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死霊魔術師Ⅸ


 午前零時の時報が鳴った頃、俺は指定された郊外にある廃工場にやってきていた。ここならば、深夜にドンパチやってても人払いの結界魔術を張っておけば一般人に通報されることはないだろう。俺も安心して、はっちゃけられるってもんなわけです。


 ところで、先に待っていたらしい金髪イケメン糞野郎はともかくとして、その隣にちゃっかり腕を組んでニヤニヤしながら立っている眼帯した金髪幼女に俺は嫌でも目が行っちゃうんですけど?


「やあ! さっきぶりじゃん、弟子くん!」


 やあ、じゃねーよ。


「なんでいる?」


 俺の言に対して、応えたのは金髪イケメンだった。


「魔術決闘を行うんだ。立会人が必要だろう? どうせなら、弟子が奮闘するところを見たいと思って私が彼女を指名したのだよ。不服かい?」


 はん。

 不服も何も。

 金髪イケメン糞野郎の方は、弟子が嬲られる姿を師匠に見せつけてやろうって気が満々で気に食わないし、金髪ロリババアのニヤついた顔はまるでこれから起きるエンターテインメントにウキウキが止まらないって感じで癪に障る。


「あれ? 言ってなかったっけ? これから出かけるところがあるんだって言ったじゃん」


「カメラ買いに行くんじゃなかったっけ?」


「おいおい、弟子くん。人間嫌いで引き籠ってるこの私がビデオカメラ買いに行くためだけに部屋から出るわけないだろう?」


 それもそうだ。さすがにドグサレヒッキーであることは自覚してるらしい。


「まあ、そういうわけだから、弟子くんの勇姿はちゃーんと私が撮っといてあげるよ」


 何が撮っといてあげるから、だ。師匠は買ったばかりらしいビデオカメラを手に持ってこんな夜更けにも関わらず意気揚々としていやがる。ムカつくから、機械音痴の彼女が手に持って回してるビデオカメラが前後逆だってことは死んでも教えないでおくし、そもそも買ったばかりのカメラって充電しなきゃ使えないことももちろん黙っておく。


「それで?」


 視線を外してアイザック何某さんに戻した。


「こっちも眠くなってきたんで、さっさと始めたいわけなんだけど」


 俺の背後に隠れながら目をこすって眠そうにしている黒髪幼女の気配を感じつつ、金髪イケメンの背後をうっちゃり見やった。


 そこにあったのは鬼畜の所業の極みと言った代物である。

 死霊魔術用の魔力を回収するための魔法陣。その燐光の中心には、人間一人くらいが入れそうなくらいの鋼鉄の枠に囲われたガラス張りの箱が一つ鎮座している。しかも、その箱は、水で満タン。そして、おふざけが過ぎることに水中には、見覚えのある銀色の髪を揺らめかせた少女が全裸で入れられていた。


「ああ、これかい? 私も何度も殺すのは面倒でね。これがもっとも効率よく魔力を回収できるんだ。考案するのは苦労したんだよ? ちなみにガラス張りにして中身を見えるようにしたのは私のこだわりと言ってもいい。見てくれは良いから居間に飾っておいてもインテリアとしても使えるからね。でもなんだ。最近は苦しみもがく姿も見せなくなったから、少々つまらなくなったかな。うーん、今度からは水を王水にでもしてみるか」


 すでに沙汰の他である。

 確かに楽だろうぜ。

 なんせ溺死して生き返った数秒後にはまた溺死。それをただただ繰り返してんだから。

 その繰り返しの死が起きるたびに、地面の魔法陣は脈動して生成した魔力を金髪イケメンに送電している。死霊魔術の利点は、死を利用して魔力を生成できる点で自分の魔力総量に関係なく魔力を集められること。それと同時に欠点は、現代では大量殺戮が禁忌となっていることである。ギリギリ許されるラインが、二桁まで。それを超えるとヴァチカンのこわーい魔術師狩りさんたちがやってくる。


