表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鉄と紅色の世界を旅して(旧版)  作者: 雲矢 虹華
第一章 帝都にて
4/10

第三話

 本文中に出てくる「カレーズ」について。

 6世紀以前のペルシャ(現在のイラン)の乾燥地域で発明された地下水路。山麓で得た地下水を,蒸発しないよう長い水路を通して遠くの集落や耕地に導き,地上に流出させて配水するもの。中央アジア・新疆ウイグル自治区・北アフリカに伝わった。ペルシャでは「カナート」、北アフリカでは「フォガラ」と呼ばれる。(参考:スーパー大辞林)


ー皇統元紀四二四年 三月一五日 帝都ケフィアー


 陽も落ち、薄暗くなり閑散としている琥珀通り、ケレメクの店の奥、メイの家。

 ヨアンと母は、いつもメイの家で夕食を食べている。町の中の結束が強いキビジュ人には普通にあることで、この二家族は十数年来ずっとこうしてきた。お腹が空いた子供が、同じ町の近くにある家でご飯を食べることも珍しくない光景だ。


 今日の夕食はクークスから来た鶏のモモ肉の燻製だ。

「美味しい!」

「別に高いものってわけじゃないんだけど、燻製はあまり買わないからねぇ」

「誰から買ったんですか?」

「肉を売ってる同盟の商人だよ」

「同盟?」

「イェンツェ=カルマール同盟。ここから北西に行ったとことにある、海の国ね」

「海かぁ」

「貴方たちは、見たことないからねぇ」

「えっ? すぐそこにあるのに」

「ああ、あれは湖、ハザール海だよ」

「へぇ、そうだったんだ…」

 そんな会話を交わしつつ、通りは暗くなってゆく。


>>


「「ごちそうさまでした」」

「どうも。さ、片付けるよ」

 皆はめいめい皿を持って、裏口から外に出る。ケレメクが、煉瓦の壁際に置かれた、水の入ったバケツを持ち出してくる。みんなして皿を持ち、順々に洗ってゆく。乾燥地帯にある帝都には水道がなく、通りに点在する公共の井戸(カレーズ)を使っている。


 夕食の後は夜空を見上げるのが、もうヨアンとメイの長年の習慣だ。夜の通りでも大人たちが注意を払っているので、危険はない。二人は裏口から居間に戻ると、外套を羽織り、布がひしめき合う暗い店を抜けて、月明かりに煌々と照らされた琥珀通りに出る。

「あぁ、美味しかった」

「ふふふ」

 見上げると、春の星々が、帝都の灯りにも掻き消されずに煌々と輝いている。キビジュ人なら誰でも最初に探すのが、

「あった、北極星(バグダールシャム)

 何百年もの間、旅に利用されてきた夜空でただ一つ動かない星、北極星(空の案内人)。星座は、この星を中心に広がっている。

「あれは、<仔馬(クィルン)>だね」

「あれが<剣を持った戦士クルス・ウスタガン・ジャウィンゲル>。それに、<夏の住まい(ユルト)>」


 ヨアンの視界の右の方で、自分より少し小柄なメイの綺麗な茶髪と、彼女の笑顔が目に入る。メイの笑った顔が好きだ、と思う。笑った目が素敵だ。

「明日は、」

「重要な取引先が来るんだっけ」

「そうそう」

「どんな人だと思う?」

 メイの視界の左の方で、自分より少し背の高いヨアンの綺麗な金髪が揺れ、にこりとする口が目に入る。ヨアンのその落ち着いた顔が綺麗だ、と思う。無意識に引き寄せられている感じ。

「どこの人なの?」

「ええっと、なんて言ってたっけ」

「西の人? それとも東?」

「確か、うん、そうだ、キビジュの人だって」

「なんだ」

「でも、東の方からきた人だって言ってたよ」


 と同時に、ヨアンを心配に思う。時々どこか遠いところを見て父を探す目が不安げだ。そうだとしても、二人のこの時間は穏やかで、幸せだ。

 二人は手を繋いで、春の夜空を眺めた。


 そんな帝都の日常。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