!」
「この国を民主化しないと、どんどん遅れてしまう」
「そうだ! 上辺だけ近代化しても、中身が伴っていなければ、やがて立ち行かなくなる」
「今、変えなくてはならないのだ」
その通り、と彼らは口々に言う。
「他は皆、怖気づいて動こうとしない。私たちだけでも、動かないと」
「よし、皆、行こう」
いうが早いか、意を決した彼らは、閉ざされた宮殿の鉄の扉を開けようと歩き出した。おい、待てよ、と誰かが止めるのも聞かずに。
一人が、金門の鉄の格子に手足をかけて登り出す。他も負けじと手をかけた。カンカン、と靴が鉄格子を鳴らす音が、西日の差す宮殿広場に響いた。
「隊長、あれ」
門を登る青年たちを見て、宮殿の前に並んでいた憲兵の一人が言った。
「座り込みだけじゃないのか」
「あれは、暴走だ。・・・・・・閣下に、銃使用の許可を請いに行け」
「っ、はい」
憲兵隊長である彼女は、歯を食いしばった。憲兵の一人が、宮殿の中へ駆けて行った。
「他にどうしろと言うのだ」
と彼女は呟いた。
青年たちは門を登り切ると、そこから飛び降り、宮殿の扉に向かって走り出した。それを見た農業氏族の青年が、続いて門を登り始めた。
「皇帝に直訴だ!」
『金門事件が大惨事となった最大の原因は、皇帝の一時的な不在だった』
ーー『パティヤ元帥の回顧録』
第三章 市民民主協会と金門事件 より
青年たちの後ろから、何人も門を登って侵入してくる。先頭を走る最初の青年たちは、並ぶ帝都憲兵第一隊の目の前まで来ていた。
「どけ!」
青年たちが走りながら叫ぶ。
「私たちを通せ!」
隊長が言った。
「通すわけにはいかないんだ。・・・第一隊、護衛用意!」
「第二隊、撃ち方始め!」
第一隊隊長は、目を見開いた。
宮殿広場に響く多数の単発銃の銃声。紅い血を散らす青年たち。頭上を飛んでいく銃弾の影。
ーーえ、なんで。憲兵が撃つなんて、ーー
先頭の青年たちに続いた金髪の青年が、
「うわあああああああああああああ!!!」
立ち止まり、転びながら引き返す。
「嘘だろ。おい! やめろ! ジャナシュル、誰を撃ってると思っているんだ!」
振り返ると、ジャナシュルと呼ばれた第二隊隊長が、悲痛な顔で叫び返した。
「『反乱罪容疑者』だ!」
「本気で・・・! 第二隊、撃ち方止め!」
彼女は第二隊隊長に飛びかかって、胸倉を掴んで揺さぶった。
「誰の命令だ!?」
「閣下の・・・命令だ、ジャクィン。陛下は不在なんだ」
「知ってる! なぜこんな命令を出した!」
「直接聞けよ!」
ここで喚き合う愚かさにちっと舌打ちして彼女が振り返ると、そこにあったのは目も向けられない惨事だった。
さらに後ろの何人かが、門に戻ろうと走る。今まさに門を登っていた者も降りようとして。
ある者は足を踏み外し、ある者は上から手を踏まれ、高い門から群衆に身体が落ちる。その群衆もまた門を離れて逃げようとし、落ちた誰かのことも気にせず、あるいは知らずに踏んで走る。門の内側でも、焦って登ろうとして落ちた者の側から登っていく。落ちた者を無意識のうちに踏み台にして登っていった者さえいた。落ちてくる身体に押し潰され、身動きが取れないまま踏まれていった者もいた。
皇帝以下諸国務大臣の東公都訪問の間、帝室宮殿に駐留していた帝都近衛将軍の命を受けた帝都憲兵第二隊は、八名の青年活動家を射殺した。金門事件で死亡した活動家の総数は、三七名を数えた。
肉片が血溜まりに混じっていた。手の指が欠損し、腕が至る所で折れ曲がっている遺体。肋骨が体から飛び出して真っ赤な遺体。首が後ろに反って喉の皮が裂けている遺体。両膝が前に折れている遺体。頭皮が剥がれ、頭蓋骨が顕になっている遺体。腸が・・・・・・。門の内外でボロボロに踏み潰された遺体の、その多くが青年だった。