 それを、一人の死を繰り返し再利用することで、その欠点を克服していやがる。上限がなくなって永久機関的に集められるようになった魔力は、それだけで魔術師の絶大な力となる。なるほど、今のアイザック何某さんは昼間見た時と比べると、見違えている。すでにワンコチャンでは歯が立たないレベルにまでなっていやがる。


「……いったい、何回殺した? 何回殺したら、それだけ魔力を溜め込める?」


 俺の質問に、金髪イケメンは肩をすくめた。


「さあ、覚えてないなあ。たぶん今日だけで一万回近くいっているんじゃないか? でも、それが何かキミに関係あるのかい?」


「……べつに」


 特に関係は、ないけどさ。ただ、まるで人間を殺してる自覚なんてないのか心底不思議そうな顔で目の前の外道を俺が甘く見ていたことは確かである。こんな奴が地獄に堕ちることなくのうのうと生きていやがる。まったくもって世は事もナシ。やべー、あんまり顎にチカラ入れて歯を噛みすぎちゃったせいで鉄の味がし始めちゃったじゃん。血の混じったツバを吐く。


「おーけー。もう何もお前に聞くこたねえよ。とっとと始めようぜ」


 うーん。我ながらドスの効いた低い声である。それに呼応して、死霊魔術師も不敵な笑みを浮かべて「いいだろう。では始めようか」と片手を挙げた。すると廃工場内に散乱して事切れていた死体たちがむくっと一斉に起き上がったかと思うと、猛ダッシュして金髪イケメンの目の前に集まっていく。


 ぐちゃ、とか。

 べちゃ、とか。

 グロい不協和音が廃工場内に響き渡った。


 それは死肉と死肉の融合である。

 死者の尊厳なんて端から皆無だ。


 ちゃっかり俺や金髪イケメンとは距離をとった場所に座って、前後逆で撮れ高皆無であろうビデオカメラをしっかり構えて、「げぇ」とつぶやいた師匠の嫌そうな顔もごもっとも。


 十数体分の人肉の融合により、死霊魔術師の前には異形の四足獣が徐々に形作られ始めていた。


 さて、と。

 背後の地面に猫のように丸くなって寝そべって寝息をたてはじめている黒髪幼女は放っておいて、自分に身体強化の汎用魔術を付与しながら走り出す。死霊魔術師の手前で行われている死肉融合が完了するまでには、まだ少しの時間の猶予があるようだ。そして、こっちは悠長に主人公がパワー溜めてるのをじっと見守ってるほど、都合の良い悪役ではない。


 先手必勝。

 魔力弾を乱射しながら金髪イケメンとの距離を詰める。ほとんどの魔術師は接近戦が苦手っていうセオリー見込んで、徒手空拳ならわりと鍛えていて自信のあった俺である。ところが、相手の懐に這入りこんで繰り出した掌打は難なくガードされてしまった。こんにゃろ、と間髪入れずに続けたワンツーは華麗に避けられ、フィニッシュに繰り出した回し蹴りは上体を反らす某映画みたいな神回避を見せつけられるから困る。


「なっ、にぃ!?」


「なかなか、やるじゃないか」


 それ、こっちの台詞なんですけど。

 溜まらず魔力弾で牽制射撃しながら再び距離をとった俺に、終始後ろ手を組んだままだった金髪イケメンは、重力を無視してゆっくりと身体を立位に戻した。頼みの綱であった近接戦闘は向こうが上手のご様子。舌打ちする。


「なんだよ。テメエ、魔術師のクセに体術なんかやりやがって」


 俺の愚痴に「まあ、弟子くんみたいに魔術だけだとヘボっちいから格闘にも頼らないとどうにもならなかったってことなんじゃない?」とは師匠の言である。なるほど、納得である。でもそれ、口に出して言っちゃだめでしょ。余裕の笑みは変わらないが、今まで愉快そうだった金髪イケメンの額には、青筋が浮かびあがっている。怒らせたのは俺じゃなく間違いなく師匠のはずなのに、金髪イケメンは俺に対して嗜虐の表情を浮かべる理不尽。


