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死霊魔術師Ⅵ


「なるほど、要するに師匠に恨みを抱いてる魔術師がその弟子である俺を殺そうとしてる、と。そういうわけですね?」


「ざっつらーい。そゆことー」


 しーしーやっていた師匠が爪楊枝を弾いて部屋の隅に置いてあるゴミ箱にホールインワンさせた。いや、そゆことーじゃねえのである。


「意味がわからない。師匠を恨んでるなら殺すのは師匠でしょ。なんで俺が殺されなきゃならないわけ?」


「ま、私ってほら。強すぎるでしょ。まともにやったら勝てるわけないじゃん? だから、私の弟子であるキミを殺して、せめて私に嫌がらせしようとしてるってわけ。あーやだやだ、魔術師ってやつはみんな陰険チー牛なんだから困るんだよなー」


 あんたもそのチー牛魔術師のうちの一人だろうが……、じゃなくって。


「なに。ちょっと待て? じゃあ、俺だけが危ないってわけじゃないじゃん。ワンコチャンも一応あんたの弟子なわけだし大丈夫なのか?」


「あの子なら大丈夫だよ? 私が強力な防御魔術式を貸してあげてるし。いざって時は攻撃してきた相手を瞬間的に摂氏一万度くらいの灼熱で塵に帰すやつ」


 なにそれすごい。俺にも貸して。


「別にいいけど、あの子が私の魔術式をちゃんと機能させているのは、あの子の実力がキミのような並みの魔術師レベルじゃないからなんだよ?」


「並みの魔術師だったらどうなるっていうんです?」


「試してみる? たぶん面白いことになると思うよ?」


 ケラケラ笑って「あ、やるなら録画しておくからちょっと待って」とか言いながらスマホのカメラをこちらに向けてくる師匠。身の程をわきまえない魔術は我が身を亡ぼす。魔術の常である。


「遠慮しときます」


 ワンコチャンやその周辺が無事ならそれでいいし、師匠の有難い申し出は丁重にお断りする。


「ま、わんこちゃんについては心配しなくてもいいと思うよ。私の防御魔術がなくても、あの子の固有魔術【エクリプス】は正常に機能してる。セカンドオーダーくらいまでの魔術師なら認識することすらできないだろうね。認識したとしても、その気になれば、魔術戦闘能力だけで言えば現代の魔術師の中でたぶん十指には入ってる。さすがは私の弟子だよ。それに比べて、キミってやつは、学んだことを活かさず、すーぐ奥の手を使っちゃうんだから」


「なんすか、その眼。ムカつくんでやめろ」


 こちらに対して商品価値のない魚を釣った時の釣り人みたいな流し目をしていた師匠が大きなため息を吐いて食後の熱い緑茶をふーふーしてから啜る。


「ま、そんなわけで、今回は相手が相手だけに私はキミのことを滅茶苦茶心配してあげてるわけなのさ」


 ……ぜんぜんそうは見えないけどね。


「っていうか、師匠。相手が相手って、だいたいの検討はもうついてるんですか?」


「もちろんさ」


「師匠が恨みを買ってる人間なんてゴマンといるでしょ? 早くない?」


「おいおい、なんだいその言い方。まるで私が恨みのバーゲンセールを買い占めてるみたいなもの良いじゃない? しつれーしちゃうよ」


「実際そうじゃん」


「まあ実際その通りで、どういうわけか私を恨んでる人間はゴマンといるわけだけれど。おかしいよねー。私、こんなに慎ましやかに生きてるのにさ」


「慎ましやか!」


 唇尖らせてるところ悪いけど、それ、マジで言ってる?

