第二話
同盟と並ぶ帝国主義海洋国家であるエンクラント王国のモデルは、イギリスです。
『当時はまだ、戦争は国家理性に基づいて行われるものだった。キビジュ帝国も、自らの国益のために旻州の権益を得ようとした。
この時代、キビジュはオリエント世界を東へ東へと進出を続け、ついに太平洋に出た。しかしそこに待ち構えていたのは、旧時代の大辰帝国ではなく、近代化した辺境の島国、秋津王国だった。秋津王国はクークスから海洋世界を支配する二大帝国主義国家の片割れ、エンクラント王国に支援され、王国と対峙する帝国に立ちはだかったのだった。
帝国の朝廷は、秋津王国について詳しく調べることをしなかった。彼らの目は自国の西側で急激に発展するクークス諸国に向いていた。東方進出はおろそかになっていた。
東翼カラコルムの東公都も、内政に注力してしまっていた。
これが、帝国の最も重大な敗因だった。
***(中略)***
遠春攻防戦では、沢山の兵士が死んだ。帝国近代軍では人員の命が優先されていたが、この時はどうしようもなかった。配備されていた航空艦隊があまりに貧弱だったためだ。秋津王国はエンクラント王国の支援のもと戦術を進化させ、航空艦に力を注いでいたが、帝国は地上戦力に重きを置いていた。航空艦隊は三個しかなかった。遠春では既に、軽量巡洋艦四隻からなる第二航空艦隊だけになっていた。空からの砲撃に地上戦力はなすすべもなくやられた。
この時、艦隊は秋津王国軍の第一梯団の軽巡四隻を戦闘不能にしたが、その時には既に、第二梯団が迫っていた。前の四隻は地雷啓開のための爆装をしていたが、後の重巡四隻は重砲撃が可能で、航空能力も高かった。帝国の航空艦が敵う相手ではなかった。私は帝国軍第二航空艦隊旗艦「朝霧」に乗っていたが、その性能差に驚愕した。
***(中略)***
そして、友軍の砲陣地に着弾し、大きな被害を受けた。沢山の砲兵達が死んだだろう。これで、帝国軍の敗戦は確定した。…』
ーー『パティヤ元帥の回顧録』
第二章 2084〜85年 旻州戦争 より
ー皇統元紀四二四年 三月一四日 帝都ケフィアー
帝都は、もう春の穏やかな陽気に包まれている。少し寒さが残るものの、かなり暖かい。昼間のように暑くない、涼しげな朝。通りにそよ風が吹き抜けてゆく。時間帯が早いからか、人は少ない。
いつも通りの穏やかな日。
「ヨアンちゃん、昨日のご飯、美味しかったね」
「お肉とパンの?」
「そうそう! 羊の肉なんだって!」
「羊かぁ、見たことないんだよね」
「そうだね」
「街の外にいるんでしょ?」
「そうそう、遊牧の人たちが飼ってるんだよね」
「街に住んでなくて、草原を旅して回って羊を飼ってる人たちだよね。馬に乗って旅をするって聞いたよ」
キビジュの遊牧民は、キビジュ族の支配階級を担ってきた人々だ。農耕民や商人と違い、キビジュ人の特徴であるクークス系との混血が薄い。
「どんな人たちなんだろう」
「いつか、会ってみたいんだ」
「僕も会ってみたくなっちゃった」
いつも無口なヨアンだが、メイといるときはよく喋るようになる。
朝、人々が動き出す。畳まれていた店が開かれ、人通りがだんだんと多くなってゆく。
毎日の人々の営み。
「二人とも、来て頂戴!」
ケレメクの呼び声が店の奥からする。
いつも通りの日常だ。
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昼下がり、通りから声が響いてきた。この喧騒の中でもいやにはっきりと通る声だ。
「我々、市民民主協会は、帝国政府に抗議する!」
見ると、恐らくは帝都周辺に住む農業氏族の者たちが、列をなして通りを歩いている。先頭の、丸い眼鏡をかけた壮年が叫ぶ。
「旧態依然とした専制君主制を廃止し、立憲主義の下で議会を設置し、民主政治に移行するよう、我々は要請する!」
僕たちは店の前に出てよく見ようとしたが、ケレメク母さんに制された。
「出てこないほうがいい。ーー特に・・・ヨアンは隠れておきなさい」
「何で?」
「考えなしは、他人を見た目で判断するものだ。見てみな」
「金髪?」とメイが言う。ケレメク母さんは曖昧に頷いた。
「帝都住民の諸君にも、この度の抗議に参加し、古い封建制を打ち破る協力をして欲しい!」
「あれに見つかると厄介だ。見てもいいけど、・・・いや、見ていなさい、この世間知らずたちを」