 ……確実に、何か、してくる。だがいったい。そこで気付いた。さっきまで金髪イケメンの近くで蠢いていた死肉の塊がいないことに。


「弟子くん、右だっ!」


 師匠の叫び声で咄嗟に自分の左側に魔力を展開してガード体勢。直後に強い衝撃で身体が吹き飛ばされる。地面を何回からバウンドして、廃材に激突。血反吐を吐きながら膝をついて身体を起こす。


「ああっ畜生ッ! なにが右だよこのすっとこどっこいっ!」


 師匠を非難するが、当の彼女はどこ吹く風でぺろっと舌を出す。


「めんごめんご。私から見て右だから、弟子くんから見て左だった。ん? っていうか、弟子くん、ちゃんと左側をガードしてたじゃん。そんなに私のこと、信用してない? それ心外だなあ」


 むすっと頬を膨らませるクソアマは置いといて、ちゃっかりガードできたもののダメージもダメージ、大ダメージである。出血の状態異常でスリップダメージが入り、俺の体力ゲージが一気に赤色めがけてまっしぐら。ウルトラマンで言うところのカラータイマーがピコンピコンの状態である。せっせと魔力を回してダメコンしてるけど、すでに意識が朦朧とし始めている。


 何かが咆哮した。

 さっきまで俺がいた場所を確認する。

 そこには、一匹のバケモノがいた。

 バケモノとしか形容できないが、無理やり形容するなら人間よりも大きな狩猟犬。ヴァスカビルの犬だって尻尾巻いて逃げだすんじゃないかってくらいの素敵なフォルムをしていやがる。一つ言えることは、今の俺ではその人肉融合犬をボコボコに虐待できる力はないってこと。


「…………」


 自然と口元に笑みが浮かぶ。おーけー。

 これで真っ当な方法で俺が勝つ目はなくなった。

 ゆえにBプランに移行するのもやぶさかではないが。


「あー。師匠、一つ確かめたいことがある」


「なんだーい?」


「あんたがカメラを何台か三脚立てて置いてるってことは、ここから退散してくれる準備は万全ってことでいいんだよな?」


「もちのろんだよ。いつでも転移魔術使えるようにさっきから待機中さ。え? なになに弟子くん。私の心配してくれてるの?」


「いや、ぜんぜん」


「あっはっはっ、照れちゃってかわいいなあ」


 このドグサレロリババアにどうかわりとキツめの天罰を与えてください。地上のありとあらゆる神仏に俺がそんな祈りを捧げていると、その思いを知ってか知らずか師匠はいつものニヤ顔のまま声を出さずに口を動かした。


『ちなみに転移魔術だけど、私以外にもう一人くらいならここから連れ出すこともできるよ?』


 …………あー。

 くそ。これだから、これだから師匠ってやつは、どうにも心の底から憎めないんだよなあ。

 なんだか彼女の人心掌握術に踊らされている気もしないでもないが、ここは俺の懸念のもう一つが消え去ったことを鑑みて踊らされてやろうじゃないの。


 流血を払って立ちあがろうとして気付く。足、折れてるやん。どーりで死にそうなくらい痛いわけだ。それを眺めていた金髪イケメンが愉快そうに笑う。


「さあどうした! そんなものじゃないだろう! あの固有魔術【プロヴィデンス】の使い手であるアメリア・ロード・ヴァーミリオンの弟子であるキミが! 二年前、我々アデプトが行った魔術実験”地獄堕とし”から唯一帰還できた”地獄還り”であるキミが! そんなもので! 終わるはずない! そうだろう! さあ立て! 立ってもっと苦しめ!」


 はん。


「よし! よしよし! 立ち向かってくるうちはまだ大丈夫だ! しばらくは、その余興に付き合ってやろう! もう殺してくれと懇願するようになってからが本番だからね! 丹精を込めて殺してやろう! 死にそうになっても安心したまえ! 心が壊れるまで、この私が修復魔術をかけて延命してあげよう! さあ! だから、この私を、もっと愉しませてくれ!」