 もし本気で言ってるんなら、俺が死ぬ前に、有給休暇と慎ましさの項目に蛍光ペンで印つけた広辞苑二冊で憎たらしいくらい整ってるその小顔をサンドイッチして一度は潰してやらなければなるまいよ。


「それで? なんでそんな大多数から絞りきれたわけ?」


「今朝早くかな。学生時代の昔の友達から連絡あってね。その子が教えてくれたんだ。お前に復讐しようとしてるやつがいるってね」


「師匠って友達いたんだ」


「いるもん! いるよ! 友達くらい! 百人はいるね!」


「ふうん。で? その師匠に復讐しようとしてるやつって?」


「ほら、キミにも言ったことあるだろ? 私が二十年位前にイギリスの魔術学院を卒業したって。たぶんその時の同期だね。名前は確か、……アイ、……アイザック、なんだっけ?」


「俺に聞かないでよ。知るわけないでしょ。同期ってことは、師匠の同級生? スクールメートに師匠が何したか知らないけど、二十年も前の話だろ。卒業してから会ったことは?」


「ないよ、そんなの。私の魔術師嫌いは知ってるだろ? だいたい、魔術師同士のいざこざが嫌だから、卒業してからはすぐ魔術師があまりいないこのチンケな国にやってきて引き籠ってんだし。在学中にも会ったかどうかさえ記憶にないんだから」


「じゃなんで今更」


「さっきも言ったけど、魔術師ってやつはみんな陰険で細かいことをぐちぐちネチネチ言うやつらなのさ。どうせ、逆恨みか何かだよ。ほら、私ってあの頃から魔術師として何でもできちゃってたし、天才の名をほしいままにしてたわけ。集団の中に這入ったらそりゃ、その中の出来損ないの一人や二人に、恨まれたりもするもんさ。まったく、できすぎちゃうって、つらいよね」


 遠い目をしながら言うそのムカつく顔こそが、恨まれる原因の大部分を占めてるのでは?


「えっと。その、アイザックさんだっけ? 名前の他に何か情報はないわけ?」


「魔術師としては名門貴族の出、だったような気がする。あと情報くれた友達は死霊魔術を使うとか言ってたかな」


 げえ。ネクロマンシーかよ。

 魔術師の中でも死霊魔術なんて使うやつはたいてい碌な奴じゃないって相場は決まってんだよなあ。

 先入観で申し訳ないが、俺の中でアイザック何某さんの好感度が暴落する。いや、師匠の話を信じるなら、師匠を殺すならまだしも、その弟子である何の関係もない俺を殺そうとしてる時点で好感度も何もあったもんじゃないんですけどね。


「うーん。あとは、……なんだっけ。忘れちゃった」


「はあ? もっと何かないんですか? 同級生だったんでしょ? 容姿とか、どういう性格だとか。覚えてないんですか」


「覚えてるわけないだろー。キミも言ったけど、だって二十年も前の話だよ? それに固有魔術も持たないザコなんて覚えてやる価値なんてないよねー。ま、その頃の私がナニ一つ、名前すら覚えてないんだし? 所詮はその程度の取るに足らない魔術師だったってことなんじゃない? つまり、私の興味を持てないくらい強くないのが悪かったってことだね、うん。私は、悪くない」


 だから、その物言いだって。

 腕を組んでうんうん頷いている師匠に半眼する。

 アイザックなんとかさんだが名門貴族の出、ということはプライドは相当高かったんじゃないだろうか。そんな人間が、こういう物言いする最強と学舎を共にして、ヒガミやウラミを持たないほうがおかしい。師匠は在学中、会ったこともないとか言ってるけど、覚えてないんだからその言は怪しい。二十年も経って復讐しようとしてるわけなんだから、たぶん何かやってるはずである。だいたい、しばらく師匠の元で働いて殺意を何度覚えたことか、すでに数えることを止めている俺が証明しているじゃないか。アイザックさんの好感度に同情票が入って、マイナスに振り切れていた好感度がゼロにちょっとだけど近づいた。


「わかった。わかりました。自己弁護はいいから、師匠、そのアイザックなんたらさんから俺を助けてくれるんでしょ。もちろんロハで」


「いやー、まー、そうなんだけどねー」


「……まさかこの期に及んで俺にお金を請求しようって言うんじゃ」


 ぞっと身を震わせる俺に今度は師匠が半眼になった。


「キミは私をお金の亡者か何かだと思ってるのかい? だいたい私くらいになれば、キミとは違ってお金なんて手段を択ばなければ簡単に稼げるんだよ? そもそもお金なんてまったく持ってなくても魔術使えばどうとでも生きていけるしね。そう考えると、私にとってお金なんてティッシュやトイレットペーパーと一緒だと言っても過言じゃないかもね」