 ぺちゃくちゃ囀る五月蠅い害虫は、さっさと駆除されるべきであるが、その前にやっておくべきことがある。もう一度、足に力を入れて無理やり推力を確保。倒れそうになっても両手も使って地面を蹴りまくるガッツ見せながら死霊魔術師との距離を詰めていく。


「素晴らしい! まるで獣じゃないか! ここは獣同士じゃれ合ってみたまえよ!」


 俺と死霊魔術師の間に割って這入ってきた死肉猟犬にうっかり左腕を噛みつかれてしまい、そのまま放り投げられてしまう。ところが風に吹かれて舞う枯れ葉のように宙を回転した俺の身体は、うまいこと目当ての場所までたどり着くことができたわけです。左腕はお釈迦になって変な方向に曲がったりしているが、これはお釣りがくる僥倖。ここまで移動する手間が省けた。


「…………ッ」


 死霊魔術師が初めて「しまった」と表情を曇らせる。

 俺がいるのは、魔力回収できる死霊魔術用の陣の中心。

 隣にはガラス張りの、人間が一人、入っている箱。

 そのガラスに血濡れた右手を、バンと叩きつける。


「何をするつもりだ!」


 何をって、そりゃ、ねえ。

 こんな胸糞悪いもん壊すに決まってんじゃん。

 魔力で強化ガラスを強振させて、破壊した。

 がしゃん。

 中から大量の水と一緒に出てきた銀髪の少女をよっこらせっと身体で受け止める。

 しばらく、彼女は肺に入っていた水を吐き出した。


「きさまぁッ! ソレは私のものだぞ! 返してもらおうか!」


 金髪イケメンの言葉を待ってましたとばかりに、師匠はパチンと指を鳴らすわけです。するとあら不思議。次の瞬間には、俺が抱えていた全裸の銀髪少女は、まるで最初からそこにいなかったかのように綺麗さっぱり消えていた。呆気にとられていた死霊魔術師は今度は師匠に視線を投げて罵倒する。


「何をしている、女狐! 私の邪魔をする気か! 学院の協定違反だぞ!」


 素知らぬ顔で師匠は肩をすくめている。


「なに言ってんのさ。非難される覚えはないし、むしろ感謝してくれてもいいんじゃない? だって、私はただ、君の大事な魔力の供給源がどこの馬の骨ともわからない魔術師の手に落ちるのを助けてあげたんだから。この決闘が終わったら私のところに取りにおいでよ。すぐに返してあげるからさ」


 物は言いようとはよく言ったものだ。

 さすがロリババア、伊達に歳は食ってない。

 舌打ちする金髪イケメンは平静を取り繕う。


「ふん。まあいいさ。今更アレを使わなくても魔力は十分に溜まっている。このことはあとで学院評議会に報告させてもらうぞ、魔女め」


「どうぞご勝手に。ところで、いいの? うちの弟子くん、もう死にかけてるけど」


 そうなのです。

 その頃一方、俺はと言うと地面に倒れこんで絶賛失血死寸前だったのです。

 いや、だって。

 すでに取り置き分の魔力を全部使いきっちゃったんだもの。

 傷口が開いて出血大サービス。もうなんで生きてるのかわからない状態に陥っていたりする。


 それを確認した金髪イケメンはオーマイガー。「なんてことだ! まだ死ぬな! まだ私が十分に愉しめていないのに死ぬのは許さん!」とか叫んで修復魔術かけようとしているが残念でした。もうお前程度の修復魔術では回復の見込みはゼロに近しい。むしろ逆効果で、来る死を早めてしまってることにも気づけないなんて愚の骨頂である。口をへの字にしていると、だんだん暗がりの深淵へと堕ちていく視界の淵で、膝をかかえた黒髪幼女がいつの間にか俺を見下しているのに気づく。


 なに。遊びは終わりだって?

 仕方ねえなあ。できれば奥の手を出さずにボコボコにしたかったが、そこはほら。俺の日ごろの怠け癖が招いてしまったわけですし?


 いいだろう。

 余興は終わりだ。そんなに見たいってんなら見せてやるさ。


 本物の、外道ってヤツをな。


 そこで意識が暗転し、俺は自らの死を、————認識した。



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