「じゃあなんで、俺にいつもお金の件で守銭奴丸出しのマウントとってくるんですか。貧乏を虐めないでもらいたいっすね」


「え? 絶対やめないよ? キミを虐めるの、すごく愉しいからね?」


 コイツ、いつか、コロス。アイザック何某さんは、これが二十年前だったんだろうな。


「まあまあそう殺気だたないでよ。私も今回に限ってはキミを助けるのもやぶさかじゃないって言ったでしょ。だからこうやって、私が知った相手の情報を教えてあげたんだし。死霊魔術を使うってわかっただけでも御の字だろ? あとはキミがなんとかしなよ」


「どうせなら四六時中、俺をボディガードするとか、最悪そのアイザックなんとかさんには再起不能になってもらうとか。他にもっと手っ取り早い方法があるんじゃない?」


「それもそうだけどさ。ただ、まあ今回は相手がちょっと悪いんだよなー。ほら、私の同級生だって言ったでしょ? 魔術学院は入学するときにちょっとした魔術的な誓いをたてさせられるんだ。同じ学び舎で学んだ者同士の争いを禁じるっていうね。いわゆる学生同士の決闘防止や教師連中への反抗防止みたいなものだよ。さらに卒業後も私みたいに学院に残らなかった強い魔術師には特に、厳しい拘束項目が追加されてる。ま、自由の代償というわけだよね。そのうち引っかかってくるのを簡単に言うと、私は同じ魔術学院を卒業した魔術師には一切の危害を加えられないことになってるし、同じ魔術学院を卒業した魔術師が行うことは、自分に危害が及ばない限り、邪魔することができない。じゃあ、どうなるか、わかるでしょ?」


 ははあん。

 つまり、師匠は敵を攻撃するどころか、敵が俺に対してやってきた攻撃魔術を防御することすらできないと。


「できるとすれば、わんこちゃんみたいに私の魔術式を貸してあげるってことくらいだけど、キミじゃ私の魔術式を使えないから意味ないし。たぶん、そこんとこ相手はわかってるから、キミを殺そうとしてんじゃない? あっはっは、ここに来て日々の鍛錬に手を抜いて、こっちの世界のまっとうな魔術師としての成長を遅延させていたキミにとうとうツケがきちゃったわけだねえ」


「サボってたことは耳に痛いとこあるけどさ。そもそもあんたが恨みを買ってなけりゃ、よかった話なんじゃない?」


「いやいや、たぶん向こうの勝手な逆恨みだから私は悪くないってば。さっきから言ってるでしょ。とにかく、私がキミにできるのはここまでだよ。あとはキミ自身がなんとかしなよ? 相手が死霊魔術師なら今のキミでも勝機あるでしょ」


「あるでしょって言われてもなあ。まずは何をすればいいのやら」


「まずはそこにいるあっち側の使い魔を、ちゃっちゃと殺しちゃうことを私はお勧めするけどね? 今もそれの目と耳を使って、あっちから探られてるみたいだし?」


 師匠は朝食をとったあともまるで生気がないイクスに目を向けて言ったが、俺は首を振った。

 こういう幸薄そうな人間殺しは性に合わないし、可愛い女の子殺してもゼンゼン楽しくないので。


「……人間ってキミ。それを人間扱いするなんて、ちょっとお人好しすぎやしないかい? まあ、キミのそういうとこ嫌いじゃないんだけどさ。それで死んじゃったら滅茶苦茶、恰好悪いってこと、ちゃんとわかってる?」


「わかってるって」


「どうだか。キミってば普段は弱いんだから、弱いなりにちゃんと人間の処世術ってやつをそろそろ身に着けたほうがいいと思うけどね」


 大きなお世話である。



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